-本日は、N社の譲渡に関してお話を伺います。まず、売主様のM&Aを検討されるに至った経緯についてお聞かせください。
私がM&Aを検討し始めたきっかけは、日本在住の母の体調悪化でした。当初はM&Aを積極的に考えていたわけではなく、新たな税務アドバイザーを探していた段階でした。しかし、母の状況を考えると、将来的な選択肢としてM&Aも視野に入れる必要があると感じ始めたのです。
-なるほど。ご家族の事情が大きな要因だったのですね。では、M&Aを進めるにあたって、どのような不安がありましたか?
主に二つの不安がありました。一つ目は企業文化の変化です。10年ほど前に会社を設立して以来、従業員との関係を非常に大切にしてきました。定期的な昼食会や、従業員の家族を招いての忘年会など、ファミリー的な雰囲気を大切にしてきたんです。特に、取締役であるタイ人パートナーがこの文化を重視しており、もし変わってしまうなら退職すると言っていました。多くのタイ人スタッフが彼女についてきていたので、彼女が辞めれば大量の従業員流出につながる可能性がありました。
-従業員との関係性を重視されていたのですね。その不安に対して、どのように対処されましたか?
みつきコンサルティングの担当者が、買い手との面談にパートナーも同席させるよう配慮してくれました。ただ、彼女はタイ語しか話せなかったので、私が通訳をしながら買い手の考えを伝えていました。また、トップ面談後の会食では、買い手側のタイ人スタッフにも同席してもらい、買い手の企業文化や実際の働き方について率直に話してもらいました。これが功を奏し、パートナーの理解も徐々に深まっていきました。
-二つ目の不安についてもお聞かせください。
二つ目は譲渡金額についてです。20代で事業を立ち上げ、苦労しながら軌道に乗せてきたので、まだまだ成長させられるという思いが強かったんです。そのため、譲渡金額にはこだわりがありました。また、M&Aについての知識がなく、当初は安く買い叩かれるものだというイメージを持っていました。さらに、会計面は経理担当に任せきりで、受注以外の数字をほとんど把握していなかったため、どれくらいの譲渡金額が妥当なのかもまったく見当が付きませんでした。
-その不安に対してはどのように対処されましたか?
みつきコンサルティングの担当者が、サンプルとして様々な株式価値算定の事例を紹介してくれ、それぞれの譲渡金額とその算出根拠を説明してくれました。少しずつM&Aで一般的に使用される算定方法を理解していきました。最終的に、将来の収益可能性にこだわりがあったので、みつきコンサルティングの担当者と相談のうえ、DCF法を採用し交渉することにしました。
-売主様の経営者としての経験について、もう少し詳しくお聞かせください。
私は二十代でこの会社を立ち上げました。当時は若さゆえの勢いもありましたが、同時に不安も大きかったです。特に、タイという異国の地で事業を始めることには様々な困難がありました。言語の壁、文化の違い、そして現地の商習慣など、学ぶべきことが山積みでした。しかし、その分、成長のスピードも早かったように思います。特に、現地スタッフとの信頼関係構築には力を入れました。彼らの文化や価値観を理解し、尊重することで、徐々に強固なチームを作り上げることができました。
-業界動向や将来展望について、どのようにお考えでしょうか?
私たちの精密加工業界は、グローバル化の影響を強く受けています。特に、東南アジア地域での需要が急速に拡大しており、タイはその中心地の一つとなっています。将来的には、さらなる技術革新と市場拡大が見込まれると考えています。一方で、競争も激化しており、品質と価格のバランスがますます重要になってくるでしょう。また、環境への配慮や持続可能性も無視できない要素です。これらの変化に対応していくためには、継続的な投資と柔軟な経営戦略が必要だと感じています。
-買い手企業との初めての面談はどのような印象でしたか?
初回の面談から、買い手の関心の高さを感じました。私が若いこともあり、まずは会って話をしてみたいという意向があったようです。その後の面談でも、買い手の柔軟かつ率直な姿勢に好感を持ちました。特に印象的だったのは、様々な部署のメンバーを面談に同席させてくれたことです。これにより、私やパートナーも安心感を得ることができました。
-順調に進行したとのことですが、デューデリジェンス(DD)はいかがでしたか?
会社設立から専門家を入れずに運営してきたこともあり、DDでは多くの指摘事項がありました。例えば、VAT(消費税に近いもの)の支店登録漏れ、就業規則の労働法との乖離などです。ただ、これらは案件を中止するほどの重大な問題ではありませんでした。財務的なインパクトがあった項目としては、契約書の収入印紙漏れに対するペナルティリスクがありましたが、速やかに対応作業を実施することで解決しました。
-最終的な契約締結までのプロセスはスムーズでしたか?
