従業員持株会と事業承継|M&Aでの株式買取と設立の実務を解説

従業員持株会は事業承継の有力な手段ですが、いざ会社売却の段になると株式の買取価格でつまずきやすい制度でもあります。仕組みや設立手順、メリットとデメリットを整理したうえで、譲受企業が100%取得を求める理由、事前買取の進め方、分配可能額やみなし配当といった見落としやすい論点まで、中小企業の現場目線で解説します。

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従業員持株会とは何か

自社株を従業員に持たせる制度と聞くと、上場企業の話だと感じる経営者は少なくありません。実際には非上場の中小企業でも、事業承継の全体像を描くなかで持株会が候補に挙がる場面はよくあります。社内に後継者候補がいる会社なら、従業員承継の進め方と組み合わせて検討することになるはずです。

制度の中身を一言でまとめると

従業員持株会は、従業員が毎月の給与や賞与から一定額を拠出し、集めた資金でまとめて自社株を買い付ける組織です。法的には民法上の組合として設立するのが一般的で、加入した従業員は組合員という立場になります。株式の名義は持株会に集約され、従業員が持つのは間接的な持分。

従業員持株会の仕組み(従業員が給与天引き等で出資し、持株会を通じて創業家等から自社株式を購入する図解)

持株会には複数の種類がある

ひとくちに持株会といっても、誰が加入できるかで性格はまるで違います。下表は代表的な4種類を整理したものです。本記事が扱うのは、このうち従業員持株会になります。

持株会の種類加入できる人特徴
従業員持株会自社の従業員社員持株会とも呼ばれる。役員は加入できず、会社が奨励金を出すのが一般的
役員持株会自社の役員従業員は加入できない。奨励金を設けない設計が多い
役員従業員持株会子会社等の役員・従業員一定の関係にある上場会社の株式を取得する仕組みで、従業員持株会とは別物
取引先持株会会社が指定した取引先系列会社の株式を取得する枠組み。奨励金は通常設けない

非上場の中小企業で使われる理由

上場していない会社の株式には売買市場がありません。従業員が自社株を持ちたいと思っても、単独で買い付ける機会はほぼないでしょう。持株会は、その受け皿として機能します。経営者側から見れば、会社の方針に協力的な安定株主を社内に確保できる点も見逃せません。

後継者不在という背景

帝国データバンクの2025年調査によると、全国の後継者不在率は50.1%。改善傾向とはいえ、なお2社に1社です。後継者候補の属性では非同族が41.0%と初めて4割を超えており、社内の人材へ引き継ぐ流れは着実に強まっています。後継者不足の事業承継を考える局面で持株会が話題に上がる背景は、ここにあります。

事業承継で従業員持株会を使うメリット

持株会の利点は、株を配ること自体ではなく、株の持ち方を設計できる点にあります。承継の局面ごとに効き方が変わるため、代表的なものを順に見ていきましょう。

後継者の経営権を安定させる

創業家のなかで株式が分散していると、後継者は重要な決議のたびに他の株主の顔色をうかがうことになります。持株会は基本的に会社の方針を支持する安定株主として働くため、後継者の足場を固める役割を担います。ただし持たせすぎれば逆効果。適正な比率については後述します。

株式の社外流出を防ぐ

個人に直接株式を渡してしまうと、その従業員が退職したり相続が起きたりするたび、株式が思わぬ先へ移る恐れが生まれます。持株会が名義を持ち続ける仕組みなら、退職者の持分は持株会の内側で処理され、外へ散らばりません。この「散らさない」効果は、後々のM&Aで効いてきます。

相続税の納税資金を準備できる

オーナーに相続が発生すると、後継者は自社株という換金しにくい財産に対して多額の相続税を負担します。生前に株式の一部を持株会へ売却しておけば、納税資金を計画的に確保できるわけです。相続と事業承継の関係を早い段階で整理しておくと、選べる手は確実に増えます。

従業員の定着と士気につながる

会社の業績が配当や持分価値に跳ね返る仕組みは、働く側の目線を変えます。福利厚生としての性格もあり、採用や定着の面で効いてくることも。

奨励金という後押し

加入を促すため、会社が拠出金に一定率を上乗せする奨励金制度を設けるのが通例です。拠出額以上の投資ができるので、従業員にとっては分かりやすい加入インセンティブになります。

