MAC条項とは?M&A契約解除の具体例と売り手の交渉ポイント

調印は済んだのに、決済前のトラブルひとつで取引が流れたり、値下げを迫られたりしないか。そんな不安を抱える譲渡オーナーに向けて、MAC条項の仕組みと発動のハードル、国内裁判例の結論、会社売却の段階ごとの備えを整理しました。除外事由や数値基準の詰め方がわかり、クロージング直前の減額要求を防ぐ手がかりになります。

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MAC条項とは

最終契約書のドラフトを読み進めると、「MAC」という見慣れない3文字に出くわすことがあります。MAC条項(マック条項)とは、最終契約の締結からクロージングまでの間に対象会社へ「重大な悪影響」が生じた場合に、譲受企業が取引の実行を拒んだり、契約を解除したりできると定めた条項です。英語のMaterial Adverse Changeの頭文字をとった呼び名になります。

締結からクロージングまでの空白期間

M&Aの流れのなかで、MAC条項が意味を持つのは終盤の局面。株式譲渡契約に調印する日と、代金を決済して株式を引き渡すクロージングの日の間には、数週間から数か月が空くことも珍しくありません。この空白期間に会社の価値が大きく傷ついても、当初の条件のまま譲受を強いられないための安全網。それが、譲受企業の求めで置かれるMAC条項です。

中小企業のM&Aでも空白期間は生まれる

中小企業の株式譲渡では、契約締結と決済を同じ日に済ませる例もあります。ただ、主要取引先の同意取得や許認可の手当て、金融機関との個人保証の解除の調整が残っていれば、数週間ほど期間が空くことに。中小企業庁の中小M&Aガイドライン(第3版)も、最終契約からクロージングまでの期間を独立した項目として取り上げています。

MAE条項や不可抗力条項との違い

契約書によっては、MAE条項(Material Adverse Effect条項)や重大な悪影響条項と書かれていることもあります。呼び名が違っても、役割は基本的に同じです。紛らわしいのは不可抗力条項。天災などで義務を果たせなくなった当事者の責任を免除する規定で、対象会社の価値の変化を理由に取引から降りる根拠となるMAC条項とは、守る対象が異なります。

MAC条項が機能する仕組み

MAC条項は、契約書のどこに置かれるかで効き方が変わります。もっとも多いのは、取引を実行する前提となるクロージング条件に組み込む形。ほかに、会社の状態が事実どおりであると約束する表明保証の一項目とする形や、解除事由として定める形もあり、下表にそれぞれの違いを整理しました。

MAC条項を置く場所条文のイメージ条件を満たさない場合の効果
クロージング条件本契約の締結日からクロージング日までに、対象会社の財政状態や経営成績に重大な悪影響を及ぼす事由が生じていないこと譲受企業は代金の支払と株式の譲受を拒める
表明保証基準日以降、対象会社の財政状態に重大な悪影響を及ぼす事実が生じていないこと違反があれば補償請求や解除の根拠になる
解除事由クロージング前に重大な悪影響が生じたときは、譲受企業は本契約を解除できる契約そのものが白紙に戻る

MAC条項の重要ポイントと目的

「天災で会社が傷んだら、契約は自然に白紙に戻るはず」。そう受け止めている経営者は少なくありませんが、実際の仕組みはそれほど単純ではありません。MAC条項は、締結後に起きた想定外の出来事のリスクを、譲受企業と譲渡オーナーのどちらがどこまで負うのかを決める取り決めです。

導入される主な目的

最大の目的は、契約後のリスクを一方に偏らせず、適切に配分することにあります。譲受企業にとっては、天災や大口取引先の倒産といった自社では防ぎようのない事態が起きたときに、取引から離脱するための出口。譲渡オーナーにとっては、些細な出来事を理由に最終契約を白紙にされないよう、発動の条件を厳密に絞っておくべき条項です。

民法の規定だけでは譲受企業を守れない理由

株式譲渡では、工場が被災しても株式そのものは引き渡せます。契約に手当てがなければ、譲受企業は代金の支払を拒みにくいのが原則です。代金のような金銭の支払は、遅れた場合の損害賠償について不可抗力を理由に免れることができないと、民法第419条第3項が定めています。譲受企業が、取引から降りる根拠を契約に書き込もうとするのはこのためです。