契約書の調整には少し時間がかかりました。タイ語、日本語、英語の三か国語で作成しました。特に、タイ語と日本語の違いから生じる問題がありました。例えば、日本語版をチェックした際に、表現に違和感がある箇所がありました。日本語には存在しますが、タイ語に存在しない表現やその逆もあるためです。このあたりは、みつきコンサルティングの担当者とタイ人弁護士、日本人弁護士で何度も調整をおこなったようでした。
-クロージングの日はどのような雰囲気でしたか?
クロージングはタイの弁護士事務所でおこないました。私とタイ人パートナー、そして買い手側は本社取締役や現地法人の代表などが集まりました。株式譲渡契約書や商務省登記書類などにサインをした後、振込手続きが実行されました。長い道のりを経てようやくここまで来たという感慨深い思いでした。
-譲受企業とのM&A後の協業について、具体的なシナジー効果をどのように想定されていますか?
まず、販路の拡大が大きなシナジーになると考えています。私たちが持つタイでの顧客基盤と、買い手企業の日本やその他のアジア諸国での顧客ネットワークを組み合わせることで、双方の製品やサービスの販売機会が大幅に増えると期待しています。
また、技術面でのシナジーも重要です。買い手企業が持つ先進的な技術と、私たちの現地市場に適応した製品開発ノウハウを融合させることで、より競争力のある製品を生み出せると考えています。
さらに、人材育成の面でも大きな効果を期待しています。日本とタイの従業員が相互に交流し、知識やスキルを共有することで、両社の人材レベルが向上すると考えています。特に、タイ人従業員にとっては、日本の高度な技術や品質管理手法を学ぶ絶好の機会になるでしょう。
-譲渡後の心境や新たな生活について、お聞かせください。
譲渡後は、正直なところ、複雑な心境でした。約10年間、全身全霊を捧げてきた会社を手放すことは、想像以上に寂しさを感じました。しかし同時に、大きな達成感と安堵感もありました。
新たな生活については、まず母の看病に専念することができました。これは本当に良かったと思っています。また、長年忙しさに紛れて後回しにしていた自己啓発にも時間を割くことができました。具体的には、MBAを取得するための準備を始めました。これは、将来的に日本とタイの架け橋となるような新しい事業を立ち上げたいという夢があるからです。
また、アーンアウト条項により、一定期間は経営に関与し続けることになりました。これは、従業員たちとの関係を維持しつつ、徐々に新しい体制に移行するための良い機会だと捉えています。買い手企業との協業を通じて、自分自身も新しい知識やスキルを吸収できているのを実感しています。
-M&Aを経験されて、経営者としてどのような学びがありましたか?
M&Aを通じて、経営者として多くの学びがありました。まず、企業価値というものが、単なる財務数字だけでなく、人材や企業文化、将来性など、多面的な要素で構成されていることを実感しました。
また、国際的なM&Aならではの課題も多く経験しました。言語や文化の違い、法制度の相違など、想像以上に調整が必要な点が多かったです。これらを乗り越えられたのは、みつきコンサルティングの担当者のサポートのおかげだと思ってます。大変なときも多かったですが、ときには夕食を共にしながら、その時々の論点について丁寧に説明してくれました。
さらに、デューデリジェンスを通じて、自社の強みや弱みを客観的に見直す機会を得ました。これは、今後の経営においても非常に有益な経験になると思います。
最後に、従業員との信頼関係の重要性を改めて認識しました。M&Aのような大きな変化の中で、従業員の不安を和らげ、モチベーションを維持することの難しさと重要性を痛感しました。
-最後に、このM&A経験を通じて学んだことや感じたことをお聞かせください。
この経験を通じて、M&Aは単なる会社の売買ではなく、人と人とのつながりが重要だということを学びました。特に、従業員との関係や企業文化の維持について深く考える機会となりました。また、国際的なM&Aならではの言語や文化の違いによる困難も経験しましたが、それを乗り越えることで視野が広がったと感じています。
みつきコンサルティングの丁寧なサポートのおかげで、不安を一つずつ解消しながら進めることができました。彼らの専門知識と経験が、この複雑なプロセスを乗り越える上で非常に重要でした。
また、買い手企業の柔軟な姿勢にも感銘を受けました。彼らの理解と忍耐がなければ、この取引は成立しなかったかもしれません。この経験から、M&Aにおいては単に財務的な側面だけでなく、人間関係や文化的な側面も非常に重要であることを学びました。
今後、同じような立場の経営者がいれば、私の経験を共有し、少しでも力になれればと思います。特に、国際的なM&Aにおける言語や文化の壁、そしてそれを乗り越えるための努力の重要性を伝えたいです。
また、M&A後の統合プロセスについても、予想以上にスムーズに進んでいることを嬉しく思います。買い手企業の従業員との交流を通じて、新しい視点や知識を得ることができ、自分自身の成長にもつながっています。
最後に、この経験を通じて、経営者として常に変化に適応し、新しい挑戦を恐れないことの大切さを再認識しました。M&Aは終わりではなく、新しい始まりだと捉えています。これからも、日本とタイの架け橋となるような新しい価値を創造していきたいと考えています。