従業員持株会のデメリットとリスク

使い勝手の良い制度である一方、導入後に「こんなはずでは」となる論点も抱えています。設計段階で潰しておきたい4点を挙げます。

会社の事務負担が続く

入退会の処理、毎月の拠出金管理、株式の買付、配当の分配、持株会としての申告。これらは日常業務に上乗せされます。管理部門が数名という会社では、外部委託を含めた体制を先に決めておくべきでしょう。

従業員はすぐに換金できない

非上場株式に市場はありません。従業員が現金化したいと思っても、退会手続を経て持株会に買い取ってもらう流れになり、一定の時間がかかります。ここを説明しないまま加入させると、後で不満の種になりやすい。

株価が下がれば元本割れもある

業績が伸びれば持分の価値は上がりますが、逆もまた起こり得ます。拠出額を下回る状態が続けば、従業員の不満に直結するでしょう。会社側も配当方針次第では負担が増えるため、双方向のリスクとして捉えるのが妥当です。

持分比率を誤ると経営権が揺らぐ

安定株主のつもりが、いつのまにか無視できない議決権になっていた。そんな相談は珍しくありません。定款変更や組織再編に必要な特別決議は議決権の3分の2以上ですから、経営陣側でこの水準を確保できる比率設計が前提になります。社員への株式譲渡で起きやすい論点とも重なる部分です。

M&Aで会社を売却するときの従業員持株会

ここからが本題になります。持株会がある会社が第三者へ株式を譲渡する場合、その株式をどう扱うかで交渉の難易度は大きく変わります。事業承継とM&Aの違いを押さえたうえで、選択肢を具体的に見ていきます。

譲受企業が100%の株式取得を望む理由

譲受企業の多くは、対象会社の株式を100%取得したいと考えます。少数株主が残ると重要な意思決定のたびに手続が増え、機動的な経営がしにくくなるためです。グループ再編や税務上の取扱いでも、100%子会社であることが前提になる場面があります。

持株会を残したままM&Aを進める場合

理屈のうえでは、持株会を存続させたまま株式譲渡を実行できます。ただ実務では、そこに二種類の火種が生まれます。

従業員に想定外の大金が渡る

非上場の持株会では、額面に近い低い価額で株式を取得しているケースが目立ちます。M&A時の株価がその何十倍にもなれば、従業員一人あたりの受取額が年収や退職金を大きく超えることも。優秀な幹部が「もう働かなくていい」と離れてしまえば、譲受企業が期待した価値そのものが崩れます。

譲渡オーナー側の心情的な問題

そもそも持株会の株式は、先代や現経営者が時価より低い価額で譲ったものであることがほとんどです。その株式がM&Aで大きな価値を生み、利益が従業員に帰属する。理屈では分かっていても割り切れない、という声は現場でよく聞きます。

M&Aの前に株式を買い取る場合

こうした火種を避けるため、実務ではM&Aの実行前に持株会を解散し、会社が株式を買い取る方法が選ばれます。いわゆる自己株式の取得です。

事前買取が定石とされる理由

先に会社が買い取っておけば、高いM&A株価に基づく対価が従業員個人へ渡ることはありません。人材流出のリスクを根元から断てるうえ、譲受企業に対して100%の株式を渡せる状態も整います。交渉のテーブルに着く前に片付けておきたい論点だと言えます。

買取までの手順

実際の流れは3段階。規約で解散時と退会時の株式の取扱いを確認し、組合員総会を招集して解散を決議、そのうえで会社が持株会の保有株式を買い取ります。規約の書きぶり次第で難易度が変わるため、最初の確認が肝心です。

買取価格の決め方

最大の難所は価格です。ここを外すと、M&Aそのものが止まりかねません。

規約価格とM&Aの時価が開く

持株会の規約では、買取価格を簿価純資産価額や配当還元価額といった低めの基準で定めていることが多いはずです。これに対し、M&Aで成立する非上場株式の評価は将来の収益力を織り込んだ水準になります。両者の差は、会社によっては桁が変わるほど開きます。

支援現場での落とし所

絶対の正解はありません。規約どおりの価格で買い取ることは法的に可能でも、それが最善とは限らないからです。よくある相談として、規約価格に加えて功労金や特別退職金を上乗せし、これまでの貢献に報いる形で調整するケースがあります。肝心なのは、なぜこの価格なのかを説明し尽くすこと。日頃の信頼関係が試される場面です。

