タームシートは、M&Aの交渉で合意した条件を箇条書きで整理する書面です。法的拘束力はありませんが、基本合意書や最終契約書の土台になります。譲渡オーナーの視点から、作成のタイミング、記載内容、雛形の選び方、条件の食い違いを防ぐために確認しておきたい項目を整理しました。

タームシートとは
交渉のたびに条件を口頭で確認していると、決めたはずの内容が相手と少しずつずれていきます。タームシートは、そのずれを防ぐために合意事項を箇条書きで並べた書面です。M&Aの手順と流れのなかでは基本合意の手前に置かれる整理用のメモに近く、最終的にはM&Aのクロージングで満たすべき条件の土台にもなります。
M&Aにおけるタームシートの位置づけ
タームシートとは、譲渡オーナーと譲受企業が交渉で合意した内容の概略を箇条書きにし、M&Aの基本合意書や最終契約書を作るときの下敷きにする書類。契約書ではないので、作成そのものは義務ではありません。それでも多くの案件で用意されるのは、交渉項目が数十に及び、検討期間も数か月単位に伸びるからです。
記載する内容だけを見れば意向表明書や基本合意書に近いものの、双方が押印して合意を確定させる書面ではありません。この一点が、両者との決定的な違いになります。
投資契約のタームシートとの違い
検索すると、ベンチャー投資の文脈で使われるタームシートも多く出てきます。投資家と起業家が、投資額・株価・優先株の条件・拒否権などを1枚にまとめ、独占交渉権と秘密保持だけに拘束力を持たせて署名する形式。中小企業のM&Aでは署名まで進めず、拘束力を持たせたい条件は基本合意書へ移すのが通例です。雛形を探すときは、この違いを踏まえて選びたいところ。
金融取引でのタームシート
プロジェクト・ファイナンスやエクイティ・ファイナンス、不動産の証券化などでも、契約対象・方式・期間・前提条件を簡潔に並べた資料が同じ名称で使われます。条件交渉の基礎資料という役割は、M&Aの場合とほぼ共通しています。
タームシートの役割と必要性
押印して確定させる書面ではないため、性格としては交渉メモに近いもの。役割は交渉の円滑化に集約されますが、実際の効き方は4つに分かれます。
交渉の円滑化
合意済みの条件を1か所に集めておくと、次に何を詰めるべきかが両社で共通認識になります。前回の議論を思い出すところから始める必要もなく、限られた面談時間を論点そのものに使えます。道筋が見えることで、譲渡オーナー側の心理的な負担も軽くなりやすい。
優先事項の整理
検討事項の多いM&Aでは、重要度の低い論点に時間を取られることがよくあります。項目を並べておけば、価格・スキーム・従業員の処遇といった外せない条件から順に合意形成を進められます。後回しにしてよい論点の切り分けも、同時に進むはず。
記録の整理
M&Aの交渉は半年前後に及ぶことも珍しくありません。合意した時点で随時書き足しておけば、どの条件をいつ、どういう前提で決めたのかを後から確認できます。担当者が交代したときの引き継ぎ資料にもなる一枚。
進捗の確認
合意済みと未合意が並ぶことで、交渉の到達度が一目で分かります。残っている項目が価格なのか、役員の処遇なのか、あるいはクロージングの前提条件なのかによって、次に動かすべき相手も変わってきます。
タームシートの法的拘束力
「タームシートにサインしたら、その価格で売らなければならないのか」という質問をよく受けます。結論から言えば、そうした効力は生じません。
原則として拘束力は生じない
交渉過程のメモという位置づけのため、書かれた金額や条件が法的に相手を縛ることはありません。裏を返せば、拘束力を持たせたい内容をタームシートにだけ書いても効果を持ちません。必要な条件は基本合意書か最終契約書へ確実に落とし込みます。
拘束力を持たせたい条件の扱い
下表は、タームシートによく載る項目と、その拘束力がどこで生まれるのかを整理したものです。
| タームシートの記載項目 | タームシートでの書き方 | 法的拘束力が生じる書面 |
|---|---|---|
| 譲渡価格の目安 | 調査前の暫定額として提示 | 最終契約書 |
| 譲渡スキーム | 株式譲渡か事業譲渡かを明示 | 最終契約書 |
| 想定スケジュール | 基本合意からクロージングまでの節目 | 拘束力を持たせない運用が一般的 |
| デューデリジェンスの範囲 | 対象領域と実施時期、協力の範囲 | 基本合意書 |
| 独占交渉権 | 期間と、破談時の取扱いの考え方 | 基本合意書 |
| 秘密保持 | 開示範囲と情報管理の前提を確認 | 秘密保持契約書 |
特に注意したいのが独占交渉権です。独占交渉権の期間は案件ごとに幅があり、長すぎる設定は譲渡オーナー側の選択肢を狭めます。タームシートに書いて安心せず、基本合意書へ移したうえで期間を交渉してください。
タームシートのメリットとデメリット
使いどころを外さなければ有効なツールですが、万能でもありません。両面を押さえておきます。
タームシートを作成するメリット
下表に、譲渡オーナー側から見た主なメリットをまとめました。
| メリットの項目 | 実務上の効果 |
|---|---|
| 条件の要点が伝わりやすい | 項目ごとに要点だけを箇条書きや表で示すため、契約の骨格が短時間で共有できます。議論が固まっていない段階で分厚い資料を渡すと、相手の理解も意欲も落ちがちです。 |
| 最終段階での決裂を防ぎやすい | 契約書特有の言い回しは、読み手によって解釈が割れます。平易な表現で条件の意図を先に共有しておくと、主要条件の合意が前倒しになり、大詰めでの巻き戻しが減ります。 |
| 社内・関係者との共有が早くなる | 譲渡側に複数の株主がいる場合や、譲受企業側で稟議が必要な場合に効きます。1枚で説明できる状態は、意思決定のスピードにそのまま跳ね返ります。 |
| 契約書作成の費用を抑えやすい | 最終契約書は弁護士に依頼するのが通常。協議内容が整理された状態で渡せるほど、確認作業と修正回数が減り、費用の膨張を抑えられます。 |
タームシートを作成するデメリット
下表の2点は、作成前に押さえておきたい注意点です。
| デメリットの項目 | 注意しておきたい点 |
|---|---|
| 記載項目が確定事項だと誤解される | 並んだ項目のすべてが最終契約に反映されるわけではありません。交渉の結果として削る選択肢もあることを、双方で確認しておきます。 |
| 法的拘束力を持たない | 拘束力を前提とした文言を書き込んでも効力は生じません。守らせたい条件は、基本合意書か最終契約書へ移し替える前提で扱います。 |
M&Aの流れとタームシート
タームシートが登場する位置を、全体の流れのなかで確認しておきます。中小企業のM&Aは、おおむね次の順に進みます。
- ノンネームシートによる初期検討
- 秘密保持契約書の締結
- 企業概要書(IM)の開示と検討
- 譲渡側・譲受側の初期質疑とトップ面談
- タームシートの作成
- 基本合意書の締結
- デューデリジェンスの実施
- 最終条件の交渉
- 最終契約書の締結
- 譲渡手続の実行とクロージング
- PMIの実施
作成するタイミング
基本合意書を締結する前に、それまで交渉してきた内容を一方から相手先へ提示する形が基本です。互いに確認して微調整を加え、固まった内容を基本合意書に反映させていきます。締結後も交渉は続くため、最終契約まで追記を重ねるのが一般的な運用。
誰が作成するのか
譲渡側・譲受側のどちらが作っても構いません。当社の支援現場では、仲介会社が両社の合意事項を書き起こし、双方に確認いただく進め方が最も多くなっています。当事者同士だと「言った・言わない」が残りやすく、第三者が起案するほうが結果的に早い場面が目立ちます。
タームシートのひな形
決まった書式はなく、案件ごとに、また担当するM&Aアドバイザーごとに形は変わります。以下は、デューデリジェンスを終えて最終契約に向けた協議が大詰めを迎えた段階での一例です。

雛形を使うときの注意
ネット上の雛形は、投資契約向けと中小企業のM&A向けが混在しています。項目立てを借りるのは有効ですが、そのまま条件を埋めると自社の実態と合いません。株主構成・借入・許認可のどれか一つでも一般的でない会社ほど、項目の取捨選択が必要になります。
タームシートの書き方
白紙から書き起こす必要はありません。合意事項がある程度たまった段階で作り、交渉の進み具合に合わせて更新していく形が扱いやすいはずです。作成時は次の3点を意識してください。
- 社内報告にも使えるよう、当事者以外が読んでも分かる書き方にする
- 基本合意書に記載する事項を、抜けなく拾っておく
- 解釈の余地が残らないよう、平易な文章で書く
タームシートの記載内容
基本合意書を作るための条件合意メモという性格上、記載項目は基本合意書に準じます。一般的には次のような構成です。
- 取引の概要と目的
- 対象となる会社・事業・資産の範囲
- 譲渡価格、その他費用と負担者
- クロージングまでの想定スケジュール
- デューデリジェンスの範囲と期間
- 法務・経営面での重要事項
- 譲渡側・譲受側それぞれの義務
- 秘密保持に関する事項
- 条件変更が必要になった際の協議方法
最終契約で予定する条項をすべて網羅する必要はないものの、表明保証の条項の方向性まで触れておく例もあります。
M&Aに関する基本事項
譲渡側と譲受側の会社名・所在地、対象となる会社や事業・資産・負債の特定、実施スキームの3点が土台になります。スキームが株式譲渡であれば、その後の株式譲渡契約書の条項構成にそのまま影響します。
譲渡価格と価格の前提
価格欄には現段階の想定額を書きます。拘束力を持たない以上、調査結果によって動く前提の数字です。むしろ大事なのは金額そのものより、何を前提とした金額なのかという注記。純資産の水準や有利子負債の扱いを添えておくと、後のM&Aの価格交渉で議論が空転しません。
スケジュール
基本合意書の締結からデューデリジェンス、最終契約書の締結、クロージングまでの流れを、大まかな時期とセットで記載します。交渉が間延びしないよう、両社の足並みを揃える意味合いが強い項目です。
デューデリジェンスへの協力義務
