特定承継人は指定された財産だけを個別に引き継ぐ人、一般承継人は権利も義務も丸ごと引き継ぐ人です。借入金や簿外債務の扱い、必要な手続の量がどう変わるかを比較表で整理し、相続人との関係、株式譲渡・事業譲渡での位置づけまで解説します。後継者が決まらないまま承継の型を検討している経営者の判断材料になる内容です。
特定承継人と一般承継人はどこで分かれるのか
「うちの場合、全部まとめて引き継ぐことになるんでしょうか」。相続や会社の引き継ぎのご相談で、最初に出てくる質問がこれです。答えを分けるのが、特定承継人と一般承継人という2つの立場。中小企業の事業承継の進め方では株式譲渡による事業承継が実務の中心ですが、それが一般承継と特定承継のどちらに位置づけられるかで、手続もリスクも変わってきます。
違いは引き継ぐ範囲が個別か包括かの一点
特定承継人は、指定された特定の権利や財産だけをピンポイントで引き継ぐ人。一般承継人は、前の権利者が持っていた権利も義務も、まとめて引き継ぐ人です。包括承継人という呼び方もありますが、意味は同じ。この一点さえ押さえておけば、あとの論点はすべてここから派生します。
比較表で見る特定承継人と一般承継人
下表に、両者の性質を並べました。実務で判断が分かれるのは、借入金と保証債務の扱い、そして必要になる手続の量です。
| 比較項目 | 特定承継人 | 一般承継人(包括承継人) |
|---|---|---|
| 承継する範囲 | 指定した特定の権利・財産のみ | 権利と義務の一切 |
| 借入金・保証債務 | 原則として引き継がない | 原則としてすべて引き継ぐ |
| 対象の選択 | 個別に選べる | 選べず、全部引受けか全部放棄か |
| 個人の代表例 | 不動産の買主、贈与を受けた人、特定遺贈の受遺者 | 相続人 |
| 法人の代表例 | 事業譲渡の譲受企業 | 合併の存続会社、会社分割の承継会社 |
| 移転の手続 | 資産・契約ごとに個別対応 | 法律の効果として当然に移転 |
| 主なリスク | 手続の漏れ・抜け | 見えていない債務まで背負う |
借金や簿外債務の扱いが最大の分岐点
一般承継では、決算書に載っていない債務も一緒についてきます。未払残業代、係争中の損害賠償、退職金の積立不足。こうした簿外債務を選り分けられない点が、包括的に引き継ぐことの怖さ。特定承継なら、そもそも引き受ける対象を契約で限定できます。
手続の重さは逆転する
範囲が広い一般承継のほうが手続も大変そうに見えますが、実際は逆。一般承継は法律の効果として自動的に移転するため、個別の名義変更が要りません。特定承継は、資産1つ、契約1本ごとに移転手続を踏む必要があります。ここを取り違えたまま話を進めると、スケジュールが数か月ずれます。
一般承継人(包括承継人)とは何を引き継ぐ人か
包括承継という言葉は硬く聞こえますが、身近な場面で毎日のように起きています。代表格が相続です。
相続は民法が定める典型的な一般承継
民法896条は、相続人が相続開始の時から被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継すると定めています(e-Gov法令検索・民法)。一身専属権のような例外はあるものの、原則は「まるごと」。プラスの財産だけをつまみ食いする、という選択はできません。
合併・会社分割は法人版の一般承継
法人にも同じ構造があります。吸収合併の手続では、消滅会社の権利義務が存続会社にそのまま移ります。会社分割の仕組みも同様で、分割契約で定めた範囲について包括的な移転が生じる組織再編です。
一般承継が便利に見える理由
取引先との契約を結び直さなくてよい。従業員の同意を1人ずつ取らなくてよい。許認可も原則そのまま。この3点があるため、引き継ぐ側から見た事務負担は軽くなります。現場でも「手続が楽なほうで」という声は多く、選ばれやすい方式。
選べないことがそのまま弱点になる
裏を返せば、要らないものも来ます。社長個人が差し入れた連帯保証の引き継ぎが典型で、後継者が同じ保証を求められるケースは珍しくありません。相続であれば、家庭裁判所への限定承認や相続放棄という別ルートを検討することになります。
特定承継人とは何を引き継ぐ人か
こちらは「必要なものだけ買う」立場。契約によって承継の対象が特定されるため、他の権利義務に縛られません。
売買・贈与・事業譲渡が代表例
中古車を買った人、自宅を購入した人、贈与を受けた人。いずれも特定承継人です。法人でいえば事業譲渡の手続がこれに当たり、譲受企業は対象となる事業資産だけを引き受けます。会社そのものは譲渡オーナー側に残ったまま。
個別の移転手続がついて回る
選べる代わりに、手間がかかります。不動産の登記、リース契約の名義変更、取引基本契約の巻き直し。1つずつ相手方の承諾を取り付けていく作業です。
従業員と許認可は特に落ちやすい
雇用契約は自動では移りません。従業員の転籍には個別の同意が要りますし、建設業や運送業のように許認可の引き継ぎが原則できない業種もあります。契約上の地位をどう移すかという地位承継の論点も、事業譲渡では避けて通れません。
不動産では前所有者の滞納分を負うことがある
意外と知られていないのが、区分所有法8条。管理費を滞納している部屋を購入した人は、特定承継人として前所有者の滞納分を請求され得ます(e-Gov法令検索・区分所有法)。「個別に引き継ぐから債務は来ない」という一般論には、法律上の例外があるわけです。
賃貸人の地位は原則として買主へ移る
賃貸中のビルを売却すると、新しい所有者が自動的に賃貸人になります。敷金返還義務も一緒に移ります。事業用不動産の承継を考えるときは、賃借人との関係がどう動くかを先に確認しておくと安全。
相続人は一般承継人と何が違うのか
「一般承継人」と「相続人」を同じ意味で使う場面は多いのですが、厳密には包含関係にあります。
相続人は一般承継人の一種
相続人は、民法に基づいて被相続人の権利義務を包括的に承継する人。つまり一般承継人のうち、相続という原因によって生じる類型です。合併の存続会社も一般承継人ですが、相続人とは呼びません。
特定遺贈を受けた人は特定承継人にあたる
遺言で「A銀行の預金だけを譲る」と指定された受遺者は、特定の財産だけを取得するため特定承継人。同じ遺言でも「財産の3分の1を譲る」という包括遺贈なら、包括受遺者として相続人に近い扱いになります。遺言の書き方ひとつで立場が変わる点は、現場でも説明に時間をかけるところです。
承継の対象と方法を整理した一覧
下表で3つの立場を並べます。相続と事業承継の関係を考えるときの土台になる整理です。
| 承継人の種類 | 承継の対象 | 主な発生場面 |
|---|---|---|
| 一般承継人 (包括承継人) | 権利義務の一切。負債も含む | 相続、合併、会社分割 |
| 特定承継人 | 契約で特定された権利・財産のみ | 売買、贈与、特定遺贈、事業譲渡 |
| 相続人 | 被相続人の一切の権利義務。一身専属権を除く | 相続の開始 |
事業承継では一般承継と特定承継のどちらを選ぶか
用語の整理が終わったところで、経営者にとっての本題へ。自社を誰にどう引き継ぐかによって、選ぶべき承継の型は変わります。
親族内承継・従業員承継での考え方
子や役員に株式を渡す形であれば、会社という器ごと移すことになるため、実質的には包括的な承継です。株価が高いと贈与税・相続税の負担が重くなり、後継者側の資金調達がネックになりやすい。ここは早めに手を打つほど選択肢が広がります。
M&Aの株式譲渡は実質的に包括承継
株式譲渡の仕組みでは、株主が入れ替わるだけで会社は同一のまま。契約も許認可も従業員も、そのまま残ります。合併のように法律上当然に権利義務が移るわけではないものの、個別の移転手続が不要という意味で、包括承継に近い性質を持ちます。
包括的だからこそ調査が重くなる
譲受企業から見れば、見えない債務ごと引き受ける取引。だからこそデューデリジェンスが丁寧になり、表明保証や補償の条項も厚くなります。譲渡オーナー側が事前に労務や税務の論点を潰しておくと、価格の減額交渉を受けにくくなる。実務ではここが手取りを左右します。
事業譲渡なら不要なものを置いていける
不採算部門だけを切り出したい、あるいは特定の資産は手元に残したい。そうしたニーズには特定承継が向きます。判断材料は株式譲渡と事業譲渡の違いに集約されますが、税負担が変わる点は見落とされがち。事業譲渡では会社に法人税、オーナー個人が資金を得るには追加のステップが必要になります。
どちらを選ぶか、現場で確認する5項目
支援現場で最初に潰していく確認項目を挙げます。これを埋めるだけで、包括か個別かの方向性はかなり絞れます。
- 許認可が業務の前提になっているか。承継できない種類の許認可であれば、株式譲渡が有力
- 従業員の人数と平均勤続年数。人数が多いほど個別同意のハードルが上がる
- 簿外債務・偶発債務の心当たり。1つでもあるなら、切り分けを検討する価値あり
- オーナー個人の連帯保証と担保提供の有無。解除の見通しを金融機関と先に握る
- 手元に残したい資産があるか。工場用地や社宅は代表的な論点
