-まず、売主様が経営者として歩まれてきたご経験について、改めてお聞かせください。
私は創業以来20年以上にわたり、地元に根差したパン製造業を営んできました。創業当初は家族経営の小さな工場からのスタートでしたが、地域の皆様や取引先のご支援を受け、規模を拡大してきました。特に食パン製造には注力してきたこともあり、日配である食パンを地元スーパーのみならず、全国のスーパーに納めさせて頂いておりました。また、経営者方針としては、従業員の雇用と地域への貢献を最優先に考え事業を運営してきました。時には厳しい経営判断も迫られましたが、常に誠実さを忘れずに歩んできたつもりです。パン業界は変化が激しく、原材料費やエネルギーコストの高騰、人手不足など、さまざまな課題に直面してきましたが、現場で汗をかきながら一歩一歩乗り越えてきた経験は、私の財産です。
-業界の動向や将来展望について、どのようにお考えでしたか。
パン業界はここ数年、円安の影響も手伝って原材料費やエネルギーコストの高騰、人手不足といった課題が深刻化しています。特に地方の中小工場(中小企業)では、規模の経済が働きにくく、独資での生き残りが難しくなってきたと感じていました。そのような中、会社として生き残っていくためには、設備投資や納品フローの見直しで事業の効率化を図る必要があると考えていました。しかし、これらの施策には資金や安定的な受注による規模の経済を働かせる必要があり、自社のリソースだけでの実現は難しく大手企業へのグループインも考えなければならないかもと感じておりました。M&Aによる事業承継は、そうした業界構造の変化に対応する現実的な選択肢だと考えていました。
-M&Aを検討されたきっかけを教えてください。
一番の理由は、私自身の年齢の問題です。70歳を超え、体力の限界を感じるようになりました。子供はまだ学生で別分野を志しており、親族内承継は難しい状況でした。社内でも後継者を探しておりましたが見つからず、会社の将来を真剣に考えざるを得ませんでした。従業員や取引先のためにも、安定した経営基盤を残したいという思いが強くなりました。
-M&A仲介会社との出会いについて教えてください。
以前から複数の仲介会社や銀行と接点がありましたが、2024年にみつきコンサルティングの担当者から丁寧なレターをいただき、再度検討することにしました。担当者は資料作成や手取り計算も分かりやすく、私や妻の不安にもきめ細かく対応してくれたことが、決め手になりました。
-みつきコンサルティングの担当者の印象はいかがでしたか。
担当者は、私や家族の気持ちに寄り添いながら、常に誠実に対応してくれました。妻への情報共有も丁寧で、伝えにくい話題も同席のうえでしっかり説明してくれたので、夫婦で納得しながら進めることができました。小さな疑問や不安にもすぐに対応してくださり、信頼感がありました。
-M&Aのスキームや譲渡対価について、どのようなご希望をお持ちでしたか。
事業承継を一番の目的にしておりましたので株式譲スキームを希望しました。希望価額はお伝えしておりましたが、M&Aはお相手あっての話となるため、お相手との交渉の中で落としどころを模索した形になりましたが、概ね希望の譲渡価額で着地できたと思います。
-買手候補の選定や交渉の過程で、印象に残った出来事はありますか。
主要取引先である総合スーパー含め、パン製造会社や菓子製造会社、原料卸会社など20社ほどの候補先にアプローチをして頂きました。それぞれの会社が弊社に興味を持って頂き厳しい事業環境の中でも、他社のリソースと掛け合わせることで将来のイメージが膨らんだことでM&Aという選択肢に希望が持てたと思います。
-トップ面談ではどのようなやり取りがありましたか。
2社のお相手候補先と面談を実施しました。従業員にはまだM&Aを検討していることを説明しておりませんでしたので、工場見学後、場所を社外に移し会社の説明や質疑応答の対応を行いました。今回、グループイン先となったO社は製造部門の役員やグループのパン工場の工場長などが、弊社の工場を入念に見学されました。私たちの工場の規模や人材、ノウハウを高く評価していただき良い印象でトップ面談を終えることができました。トップ面談では、譲渡価額や条件面の交渉ではなくお互いの経営理念や価値観を率直に語り合い、M&A後の会社のイメージを共有することや信頼感を築くことを目的にしたため、お話しやすい面談でした。
-意向表明書の受理にあたり、迷われた点はありましたか。
