人材業界のM&A動向とは?メリットや手順、注意点、事例を解説

人材業界で、中小企業の人材派遣・紹介業界でのM&Aが活発化しています。人材業界の経営者にとって、M&A(合併と買収)は事業の継続に向けた重要な戦略ですが、事業許可などの注意点も存在します。ここでは、人材業界別のM&A動向や、譲渡側・譲受側それぞれのメリットやM&Aの手順などを解説するため、参考にしてください。

人材業界のM&Aとは

人材業界とは、人材派遣業や人材紹介業、求人広告業、人材コンサルティング業などの業界を指します。人材業界のなかで、人材派遣業と人材紹介業は、人材関連企業の主要な売上を占めています。人材派遣企業は、「労働者派遣法改正」により、大企業が子会社として設立した派遣会社から派遣労働者を受け入れる「グループ内派遣」が規制されました。「労働者派遣法改正」は、過度な派遣労働の規制や派遣労働者の雇用条件を保護するのが目的です。

M&Aにおいては、「グループ内派遣」に規制がかけられたため、中小企業の人材派遣・紹介業界でのM&Aが活発化しています。

人材業界の業態別M&Aの動向

人材業界のM&A動向を、業態別に見ていきます。

人材派遣会社

人材派遣会社は、厚生労働省の許可を受けて求職者(派遣社員)を求人者(派遣先企業)に派遣する業態です。頻繁にM&Aが行われているため、売却が比較的容易という特徴があります。人材派遣会社のM&Aを行う際には、専門家の協力を得て早めの準備を行い、人材業界の動向全体の把握をすることが重要です。M&Aに関連するリスク回避も期待できます。

人材紹介会社

人材紹介会社は、求人側(企業)と求職者の間に入り、両者の雇用関係が成立するよう仲介をする事業です。有料職業紹介事業者数は増加の傾向が続いており、令和3年度は27,899事業所でした。この業界は特殊ながら確実な需要が見込まれるため、競合との優位性や強みをアピールすることが重要です。

参照:民営職業紹介事業所数の推移|厚生労働省

求人広告代理店

求人広告代理店は、求人広告を出したい企業と掲載するメディアを仲介する事業を担っています。顧客の幅が広く、商談相手が経営者であることが多いため、営業力に魅力を感じる異業種からのM&Aを進めやすいです。特に地域に密着した広告代理店は、地域のニーズや市場動向を把握し、顧客との強い関係性を築いている点が魅力です。M&Aによって、販路拡大を期待できるでしょう。

採用コンサルティング会社

採用コンサルティング会社は、企業の人材採用における課題を解決し、採用を成功に導くための戦略的プランの提案・支援を行うサービスです。採用業務が複雑化し求人倍率が高まる今、採用コンサルティングへのニーズが高まっています。人材採用における重要性が注目されているため、採用コンサルティング会社は企業の成功に大きく貢献できるでしょう。

ただし、「人」だけで事業が成り立つ会社はM&Aにおいて、やや売却しづらいとされます。自社でМ&Aの候補先を探すのではなく、信頼できるM&Aアドバイザリー会社を活用することをおすすめします。

採用関連サービスの運営

採用関連サービスの運営を行う企業では、ATS(採用管理システム)やRPO(採用業務アウトソーシング)などのサービスを提供しています。ATSは、採用データを一元管理して業務を軽減するシステムです。RPOは、外部パートナーとして企業の採用活動を代行します。採用関連サービスの領域はM&Aの需要が高まっており、売却は比較的容易であるといえるでしょう。

人材会社が譲渡するメリット

人材業界におけるM&Aは、譲渡側・譲受側の双方にとってメリットがあります。まずは、譲渡側のメリットについて解説します。

就業場所の増加や事業規模の拡大、利益率の向上ができる

譲渡側は、大手企業の傘下に入ることで、取引先や登録求職者を増やせます。派遣社員の就業場所を増やすことにもつなげることが可能です。また、主軸事業以外の部分を事業譲渡することで、主軸事業に集中することができます。さらに、大手取引先との直接取引により、利益率の向上も期待できるでしょう。

後継者不足を解消できる

M&Aは、経営者の高齢化による事業承継にも活用できます。人材派遣・紹介業界に新規参入する企業は増加しているため、後継者不足を解消したい企業の需要は高いといえるでしょう。M&Aを行うことにより、譲渡側はオーナーが勇退しても、従業員の雇用を維持できます。事業を継続できるだけでなく、廃業コストもかかりません。

人材会社が買収するメリット

次は、人材業界におけるM&Aの譲受側のメリットを解説します。

事業規模の拡大

人材派遣・紹介会社をM&Aで買収することにより、就業場所を増やし、事業規模を拡大するメリットがあります。買収によって新たな取引先を獲得でき、登録求人数も増えます。外国人留学生の人材獲得や介護、医療などの有資格者の獲得に必要なノウハウをもつ人材業界の企業は、特に人気が高い傾向です。

ノウハウをすでに持っている人材の確保

人手不足が深刻な人材業界において、一度に多くの優秀な人材を確保できることは、M&A活用の大きなメリットです。ノウハウのある従業員が増えることで、専門性の高い業務を展開できます。

また、事業規模の拡大が可能になり、市場シェアや売上アップにつなげることもできるでしょう。

人材業界のM&Aの売却価格の相場

人材業界におけるM&Aの譲渡価格の相場の目安は、譲渡の方法により異なります。株式譲渡の場合は、売却相場は「時価ベースの純資産額+営業利益の2~5年分」です。事業譲渡の場合は、「時価ベースの移動純資産額+事業利益の2~5年分」です。