2つの選択肢を比べる

下表は、持株会を残す場合と事前に買い取る場合の違いを整理したものです。

比較項目持株会を維持したままM&AM&A前に会社が買い取る
買い手の受け止め100%取得ができず敬遠されやすい100%取得が可能で交渉が進めやすい
従業員への影響高い株価に基づく対価が個人へ渡る規約に沿った価格での精算にとどまる
人材流出リスク大金を手にした幹部の離職が起きやすい抑え込みやすい
会社側の手続追加の手続は少ない組合員総会の決議と自己株式の取得が必要
資金の手当て不要分配可能額の範囲で自己資金が必要
実務での選択例外的一般的

会社法と税務の壁を先に確認する

価格が固まっても、そこで終わりではありません。会社が自己株式を取得するには、法律面と税務面の両方に確認事項があります。

分配可能額という上限

自己株式の有償取得には剰余金の配当と同じ財源規制がかかり、交付する金銭の総額は分配可能額を超えられません(会社法第461条)。利益剰余金が薄い会社では、買い取りたくても枠が足りないという事態が起こります。決算期をまたぐ設計が要る場合も。

みなし配当課税という落とし穴

個人が非上場株式を発行会社へ譲渡した場合、資本金等の額を超える部分は配当所得とみなされて課税されます(国税庁タックスアンサーNo.1477)。株式譲渡益の分離課税と違い、総合課税の累進税率が効いてくる点に注意。持株会は民法上の組合ですから、課税は組合員である従業員個人に及びます。自社株買いを設計する際は、この税負担まで含めて手取りを試算しておくのが実務です。

M&A以外の事業承継と従業員持株会

持株会が活きるのは第三者への譲渡だけではありません。承継先ごとに、担う役割は変わります。

親族内承継での使い方

経営権を後継者へ集中させたい一方、他の親族や従業員への配慮が必要になる場面があります。持株会に一定割合を持たせることで、経営に直接関与しない関係者への利益配分という役割を担わせる設計が可能です。親族内承継の資本政策として検討する価値はあります。

従業員承継での受け皿

従業員が事業を引き継ぐ場合、個人で株式を買い取る資金を用意できないことがほとんどでしょう。持株会は、その資金を束ねる受け皿として機能します。EBOの手順と併せて組み立てるのが現実的です。

MBOとの違い

経営陣が金融機関やファンドと組んで株式を取得するMBOという手法では、受け皿会社を使うのが通例で、持株会とは資金の集め方が根本的に異なります。同じ社内承継でも、誰がどの資金でいくら取得するかによって組み立ては別物になります。

従業員持株会の設立と運営の実務

これから設立を考える会社に向けて、押さえておきたい手順と論点を整理します。

設立までの手順

下表は、一般的な設立の流れをまとめたものです。順序そのものより、各段階で何を決め切るかが成否を分けます。

手順やること押さえる点
1規約・細則の作成後から変更する可能性がある事項は細則側に置くと改正が楽になる
2発起人・理事・監事の選任取締役は兼任できないため、従業員のなかから選ぶ
3取締役会での承認給与天引きのルールや奨励金の水準も併せて決議しておく
4銀行口座の開設と覚書の締結目的外利用の禁止、手数料の負担者を書面で明確にする
5会員の募集説明会で換金性の制約まで伝えることが、後のトラブル防止に効く
6運用開始管理を社内で担うか外部へ委託するかを事前に決めておく

規約で決めておくべきこと

持株会の運営はすべて規約に沿って行われます。後から改正するのは骨が折れますから、作成段階での詰めが効いてきます。

議決権の行使方法

持株会としてどう議決権を行使するかを明記します。理事長への一任が一般的ですが、重要議案は組合員の意思を確認するといった段階的な設計もあり得ます。

退会と解散時の買取ルール

退会者の持分を誰がいくらで引き取るのか。ここを「持株会が簿価純資産価額等で買い取る」と定めておけば、株式の社外流出を防げます。将来のM&Aを見据えるなら、解散時の取扱いも書き込んでおくべきでしょう。

