事業売却とは、会社が持つ特定の事業を第三者に譲り渡す経営戦略の一つです。本記事では、事業売却の目的やメリット・デメリット、会社売却との違い、具体的な手続の流れ、税金や会計処理、事業価値の評価方法まで、中小企業の経営者が知っておくべき点を分かりやすく網羅的に解説します。
「うちの会社でも売却できるだろうか…」、「何から始めればいいんだろう…」
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事業売却とは
事業売却とは、会社が営んでいる複数の事業のうち、特定の事業だけを切り出して第三者に譲渡(売却)するM&Aの手法です。会社全体を売却する「会社売却」とは異なり、譲渡する事業の範囲を柔軟に選べる点が大きな特徴です。

たとえば、ある製造業の会社が収益性の低い工場だけを売却し、残った会社と成長事業はそのまま手元に残す、といった選択ができます。事業売却は、単に事業から撤退するための後ろ向きな選択肢だけではありません。むしろ、会社の将来を見据えた、極めて戦略的な経営判断なのです。
譲渡の対象には、工場や設備といった物理的な資産だけでなく、在庫、技術、ノウハウ、ブランド、顧客との取引関係など、形のない価値(営業権)も含まれます。何をどこまで譲渡するのかは、譲渡企業と譲受企業の間の契約によって細かく定められます。
事業売却の目的とは?経営課題を解決する4つの理由
企業が事業売却という決断に至る背景には、さまざまな目的や理由が存在します。ここでは、主な4つの目的について解説します。
経営資源を集中するため
最も一般的な目的が、選択と集中による経営の効率化です。会社全体の成長のために、収益性が低い事業や、将来の成長が見込めない「ノンコア事業」を売却します。これにより得られた資金や人材といった貴重な経営資源を、会社の主力である「コア事業」に再投資し、企業全体の競争力を高めるのです。
後継者問題を解決するため
中小企業において、後継者が見つからないという問題は深刻です。経営者が高齢になっても、親族や社内に適任者がいない場合、事業売却は有効な解決策となり得ます。第三者に事業を承継してもらうことで、長年培ってきた技術やブランドを守り、従業員の雇用や取引先との関係を維持しながら、事業を未来へつなