超高齢化社会を迎える日本にとって介護サービスの市場は拡大傾向にあります。一方で、護業界も他業界と同じく人材不足・人材の高齢化などの課題を抱えており、その解決策として、また事業承継や成長戦略の選択肢として、M&Aが活発化しています。
介護業界の現状
超高齢化社会を迎える日本にとっては、拡大傾向にある市場と言えます。しかしながら、人材不足や介護保険制度の改定など事業運営上、様々な課題を抱えている業界でもあります。事業承継問題の解決のみならず、それらの課題解決策としてもM&Aが活用されています。
市場拡大が予想されている
日本において高齢者と定義される65歳以上の人口が2020年には3,619万人となり、増加しています。2025年には、団塊の世代が後期高齢者(75歳以上)となり、人口の4人に1人後期高齢者といういわゆる超高齢化社会を迎えることになります。これらの人口構成からも介護業界の市場は拡大すると予想されています。
人材不足が起きている
介護業界は、不定期休み・夜勤勤務・力仕事が多いなど重労働環境の割に処遇や待遇が、他業界と比べて恵まれていないことも相まって、人材確保が難しく、離職率も高いことから慢性的に人材不足である業界です。各事業者は、未経験採用、外国人採用など求人の門戸を広げることや、介護ロボットや事務作業のDX化などで生産性を高め、人材不足解消に努めています。
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介護業界のM&A動向
介護業界においても、他業界と同じくM&Aを積極的に活用し、事業課題の解決を図る動きが活発です。一例をご紹介します。
M&Aによる人材確保が活発になっている
施設では配置基準が決まっていることから、最低限の人数確保が必要となります。しかしながら、介護報酬の改定や人件費の高騰を考慮すると余剰員人員を抱えるほどの体力はありません。そこでM&Aを活用し施設ごと人材を確保したり、自社施設近くの事業所を買収することにより、人員交流でお互いに補完し合う体制を整えたりと、人材確保を目的としたM&Aが活発化しております。
海外進出する企業が増えている
日本は、世界でもいち早く高齢化社会に突入したこともあり、介護市場の成熟とともにノウハウや知見を溜めてきました。今後、日本以外の国でも高齢化社会に進み介護のノウハウや知見が必要となる時代が来ると見越し、国内の介護事業者でも海外へ進出するケースが増えております。特に人口の多い中国の介護事業者をM&Aで買収したケースや、事業提携を進めているケースも多く聞きます。
新規参入する企業が増えている
2015年に損害保険業界のSONPOホールディングスが、大手居酒屋チェーンのワタミの子会社である「ワタミの介護」を完全子会社化したことが話題となりましたが、市場拡大が予想される業界ということもあり、主業に次ぐ柱事業構築の業界として新規参入が増えております。この他にも、工務店や不動産会社、鉄道会社など様々な業種からの新規参入の動きがあります。
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介護業界M&Aの特徴
老人ホームやデイサービスなどは定員があり、1拠点での売上の上限が決まる為、売上拡大には拠点を増やす他ありません。しかし、拠点を増やすには場所・スタッフ・利用者の確保や設備の導入など時間と資金が必要となります。拠点拡大をスピーディーに進める為の策として、M&Aが多く活用されます。
また、事業の収入源として大きな割合を持つ介護報酬が3年に一度のペースで改定となることから、その改定内容によってM&Aを検討する企業も多くいます。
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介護業界M&Aのメリット
介護業界においてもM&Aの活用は、譲渡側・譲受側両者にとって大きなメリットがあると 言えます。それぞれどのようなメリットがあるか説明致します。
譲渡側
売り手のメリットです。
介護スタッフの負担軽減
施設系の介護事業所では、1施設の定員数があり収入の上限が必然的に決まってしまいます。よってどの介護事業所でも余剰人員を抱えることは困難です。しかし、近隣にグループ施設があると相互に応援体制を構築できる為、急な欠員による残業時間増加や人員不足による有給不消化などを改善し介護スタッフの負担軽減が見込めます。
スタッフのキャリアアップの機会創出