ただ、一口に人材業界といっても、業態によって着目点が異なり、それにより上記算式の利益部分(のれん代)は違ってきます。そのため、実際にM&Aを検討するに際しては、人材業界に詳しいM&Aコンサルタントに相談することをお奨めします。

人材業界でのM&Aの流れ

人材業界におけるM&Aでの売却・回収の流れを、順を追って解説します。

1. 人材業界に強いM&A仲介会社を選定

M&A仲介会社を選定する際は、「人材派遣・紹介業界に関する知識や経験が豊富であるかどうか」に着目しましょう。人材業界の勤務経験者が所属している・人材業界での実績が豊富など、業界を熟知した仲介会社であれば、アピールポイントといった成約につながる的確なアドバイスを期待できます。

2. 譲渡側・譲受側を探し、決定する

M&A後の事業の発展性を考慮しながら、M&Aの候補先を探します。事業内容・規模・エリア・集客力・強みと弱みを詳細に分析したうえで、決定を行いましょう。その後は、秘密保持契約を締結し、M&Aの条件交渉を進めていきます。

3. 基本合意書の締結

譲渡側と譲受側の双方が条件に合意したら、基本合意契約書を締結します。この段階で新たな譲渡側・譲受側を探すことは契約違反です。締結後に、譲受側は譲渡側のデューデリジェンス(買収監査・企業調査)を行い、調査結果からリスクを洗い出します。

4. 最終契約、クロージング

取締役会の承認により、株式の譲渡が認められると、譲渡側と譲受側は株式譲渡契約書又は事業譲渡契約書等の最終契約書に調印します。また、その契約に沿って実行(決済)がなされることで、M&Aはクロージングします。M&Aの完了後は、PMI(統合プロセス)を実施し、事業を成功へと導いていきます。

人材業界でM&Aを実施するときの注意点

人材業界でM&Aを実施するときの注意点を、【譲渡側】【譲受側】それぞれの側面から解説します。

【譲渡側】競業避止義務を負うこととなる

人材業界でのM&Aを検討する場合、譲渡側は「競業避止義務」を負います。事業の譲渡から原則20年間は、同一の市町村内と隣接する市町村内で、同一の事業を行うことができません。ただし、事業の実態に応じて、期間や範囲を具体的に指定することは可能です。民法上では20年間と規定されていますが、実務上は1~5年程度が一般的です。

M&A契約の際には、競業避止義務について明確な取り決めを行い、事業譲渡後の活動に制約が生じないよう慎重に対応することが重要です。

【譲受側】事業の許可は引き継げない

事業譲渡や合併、分割で事業を引き継ぐ場合、譲渡側が持っている労働者派遣事業や有料職業紹介事業の許可は引き継がれません。譲受側は、独自に許可の取得を行う必要があります。ただし、株式譲渡によるM&Aのように譲渡側が子会社として存続するケースでは、新たに許可の取得は不要です。

人材業界におけるM&Aの事例

人材業界におけるM&Aの事例を2つ紹介します。

株式会社GEEK社の買収

株式会社GEEK社の買収は、人材業界におけるM&Aの事例の1つです。譲受側の株式会社ツナググループ・ホールディングスは、RPO(採用業務アウトソーシング)を主軸に事業展開しています。一方、譲渡側の株式会社GEEK社は、WEBサイト制作や求人系システム開発などが主な事業です。

この買収により、ツナググループ・ホールディングスは、HRテック(人事・人材管理を支援する最新テクノロジーを活用したソリューション)の新規開発に向けた、リソースや知見を得ました。今後は、コストパフォーマンスの高いスピーディーなサービス提供を目指しています。

株式会社オンコールの子会社化

譲受側のクオールホールディングス株式会社は調剤薬局事業や医療関連事業を展開しており、その子会社であるアポプラスキャリア株式会社は、薬剤師・登録販売者・産業保健師を中心とする医療人材の紹介派遣事業を行っています。

アポプラスキャリア株式会社は、医療機関向けITシステムの開発・運用を手掛けているオンコール株式会社を子会社化することにより、医療人材紹介派遣事業とITシステム開発を組み合わせたサービスを展開しています。今後は、医療現場のニーズに迅速に対応できる体制を整え、高度なソリューションの提供を目指します。

人材業界M&Aのまとめ

人材業界におけるM&Aを成功させるためには、概要や相場はもちろんのこと、M&Aによるメリットや注意点、M&Aを行う手順を知っておくことが重要です。業界に精通しているM&A仲介会社に依頼できれば、より安心でしょう。

経験豊富な経営コンサルタントが在籍する「みつきコンサルティング」では、知識と専門性を活かした幅広いサポートを提供しています。事業分析やシナジー創出を行い、精緻な事業計画や企業再生にも対応可能です。債務超過や収益赤字の企業にもアプローチし、海外子会社の売却や相続対策もサポートいたします。詳細はみつきコンサルティングへお問い合わせください。

著者

西尾崇
西尾崇事業法人第三部長
宅食事業を共同経営者として立ち上げ、CFOとして従事。みつきコンサルティングでは、会計・法務・労務の知見を活かし、業界を問わず、事業承継型・救済型・カーブアウト・MBO等、様々なニーズに即した多数の支援実績を誇る。
監修:みつき税理士法人

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