――まずは御社のこれまでの歩みや経営者として大切にされてきたことについてお聞かせください。
私は30年以上、清掃業という業界で事業を続けてまいりました。病院や介護施設といった「人の命や健康」に直接関わる現場の清掃は、責任感はもちろん、現場ごとに違うニーズを理解し、従業員一人一人の細やかな心配りが問われます。経営者として常に意識したのは、現場の空気感やお客様からの信頼を最優先し、どんな小さな問題にもすぐに対応できる組織づくりでした。
――清掃業界を取り巻く環境や、将来についてはどのように見ていらっしゃいましたか?
衛生意識の高まりや感染症リスクの顕在化などで業界自体のニーズは今後も続くと感じていました。ただ一方で、現場作業の人手不足や人件費高騰、競争激化など、強い構造的な課題もありました。DX化や機械化も進みつつありますが、医療・介護分野の場合は「人」による信頼関係が重要なため、自社でもサービスレベルの向上と効率化の両立に悩み続けていました。
――経営の中で特に印象的な出来事や、経営者として苦労された場面を教えてください。
やはり人材育成には常に悩み続けました。スタッフ教育の仕組みづくりや処遇改善に努めてはいましたが、競合との採用競争や突然の離職などがあると事業全体に影響が出ます。最盛期には50人ほどの規模で運営しましたが、小規模企業特有の「全員で現場を守る」という雰囲気が自慢でもあり、その分ひとつひとつのトラブルにも自身が最前線で対応する必要がありました。経営者として孤独を感じることも多かったです。
――M&Aを検討するまでの企業としての変遷や決断について、もう少し詳しくお話しください。
設立当初は知人の紹介で仕事を請負い、手探りで現場を回していました。バブル崩壊後も病院や福祉分野は景気に左右されにくいという強みがあり、徐々に安定成長できました。ですが近年、コロナ禍による消毒業務の需要増はありつつも、受託先の経営悪化などで案件自体が減少し、売上回復の糸口が見えなくなってきました。そんなとき、経営資源やネットワークに限界を感じ、「自分ひとりでこの会社を守るよりも、専門家や他社の力を借りて次の成長ステージに進ませたい」という気持ちが芽生えました。
――みつきコンサルティングに最初に相談された際、どんなことを感じられましたか?
最初は不安と半信半疑でした。第三者へ譲る決断そのものが簡単ではありませんし、「買い手が本当に現れるのか」「譲渡後に従業員やお客様に迷惑がかからないか」悩んでいました。ただ、担当者が資料請求の時点から誠実に対応してくれて、私の気持ちや現状の課題も丁寧に汲み取ってくれたことが大きかったです。「経営者仲間に相談するような感覚」で、不安や疑問をぶつけることができたので、本音で話せたのがありがたかったです。
――M&Aプロセス全体で、特に思い出深かった場面や、苦労した点はありますか?
買い手候補への打診や交渉は、やはり簡単ではありませんでした。当社は大きな黒字企業でもなく、財務面ではマイナスが続いていたので、「果たして引き受け手がいるのか」というプレッシャーは大きかったです。また、情報管理や秘密保持にも細心の注意を払う必要があり、社内でも一部スタッフにしか情報を開示できませんでした。担当者とともに「社内外に波風を立てず、かつ確実に交渉を進める」作戦会議を何度も行いました。
――実際に譲受企業(F社)との出会いはどんなものでしたか?人物や価値観、印象に残ったエピソードがあれば教えてください。
初回の面談でまず驚いたのは、担当者の方が現場の特性や困りごとを熟知していたことです。当社スタッフの苦労や誇りを「他人事ではない」と受け止めてくれる姿勢や、根掘り葉掘り業務の詳細まで質問されたことには驚きました。買い手であるF社も一部清掃を内製化していましたので「一緒に現場に出ませんか」と声をかけていただいたことが印象的です。「“そのまま”の文化と現場を残しながら、グループ力で支える」という買主企業の哲学も伝わり、この方々なら託せるという安心感を強く覚えました。
――M&Aの価格やスキーム決定の背景事情、悩みや葛藤について、より詳しく教えてください。
譲渡価格はほぼ付かない形でした。資産や財務状況を冷静に見れば妥当でしたが、一方で「自分が一生懸命に守ってきた価値」とのギャップには正直悩みました。自分のプライドやこれまでの歩みに引きずられず、次の世代に確実にバトンを渡すには「数字は数字」と割り切る経営判断が必要でした。担当者が経緯を一つずつ分かりやすく説明してくれたので、理屈で納得し、感情面でも整理がついたと思います。
――譲渡後も代表取締役として継続することへの思いについてお考えをお聞かせください。
「3年残って欲しい」と言われたとき、自分の役割がまだあると感じ、逆に安心できました。責任も残りますが、それだけ会社や従業員への愛着もありました。売主としての責任やリスクを冷静に分析し、担当者にも随時相談しながら「最悪のパターン」まで想定して備える準備ができたことは精神的な支えになりました。
――譲渡後、買収企業グループとの具体的な協業やシナジーについて、どんな取り組みや変化がありましたか?