小規模の介護事業所では、事業所の新設や新しい介護サービスの実施などができない為、スタッフのスキルアップにつながる経験を積む場所が限られます。大手企業の傘下に入るとグループの新事業所ができ幹部ポジションが増加したり、新しい介護サービスを開始し経験値を積む場所ができたりとスタッフのキャリアアップのチャンスも広がります。スタッフのキャリアップは、介護事業所のサービス向上・利用者満足度の向上には欠かせません。
資本効率の向上による収益力強化
介護事業所を立ち上げるには、不動産の取得・設備の購入・従業員の確保など多くの資金と利用者の確保等に多くの時間が必要となります。この資金の回収期間を短くする為には、収益力の強化が必須です。大手傘下に入ることにより現場のIT化や利用者・従業員の獲得ノウハウの活用で生産効率を上げることで、収益力強化が見込まれます。
後継者問題の解決
他業界と同じく介護業界でも後継者不足が、深刻な問題となっております。入居を要する介護事業所では利用者が施設内で生活を営まれている為、廃業することは極めて難しく親族内外での後継者が見つからない場合は、後継者問題解決の為、M&Aを活用し第三者への事業承継を検討する会社が増えています。
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譲受側
買い手のメリットです。
人材の確保
介護業界は、慢性的に人材不足の業界であることから、人材確保はもちろんのこと人材育成も難しい業界です。M&Aで即戦力として活用できる優秀な人材を確保できることは大きなメリットと言えるでしょう。
エリアシェアの獲得
新規エリアの利用者獲得には、事業者の認知度やブランド力により、多くの時間と労力を要します。そのエリアにおける認知度の高い事業者をM&Aにて買収することにより、時間と労力を大きく削減できます。
ノウハウの獲得
外的要因に左右されやすい介護業界は、常に業務の効率化を求められており、蓄積されたノウハウや知見は横展開が可能な為、同業者におけるM&Aにおいても自分たちが持っていないノウハウや知見を獲得できます。また、新規参入業者にとってはスムーズな事業運営を構築する為には必要不可欠です。
許認可の獲得
介護事業は許認可事業の為、事業譲渡スキームで事業を引き継ぐ場合は、譲受側で許認可を取り直す必要があります。株式譲渡スキームであれば、許認可は会社に紐づいている為、許認可の再取得は必要なくスムーズな事業引継ぎが可能です。
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介護業界M&Aの成功ポイント
介護業界におけるM&Aを成功に導くポイントとしては、事業の状態を確認すること、早めに相談先を見つけることが大切となります。
事業の状態を確認する
従業員が定着しないのは、「給与体系なのか職場環境なのか」、利用者の稼働率が悪いのは「募集ルートの問題なのか建物や設備の問題なのか」など事業の状態を把握し課題解決の為に、どのようなリソースを持っている会社とM&Aをするのが良いのかなどのシミュレーションが大切となります。譲受候補先がどこになるかによって、残る従業員や利用者の満足度が大きく変わり、M&Aが成功したか否かの判断に大きく影響するでしょう。
早めに相談先を見つける
高齢者が増え今後も市場自体は大きくなると予想される介護業界ですが、人口減による人材不足や人件費高騰による収益の圧迫など介護事業所ごとに抱える課題は様々です。それらの課題解決策としてM&Aを検討する際に、どんな相手先とM&Aをすれば課題解決につながるかを相談できる先を早めに見つけておくことが重要です。
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介護業界のM&A事例
介護サービスの同業同士でのM&A、異業種とのM&Aそれぞれの事例を紹介します。
介護サービス事業者の間での事例
介護制度の把握や業界人材のマネージメントの知識と経験があることから、同業者同士でのM&Aは、譲渡側が安心して事業(従業員・利用者)を託せる点で、多くのM&Aが実施されています。
広域社会福祉会
ケアサービスは、東京23区を中心としてドミナント戦略で在宅介護事業を展開しており、新規出店のみならず、M&Aにて事業を承継することにより東京23区内の事業基盤の構築と拡大を図っていました。今回の株式会社広域社会福祉会が行う訪問介護事業(東京都江東区)を譲り受けることにより、ケアサービスの既存拠点とのドミナント商圏を構築し、サービスラインナップの拡充を図ることができ、地域の在宅介護事業強化となりました。
ゆうあいホールディングス
ゆうあいホールディングスとソニー・ライフケアは、施設運営や職場環境の向上と安定的かつ継続的な事業運営構築の為、2年ほど提携関係にありました。提携による関係性構築でお互いの方向性が一致したこともあり、M&Aが成立しました。譲渡側は、事業運営の安定化、譲受側は介護事業の拡大とグループリソースの有効活用などのシナジーが見込まれます。