後継者がいない会社が第三者承継を選ぶとき
承継人の議論が実務課題になるのは、たいてい後継者が決まっていない会社です。ここは統計にもはっきり表れています。
後継者不在率は50.1%、小規模企業ほど高い
帝国データバンクの調査では、2025年の全国の後継者不在率は50.1%。同社の動向調査によれば中小企業では51.2%、小規模企業では57.3%と、規模が小さいほど対策が進んでいません。後継者不足の解決策を探す経営者が増えている背景がここにあります。
第三者承継では承継の型が価格に響く
親族外承継の進め方を選んだ場合、譲受企業は「何を引き受けるのか」を必ず確認します。包括承継なら未知のリスクの分だけ価格を抑えたい、というのが譲受企業側の本音。逆に論点が整理されている会社は、交渉が速く進みます。
支援現場でよく通る整理の順番
年商10億円前後の製造業でよくいただくご相談は、こんな形です。工場用地は個人所有、借入には社長の連帯保証、赤字の小さな部門が1つ。この場合、赤字部門を先に整理し、不動産の扱いを決め、保証解除の見通しを金融機関と詰めてから、株式譲渡として市場に出す。順番を逆にすると、条件交渉の途中で論点が噴き出して止まります。
税務の観点は最後に足すものではない
包括か個別かの選択は、そのまま譲渡益への課税方法の選択でもあります。株式譲渡なら個人の譲渡所得、事業譲渡なら法人課税と消費税。スキームを決めてから税理士に相談すると、手取りベースで数千万円の差が出た後だった、という話も。事業承継とM&Aの違いを早い段階で押さえておくと、この順序を間違えません。
相談先はどこを選ぶか
中小企業庁は「中小M&Aガイドライン(第3版)」で、支援機関に手数料や提供業務の説明を求めています(中小企業庁・中小M&Aガイドライン)。金融機関、公的支援機関、M&A専門業者と選択肢は複数あり、事業承継の相談先の特徴を比べたうえで決めるのが現実的です。
特定承継人と一般承継人に関するFAQ
用語の解説だけでは埋まらない、実務で聞かれることの多い質問をまとめました。
同じ意味と考えて差し支えありません。法令や書籍によって表記が揺れているだけで、権利義務をまとめて引き継ぐ人という中身は共通です。契約書で定義が置かれている場合は、その定義に従って読みます。
会社は残ります。事業と資産だけが譲受企業へ移り、法人格と譲渡代金は手元に残る形。その後に会社を清算するか、資産管理会社として使い続けるかは、税負担を試算したうえで決めることになります。
株式譲渡なら会社の借入としてそのまま残り、実質的に譲受企業側の負担になります。事業譲渡では、債務を移すのに債権者の承諾が要るため自動では移りません。個人保証を外せるかどうかは、契約条項と金融機関の判断次第です。
原則としてできません。単純承認すれば負債も含めて承継します。ただし相続放棄や限定承認という制度があり、相続の開始を知ってから3か月以内という期限付き。資産と負債の全体像が見えない段階なら、期間の伸長を家庭裁判所に申し立てる選択肢もあります。
特定承継人と一般承継人の違いを事業承継に活かすために
特定承継人は選んで引き継ぐ人、一般承継人は丸ごと引き継ぐ人。相続や合併が一般承継、売買や事業譲渡が特定承継にあたり、M&Aで多く使われる株式譲渡は包括承継に近い性質を持ちます。どちらを選ぶかで手続の量も税負担も変わるため、後継者が決まらないまま時間だけが過ぎている状況でも、打てる手は残っています。
みつきコンサルティングは、税理士法人グループのM&A仲介会社として、中小企業の事業承継と会社売却を数多く支援してきました。承継の型を決める段階から、税務と法務の論点を同時に検討できる体制です。自社に合うのが包括か個別かを整理したい段階でも、お気軽にご相談ください。
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著者

- 事業法人第三部長/M&A担当ディレクター
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宅食事業を共同経営者として立ち上げ、CFOとして従事。みつきコンサルティングでは、会計・法務・労務の知見を活かし、業界を問わず、事業承継型・救済型・カーブアウト・MBO等、様々なニーズに即した多数の支援実績を誇る。M&Aの成約実績多数、M&A仲介・助言の経験年数は10年以上
監修者 神門 剛 代表取締役 / 公認会計士・税理士
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