対象となる事象の範囲

どのような出来事が、MAC(重大な悪影響)の対象になり得るのでしょうか。一般的な例に加え、中小企業の案件で論点になりやすい事象を下表にまとめました。

事象の分類具体的な事象の例実務上の留意点
外部環境地震や台風などの天災、戦争、テロ、感染症の流行、金融危機業界全体に及ぶものは除外事由とされることが多い
法的要因重要な法改正、事業に欠かせない許認可の取消事業の継続が難しくなる水準かどうかが争点になる
内部要因訴訟などによる多額の偶発債務の発覚、工場での重大事故、大規模なリコール、不祥事表明保証違反の問題と重ねて議論されやすい
事業要因主要取引先の倒産や取引の打切り売上全体に占める割合など、数値の基準が鍵になる
人的要因経営を支える役員や幹部社員の退職、譲渡オーナーの急病社長への依存度が高い会社ほど争点になりやすい

人的要因は見落とされがちな項目です。営業も技術も社長1人に集中している会社では、譲受企業がもっとも神経をとがらせる部分になります。

実務上の発動の難しさ

最終契約書にMAC条項があっても、実際に発動されて契約解除に至る例は多くありません。何をもって「重大」とするかの基準があいまいで、譲受企業が一方的に主張しても譲渡オーナーが納得せず、泥沼の紛争になりやすいからです。そのため現場では、解除を迫るより価格交渉の材料として持ち出される場面のほうが目立ちます。「このままではMACに抵触しかねないので、譲渡価格を見直してほしい」という切り出し方です。

MAC条項の具体例と交渉の視点

同じ一文を読んでも、譲受企業と譲渡オーナーとでは見ている景色がまるで違います。条文の草案づくりは、双方の利害が真正面からぶつかる場面。ここでは、それぞれの狙いと国内の裁判例を確認していきます。

買い手と売り手の交渉スタンスの違い

譲受企業はできるだけ広くリスクを拾いたいと考え、譲渡オーナーはできるだけ解除の余地を狭めたいと考えます。この綱引きは、最終契約の交渉で大きなテーマのひとつ。

買い手が望む定義

譲受企業は、「重大な悪影響」の定義を広く、あいまいにしておきたいと考えます。何かあればすぐに撤退できる余地を残すためです。業界全体に及ぶ出来事であっても、対象会社だけが同業他社より大きな打撃を受けた場合(不均衡な影響)はMACに含めるよう求めるのが典型で、将来の見通しまで定義に入れようとする例も見られます。

売り手が望む定義

譲渡オーナーとしては、譲受企業の都合で安易に契約を破棄されないよう、MACから外す事由(カーブアウト)をできるだけ具体的に列挙するよう求めます。代表的な除外事由は次のとおりです。

  • 日本経済や世界経済の全般的な悪化
  • 業界全体の景気後退
  • 戦争、テロ、天災地変、感染症の流行
  • 法令や税制、会計基準の変更
  • M&Aの公表そのものによる取引先や従業員の動揺
  • 譲受企業の同意を得て行った行為
  • デューデリジェンスで開示済みの事項

業績悪化はMACに当たるかを示した裁判例

国内でMAC条項の解釈が問われた裁判例としてよく知られるのが、東京地方裁判所2010年3月8日判決(判例時報2089号143頁)です。非上場会社の全株式を対象とした株式譲渡で、代金の一部を支払った譲受企業が、のちに契約の解除と代金の返還を求めた事案でした。争われた条項は、基準日以降に財政状態へ悪影響を及ぼす重要な事実が生じていないことを約束する、表明保証の形をとっていました。

裁判所が示した判断

裁判所は、譲受企業が挙げた事情をひとつずつ検討し、いずれも条項の違反には当たらないとして解除の主張を退けました。なかでも実務の参考になるのが、営業利益と不動産価格をめぐる判断です。

営業利益が事業計画を下回った点

譲受企業は、営業損失が事業計画の想定を大きく上回ったことを解除の理由に挙げました。これに対し裁判所は、事業計画の数値はあくまで予測にすぎず、前期と比べて業績が落ち込んだわけでもないとして、重要な事実が生じたとは認めていません。

不動産価格が下落した点

対象会社が持つ土地の評価額の低下も争点でした。裁判所は、社会的な不動産市況の下落という一般的普遍的な事象に伴うものとみて、条項の対象外と判断しています。対象会社に固有の事情でなければMACには当たりにくいという考え方が、ここから読み取れます。

判決から読み取れる教訓

業績が下がった、景気が悪くなったというだけで、MACを理由とする解除が認められるわけではありません。ただし、この事案は個別の条項の解釈が争われたもので、どの契約にも同じ結論が当てはまるとは限りません。代金の一部を払った後に解除を主張された点も見逃せず、譲渡オーナーとしては、解除できる期間をクロージング前に限るなど、条文の段階で争いの芽を摘んでおくのが確実です。