弊社も長年スーパー向けのパンを製造しており、今回O社のグループに入ると言うことは、弊社のお客様の競合グループになることを意味し後ろ髪を引かれる思いがありました。しかし、O社はM&A後も弊社の取引先との取引を継続するスタンスを崩さないとのご意向を頂戴したこともあり、意向表明を受理することにしました。
-デューデリジェンス(DD)ではどのようなことがありましたか。
財務・税務・労務分野の調査とビジネスにおける質疑応答が主に行われました。特にビジネス分野のDDは、M&A後の具体的な取り組みをイメージした質問が多くO社の本気度を感じることができました。DD終盤に不動産鑑定士による不動産DDを行うことになりました。不動産の評価については、売主と買主の立場によって大きく評価が分かれる部分で実際に不動産DDの結果、大きな価額差が生まれてしまいました。しかし、O社も紳士的且つ柔軟な対応で私どもの意向も加味した評価をしてくださり、私どもも納得のいく価額でご評価頂いたと認識しております。
-条件交渉の際、どのような気持ちの変化がありましたか。
当初の希望価額に届きませんでしたが、近年の業績や市場環境の変化など考えると致し方ない部分もあるなと思っていました。譲渡価額以外の条件(従業員の雇用継続やM&A後の運営方法など)は、すべて整えて頂きましたのでO社へのグループインを決断しました。事業承継を機に取引先に迷惑を掛けないことや従業員の雇用を守ることもM&Aに期待していたことだったので、それが実現できると思いから条件交渉が整った時は安堵した気持ちでありました。
-SPA(株式譲渡契約)交渉で苦労された点はありましたか。
財務・税務関連の話のみならず、労務・法務・不動産関連の事項も契約書に盛り込まれており、クロージング後に契約違反事項が発覚しないかと少し不安になったことを覚えております。しかし、契約書の内容を確認していくと会社として当たり前に順守すべきことが記載されているだけでした。株式譲渡契約書は初めてみる契約書なので、分からないことも多かったですが、みつきコンサルティングの担当者の丁寧なご説明もあって不安がぬぐえました。
-クロージング当日のご心境やエピソードを教えてください。
O社の本社へお伺いしクロージング手続きを無事に終えることができました。役員退職慰労金や役員借入金の支払いもO社が事前に段取りをして頂いていたこともありスムーズに進みました。クロージングの瞬間は、長年の重荷が下りたような開放感と、会社を手放す寂しさが入り混じった複雑な心境でした。
-従業員への説明やPMI(統合プロセス)はどのように進められましたか。
幹部には事前に私から説明していたので、O社から派遣される新社長や役員、PMI担当の方々のご紹介もスムーズにできました。従業員もO社のことを知らない人はいなかったので大きな混乱もなく、PMIも前向きに協力して進めていく雰囲気になったと思います。また、O社もPMI担当者を始め、本社の事務方や店舗の調達の方など多くの人に関わって頂き、社内に新しい風が入ってきて良い方向に向かっていると実感できております。
-M&A後の協業やシナジーについて、どのような期待をお持ちですか。
O社からの受注を増やし、安定的な売上の確保が見込めることや、O社の店舗から寄せられるエンドユーザーの声を反映した自社商品開発などに可能になると思います。安定的な受注やヒット商品の開発により、効率的且つ収益性の高い事業運営体制に移行していけるのではと期待しております。
-M&Aを通じて、会社や従業員、取引先に対してどのような思いがありますか。
会社や従業員、取引先の皆様には長年支えていただき感謝しています。従業員としてはO社のグループ傘下に入ることで、多少の環境の変化があるかも知れませんが、安心して働いてもらえる環境になったと思いますので引き続き頑張って欲しいですね。取引先についても、今までご要望にお応えできなかったことも実現できる可能性が広がったと思いますので、今後も末永いお付き合いをお願いしたいと思っております。
-最後に、今回のM&Aを通じて感じたことや、今後の展望についてお聞かせください。
もっと早くM&Aの検討を始めておけばよかったと思います。事業承継問題は急にくる訳ではなく、将来的に課題として予想できます。課題解決には事前準備が重要であると思いました。事業環境が悪くなったから、業績が悪くなったから、自分が引退の時期を迎えたからということがきっかけで検討し始めると、現在と未来のことを並行し進める必要があるため、本当に大変です。事業承継の選択肢としてM&Aも見据えていらっしゃるなら、早めの検討をお勧めします。M&A後、私も顧問として残っており、微力ながらお手伝いをさせて頂いております。体が元気なうちは、会社に貢献したいと考えております。