日本エルダリーケアサービス
ソラストは、2030年にグループ売上高1,500億円を目指し、介護事業の拡大を企図。その実現に向けて事業エリアの拡大、エリア内での介護サービスの拡充の為、M&Aを検討。日本エルダリーケアサービスがソラストグループ傘下に入り、ソラストグループ全事業所数は481 事業所から 600 事業所に拡大し事業エリア内の介護サービスの拡充に寄与しました。
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異業種企業が介護サービス事業者に譲渡した事例
介護業界の市場拡大を見込み介護サービス事業者は、事業の多角化を図り顧客へのワンストップサービスの構築に注力する会社が増えております。介護サービスのみならずの周辺事業のM&Aも積極的に行われております。
ケア・フレンド
揚工舎は、介護事業の多角化を推し進めており、施設系サービスに付随する周辺事業の強化を企図。ケア・フレンドを買収することにより既存サービスとの連携とサービスライン及びエリアの拡充が図られました。
プロトメディカルケア
ベネッセホールディングスは、「FY2021-2025コア事業の進化と新領域への挑戦」を策定し、コア事業の1つである介護分野において、深刻な課題となっている人材採用におけるサービス強化を企図。プロトメディカルケアの運営する介護・医療・福祉向け求人サイト運営事業の買収により、サービス強化と経営戦略実現へのスピードアップが見込まれる。
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介護サービス事業者が異業種企業に譲渡した事例
超高齢化社会を迎える日本において、市場拡大が見込まれる介護業界を、次なる柱事業 構築の主戦場とする異業種企業が、M&Aを通じ介護業界に参入することが増えております。
大和ACAヘルスケア
大和証券グループ本社は、証券ビジネスを核とし外部ネットワーク、周辺ビジネスの拡大・強化によるハイブリッド型総合証券グループを目指すことを標ぼう。医療・介護分野においては、社会的に課題の多い分野であり、医療・介護技術の進化など市場拡大が見込まれる為、国内外の病院・介護施設への投資等、ヘルスケア関連分野への本格参入の足掛かりとなりました。
参考:https://www.daiwa-grp.jp/data/attach/2620_140_20181029e.pdf
ツクイホールディングス
ツクイホールディングスは、介護報酬の改定や新型コロナウイルス等の外的要因や業界課題でもある慢性的な人材不足の解決など、介護業界での課題対応及び成長の為、外部の経営資源の活用を企図。資本パートナーの探索の結果、北東アジア専門のPEファンドであるMBKパートナーズグループとの資本業務提携となりました。MBKパートナーズグループとしては、再上場を目指すとのこと。
参考:朝日新聞デジタル
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介護業界M&Aのまとめ
2025年には、4人に1人が後期高齢者になると言われ超高齢化社会を迎える日本においては、今後も介護業界の市場は大きくなると予想されます。一方で人口減少、人件費高騰などによる深刻な人材不足や、施設の建築など初期投資が多くかかり投資回収が難しい業界でもあります。拡大する市場で小規模事業者では伸びていきにくい市場環境であると言えます。
みつきコンサルティングは、税理士法人グループである強みを生かしM&A(第三者への承継)ありきの提案ではなく、事業所内承継、親族内承継など複数の選択肢のメリット・デメリットを比較してご提案最適な事業承継をご提案させて頂いております。また、経営コンサルティング経験者も多く在籍しておりますので、対象企業様の詳細な事業分析を実施した上で成長戦略としてM&Aを活用し、シナジー創出を見込める候補先のご紹介も可能でございます。事業運営の相談先としてご活用頂けますと幸いです。
著者
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人材支援会社にて、海外人材の採用・紹介事業のチームを率いて新規開拓・人材開発に従事。みつきコンサルティングでは、強みを生かし人材会社・日本語学校等の案件を中心に工事業・広告・IT業など多種に渡る案件支援を行う。
監修:みつき税理士法人
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