会社売却のフェーズ別に見るMAC条項の実務

最終契約の直前になってMAC条項を初めて読み、慌てて修正を申し入れるケース。支援現場では珍しくない光景です。条文の土台は交渉の早い段階から固まり始めるため、会社売却の工程ごとに押さえどころを確認しておきましょう。

タームシート・基本合意の段階

タームシートや基本合意書を取り交わす段階で、MAC条項を置くかどうか、置くならどこまでを対象にするかという大枠を話題にしておきます。譲受企業側の弁護士が最終契約書を起案した後で押し返すより、早い段階で方向性をそろえたほうが交渉の負担は軽く済むもの。この段階で一言触れておくだけでも、後の展開はかなり変わります。

デューデリジェンスの段階

譲受企業が会社の実態を調べるデューデリジェンスでは、主要取引先の動向や係争中の案件など、気がかりな情報ほど早めに開示しておくのが得策です。開示済みの事項はMACから外すよう求めやすくなり、価格や表明保証の中で処理する道も開けます。隠したまま進め、締結後に明るみに出るのがもっとも危うい展開です。

最終契約書の交渉段階

株式譲渡契約書の交渉では、MACの定義、除外事由、発動したときの効果をセットで詰めます。効果をクロージングの拒否にとどめるのか、損害賠償や補償にまで広げるのかで、譲渡オーナーが背負うリスクは大きく変わるもの。法務面はM&Aに詳しい弁護士の確認も受けておくと安心です。

契約締結からクロージングまでの期間

締結後は、従来どおりの範囲で事業を運営する義務(誓約事項)を負うのが一般的です。大型の設備投資や新たな借入、主要な人事は、譲受企業の同意を得てから。大口取引先から取引縮小の連絡が入るなど、MACに関わりそうな出来事が起きたら、契約で定めた方法ですぐに通知します。黙っていた事実が後から発覚すると、それ自体が不信の火種になりかねません。

クロージング後の段階

クロージングが済めば、クロージング条件としてのMAC条項は役目を終えます。一方、表明保証の形で定めた条項は、表明保証違反の補償を求める根拠として残る点に注意が要ります。締結時に合意した文言が、そのまま事後の負担範囲を左右するということ。

MAC条項の交渉で売り手が押さえる点

どこまで書き込めば、クロージング直前の値下げ要求を防げるのでしょうか。中小企業の売却では、契約期間中に社長が体調を崩したり、大口顧客とのトラブルが起きたりするリスクもゼロではありません。不利な条項のまま進めば、「MACに当たる」と迫られ、不当な減額を求められるおそれもあります。

数値基準で「重大」の線を引く

対策の柱は、「重大な悪影響」を数値で具体化することです。たとえば、売上高や純資産が一定割合以上減った場合に限るといった定め方。比べる基準の時点と、判定に使う数字の作り方もあわせて決めておきます。

判定に使う数字の作り方をそろえる

見落とされやすいのが、月次試算表の扱いです。減価償却費や賞与を期末にまとめて計上している会社では、月ごとの利益が実態以上に振れて見えます。判定に使う決算書や試算表の会計処理を前期とそろえておくだけで、誤った発動の口実はかなり減らせるはず。税理士法人グループの当社では、条文の文言と数字の作り方を一体で確認しています。

MAC条項に頼りすぎないリスク配分

定義を詰めるだけでなく、ほかの条項に役割を分担させると、解除をめぐる争いそのものが起きにくくなります。下表は、価格を精算するクロージング監査や、代金を第三者に預けるエスクローなど、代表的な手段と譲渡オーナーから見た留意点です。

リスク配分の手段仕組み譲渡オーナーから見た留意点
価格調整条項クロージング時点の純資産などをもとに譲渡価格を精算する精算の計算方法と基準時点を事前に固めておく
アーンアウト譲渡後の業績に応じて、対価の一部を後から支払う後払い部分を受け取れないリスクを見込む
エスクロー代金の一部を第三者に一定期間預ける預ける期間と払戻しの条件を明確にする
表明保証保険表明保証違反による損失を保険でまかなう保険料の負担者と補償の範囲を確認する

後払いの比重が大きい条件は慎重に見極める

対価の多くを後払いに回す提案には、慎重さが求められます。中小企業庁は中小M&Aガイドライン(第3版)を踏まえて譲渡側への注意喚起を行っており、同庁の資料では、クロージング時点の譲渡対価を低く示し、一定期間後に相当程度を支払う条件を、特に注意すべきケースとして挙げています。アーンアウトを受け入れるなら、後払い部分の算定方法と支払条件まで書面で確かめておきましょう。