M&A後は、買収会社の経営資源やネットワークを活かし、営業先の拡大や資材調達ルートの効率化など、現場に直結するシナジーが生まれています。F社グループの幅広い現場ノウハウや研修制度を当社スタッフにも導入できるようになり、社員の意識変化も感じます。たとえば「今までできなかった新規事業への挑戦」や「業務DX化」の取り組みなど、自己流にこだわらず、多様な経験や知見を吸収できる環境が整いました。
――M&A以降のご自身の生活や心境について、より詳しくお聞かせください。
正直、肩の荷が下りた実感と共に、自分の役割が少しずつ変わることに戸惑いもあります。以前は24時間365日、会社や現場のことばかり考えていましたが、今は新たな経営陣の発想や方針に触れ、学び直す日々です。余裕ができた分、家族との時間も増えましたし、自分自身が経営者として本当にやりたかったこと—たとえば従業員一人ひとりのキャリアサポートや現場の教育—に力を入れられるようになりました。
――今回のM&Aを通じて、自身の経営哲学や価値観に変化はありましたか?
「ひとりで背負い込まず、協力を仰ぐ勇気の大切さ」を心から実感しました。これまでは自分の判断だけが絶対だと思っていましたが、外部の知識や経験、そして想いを共有し支えてくれる人たちの存在の大きさに気づきました。新しい体制の中で、今まで考えもしなかった視点や手法に数多く出会い、会社も自分自身もまた一段成長できたように思います。
――今振り返って、みつきコンサルティングや担当者のサポートで感じたことを改めてお聞かせいただけますか?
初回からクロージング後まで、一貫して「誠実」かつ「現実的」な対応だったことが印象に残っています。利益や取引条件だけでなく、私や従業員の気持ちや将来にも配慮しながら進めていただきました。定型の枠に縛られず、それぞれの事情や考え方に寄り添ってくれたので、精神的な負担が大きく軽減されたと感じています。
――クロージング時や譲渡完了後の率直なお気持ちを、当時の心境も含めて教えてください。
心からホッとしたというのが第一です。創業からのさまざまな思い出が走馬灯のように浮かびましたが、「会社と従業員の未来」を考えて正しい選択だったと今は自信を持って言えます。一方で寂しさや小さな喪失感も当然ありましたが、感情の整理をつけるうえで、周囲や専門家のサポートが何より重要でした。
――M&A後の従業員や顧客の反応、そしてご自身が意識した説明・ケアなどについて教えてください。
従業員は最初は動揺や不安を見せましたが、私からしっかりと理由とプロセスを伝え、また買収企業の担当者自ら現場説明会を開いてくれたことで徐々に受け入れてもらえました。お客様からは激励と労いの言葉を多くいただき、感謝の念に堪えません。社内外の理解と協力を得られたことで、スムーズな移行が実現できました。
――今後、業界の中で貴社やご自身の新しい役割にどんな可能性や期待を持っていますか?
今後ますます専門性や高い品質が求められる時代になると思います。自社だけで限界を感じていた部分も、グループ企業の力を借りて新たな顧客価値を生み出せるのではないかと期待しています。個人的にも、現場教育やマネジメント、若手経営者の育成など、「経験を次世代につなぐ」ことが自分の新たな使命だと考えております。
――M&A前後でご自身が感じた「変化」について、具体的なエピソードがあればぜひ教えてください。
ひとつは、経営判断のスピードや発想が変化しました。以前は慎重すぎて決断が遅れることも多かったですが、今はグループ全体の会議で多様な意見を交わす中、物事をより広い視座で見ることができています。もう一つは「相談できる仲間」ができたことで、精神的な安定感が格段に増しました。
――最後に、同じ悩みを持たれる経営者や今後M&Aを検討する方へ伝えたいことがあれば、お願いします。
M&Aは決して「会社を手放す」ことではなく、「会社と従業員の未来を守る」ひとつの方法だと思っています。背負いすぎず、孤独にならないで信頼できる専門家にぜひ相談してほしいです。自分や会社の価値を再発見し、次の一歩に踏み出す勇気を持ってもらえればと思います。
――貴重なお話をありがとうございました。