株価の決め方と奨励金

持株会へ譲渡する際の価額は、税務上の取扱いと直結しています。

配当還元方式が使える条件

取引相場のない株式は、取得する株主が同族株主等かどうかで評価方式が分かれます。同族株主以外の株主が取得する株式は、原則的評価方式に代えて配当還元方式で評価できます(国税庁タックスアンサーNo.4638)。持株会が低い価額で取得できるのは、この特例的な評価によるものです。

評価ルールの見直し議論に注意

国税庁は2026年4月から取引相場のない株式の評価に関する有識者会議を開催し、配当還元方式を含む評価方法の見直しを議論しています。2026年8月時点で結論は出ていません。ただ、持株会の設計が配当還元価額を前提としている会社ほど、動向を追う意味は大きいでしょう。前提が崩れたときに何が起きるかまで想定しておくと安心です。

導入前に確認したいチェックポイント

支援現場で最初に確認する項目を、下表にまとめました。これから作る会社にも、すでに持株会がある会社にも使えます。判断に迷う項目が3つ以上あるなら、事業承継の相談先を早めに確保したほうが得策です。

確認項目見るポイント
議決権比率経営陣側で3分の2以上を確保できているか
規約の買取価格算定基準が明記され、解散時の取扱いまで書かれているか
分配可能額直近の決算書で、自己株式取得に使える枠が足りるか
従業員への説明加入時に換金性の制約を伝えているか
加入・退会の実態退職者の持分が処理されないまま滞留していないか
配当方針持株会向けの配当が資金繰りを圧迫していないか
将来の第三者承継M&Aの可能性を規約が想定した作りになっているか

規約の作り直しが必要になりそうなら、事業承継コンサルティングを含めた外部の手を借りるのが早道です。

従業員持株会と事業承継に関するFAQ

相談の場で繰り返し聞かれる質問を4つ取り上げます。

Q:持株会の株式は、M&Aのとき必ず買い取る必要がありますか

法律上の義務ではありません。ただ買い手が100%取得を求めるケースが大半で、残したままだと交渉は難航します。持株会の比率が数%にとどまる場合でも、事前に整理する前提で進めるのが現実的です。

Q:買取価格は規約どおりで問題ありませんか

法的には規約に沿った価格で処理できます。もっとも、M&Aが近いと従業員が察している状況では不信感につながりやすい。功労金などで調整するかどうかは、社内の空気と規約の書きぶり次第です。

Q:役員は従業員持株会に加入できますか

従業員持株会は従業員が対象のため、取締役は加入できません。役員向けには役員持株会という別の枠組みがあります。使用人兼務役員をどう扱うかは、規約で明確にしておくのが無難です。

Q:持株会があると会社の売却価格は下がりますか

株価そのものが下がるわけではありません。ただ買い手から見れば、整理のコストとスケジュールの読みにくさが加わります。事前に解消できていれば、その分だけ交渉は素直に進みます。

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従業員持株会を活かす事業承継の要点

従業員持株会は、後継者の経営権を安定させ、株式の分散を防ぐ有効な制度です。一方でM&Aの局面になると、規約上の買取価格と実際の株価の差、分配可能額やみなし配当といった論点が一度に押し寄せます。長年支えてくれた従業員との関係を壊さずに会社を引き継げるだろうか。そう不安になるのは、当然のことです。

みつきコンサルティングは、税理士法人グループのM&A仲介会社として、中小企業の会社売却と事業承継を数多く支援してきました。持株会の整理を含む資本政策から、譲受企業とのマッチング、成約後の手続までワンストップで対応します。無料相談から承ります。

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著者

田原 聖治
田原 聖治事業法人第一部長/M&A担当ディレクター
みずほ銀行にて大手企業から中小企業まで様々なファイナンスを支援。みつきコンサルティングでは、各種メーカーやアパレル企業等の事業計画立案・実行支援に従事。現在は、IT・テクノロジー・人材業界を中心に経営課題を解決。M&Aの成約実績多数、M&A仲介・助言の経験年数は10年以上
監修者 神門 剛 代表取締役 / 公認会計士・税理士

みつきコンサルティングは、中小企業の会社売却・事業承継に特化した譲渡企業様に完全成功報酬制のM&A仲介会社です。売り手と買い手企業の最適なマッチングを、経験豊富なM&Aコンサルタントが初期相談から成約まで一貫してフルサポートします。

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