売り手のためのMAC条項チェックリスト

最終契約書のドラフトを受け取ったときに確認したい項目を、支援現場で論点になりやすい順に下表へまとめました。1つでもあいまいな項目があれば、締結前に修正を申し入れる価値があります。

確認項目確認する内容
定義の範囲事業、資産、財政状態、経営成績のどこまでを対象とし、将来の見通しまで含めていないか
除外事由経済全般や業界全体の悪化、法令改正、天災、感染症、M&A公表の影響、開示済み事項が外れているか
不均衡な影響除外の例外を認める場合、比べる同業他社の範囲が明確か
数値基準指標、減少の割合、比較する基準時点、数字の算定方法が決まっているか
判断の主体譲受企業の主観だけで判断できる書き方になっていないか
発動の効果クロージングを拒めるだけか、損害賠償や補償にまで及ぶか
解除の期限解除できるのはクロージング前に限られるか、取引実行の最終期限(ロングストップデート)は妥当か
通知の手続出来事が起きたときの通知方法と期限、通知後の協議の進め方が定まっているか

MAC条項に関するFAQ

最終契約を前にした経営者の方から、よく寄せられる疑問にお答えします。

Q:契約締結と決済を同じ日に行う場合もMAC条項は必要ですか?

同じ日に締結と決済を済ませるなら、クロージング条件としてのMAC条項はほとんど出番がありません。ただ、直近の決算日以降に重大な悪影響が生じていないことを、売り手の表明保証に入れる例はあります。現場では、その基準日をいつに置くかを確認します。

Q:買い手からMAC条項を理由に減額を求められたら、応じるしかありませんか?

その場で応じる必要はありません。現場ではまず、契約上のMACの定義と除外事由に照らして、本当に該当するのかを確かめます。根拠となる数字の開示を求めて協議するのが通常の進め方です。もっとも、交渉が長引けばクロージング自体が遠のくため、落としどころは契約条項と買い手側の事情次第です。

Q:MAC条項で揉めてクロージングが延びたら、個人保証はどうなりますか?

金融機関との保証解除の手続は、クロージングに合わせて進めるのが通例。日程がずれれば、売り手の個人保証が外れる時期もその分だけ遅れます。中小M&Aガイドライン(第3版)も、仲介者やアドバイザーに対し、最終契約で保証の扱いを調整するよう求めています。保証の扱いと期限を契約に明記しておくと安心です。

Q:MAC条項が入っていない契約書なら、売り手にとって安心ですか?

一概にはいえません。表明保証がクロージング日時点でも正しいことを取引実行の条件にしていれば、MAC条項と似た働きをすることがあります。条項の名前ではなく、どの条文が取引から降りる根拠になり得るのかを、契約全体で読み解くことが大切です。

税理士法人を母体とするM&A仲介会社|みつきコンサルティングが選ばれる理由

MAC条項の理解が会社売却の確実性を高める

MAC条項は、最終契約からクロージングまでに生じた重大な悪影響のリスクを配分する条項です。発動のハードルは高いものの減額交渉の材料にされやすく、定義、除外事由、数値基準、解除の期限を具体的に詰めることが欠かせません。初めての売却で、契約書の一文一文に不安を覚えるのは自然なことです。

みつきコンサルティングは、税理士法人グループのM&A仲介会社として、中小企業M&Aの豊富な実績経験をもとに、最終契約の条文確認から交渉まで伴走します。MAC条項の文言や数値基準に迷ったら、締結前の段階でお気軽にご相談ください。

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著者

田原 聖治
田原 聖治事業法人第一部長/M&A担当ディレクター
みずほ銀行にて大手企業から中小企業まで様々なファイナンスを支援。みつきコンサルティングでは、各種メーカーやアパレル企業等の事業計画立案・実行支援に従事。現在は、IT・テクノロジー・人材業界を中心に経営課題を解決。M&Aの成約実績多数、M&A仲介・助言の経験年数は10年以上
監修者 神門 剛 代表取締役 / 公認会計士・税理士

みつきコンサルティングは、中小企業の会社売却・事業承継に特化した譲渡企業様に完全成功報酬制のM&A仲介会社です。売り手と買い手企業の最適なマッチングを、経験豊富なM&Aコンサルタントが初期相談から成約まで一貫してフルサポートします。

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