譲渡金額は、デューデリジェンスの結果を踏まえて最終調整されます。譲受企業は想定外のリスクを避けるために踏み込んだ調査を行い、譲渡側にも資料提出の負担がかかります。協力の範囲と時期を先に書いておくほうが、現場は回りやすい。
独占交渉権の意義
独占交渉権は、特定の譲受候補に対して独占的な交渉の機会を与えるものです。付与後に第三者と交渉すれば、違約金や損害賠償の対象になり得ます。複数の候補を比較している段階なのか、1社に絞る段階なのかを見極めてから書き込みます。
秘密保持義務
交渉の過程では、譲渡側のノウハウや取引条件、譲受企業側の経営戦略まで相互に開示されます。情報が外部へ漏れないよう、管理の前提と漏洩時の取扱いを確認しておく欄です。実際の拘束力は、締結済みの秘密保持契約書から生じます。
有効期限の設定
独占交渉権や秘密保持のように拘束力を持たせる事項は、権利や義務が無期限に続かないよう期限を切るのが通例です。合意条件そのものにも期限を設けておくと、交渉の間延びを抑える働きがあります。
売り手がタームシートで確認したい項目
譲渡オーナーが目を通すときは、見る順番があります。金額から入りたくなりますが、手取りと引き継ぎに関わる項目のほうが後から動かしにくいためです。
確認しておきたい8項目
- 譲渡スキームが株式譲渡か事業譲渡か、明示されているか
- 提示価格が何を前提とした金額か(純資産や有利子負債の扱い)が書かれているか
- 役員退職金を対価と別枠にするかどうかの前提が入っているか
- 経営者保証の解除と、金融機関への打診時期に触れているか
- 社長や役員の引き継ぎ期間、その後の処遇の方向性があるか
- 従業員の雇用について、どこまでを合意事項とするかが明確か
- デューデリジェンスの範囲と資料提出の負担が、現実的な水準か
- 独占交渉権の期間と、破談したときの取扱いが書かれているか
現場でつまずきやすい論点
年商10億円台の製造業のケースでは、タームシートに価格だけを書き、退職金の扱いを空欄のまま基本合意へ進みました。調査後に対価の内訳を詰め直すことになり、最終契約まで2か月ほど余分にかかっています。
譲渡対価を株式の代金と役員退職金の活用に分けるかどうかは、手取りに直結する論点。分ければ譲受企業側の損金と譲渡オーナー側の税負担が同時に動くため、金額を固める前に前提だけでも共有しておくのが実務の判断です。
もう一つが個人保証です。中小企業庁の中小M&Aガイドライン(第3版)では、譲渡側の経営者保証について、解除や譲受企業への移行を確実に実施するための対応が明記されました。経営者保証の解除を一項目として立てておけば、最終契約の直前に金融機関との調整が始まる事態を避けられます。
タームシートに関するFAQ
タームシートについて、譲渡オーナーからよく受ける質問を4つ取り上げます。
中小企業のM&Aでは、押印まで求めない運用が一般的です。現場ではまず、拘束力を持たせたい条件があるかを確認します。あるなら、その条項を基本合意書へ移して締結する形をとります。
どちらが作成しても構いません。仲介会社が交渉窓口になっている場合は、仲介会社が両社の合意事項を書き起こし、双方に確認いただくケースが多くなっています。作成者によって内容の正しさが変わるものでもありません。
項目立ての参考にはなりますが、条件をそのまま流用するのは避けてください。投資契約向けの雛形が混ざっており、優先株や拒否権など中小企業の株式譲渡では使わない項目が並んでいることもあります。
条件が単純で、株主も社長お一人という案件なら省略できます。株主が複数いる、事業の一部だけを切り出す、許認可の引き継ぎがあるといった論点が絡む場合は、作ったほうが結果的に早く進みます。
タームシートの活用と交渉実務のまとめ
タームシートは、合意した条件を1枚に集めて認識のずれを防ぐ書面です。法的拘束力はないものの、基本合意書や最終契約書の精度は、この整理の丁寧さでほぼ決まります。何を書けばよいか分からないまま話が進むと不安になりますが、埋めるべき項目そのものは限られています。
みつきコンサルティングは、税理士法人グループのM&A仲介会社として、中小企業の会社売却を数多く支援してきました。タームシートの作成から最終契約まで、税務と法務の論点をワンストップで確認できる体制です。会社売却をお考えでしたら、条件整理の段階からご相談ください。
完全成功報酬のM&A仲介会社なら、みつきコンサルティングへ >

著者

- 名古屋法人部長/M&A担当ディレクター
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人材支援会社にて、海外人材の採用・紹介事業のチームを率いて新規開拓・人材開発に従事。みつきコンサルティングでは、強みを生かし人材会社・日本語学校等の案件を中心に工事業・広告・IT業など多種に渡る案件支援を行う。M&Aの成約実績多数、M&A仲介・助言の経験年数は10年以上
監修者 神門 剛 代表取締役 / 公認会計士・税理士
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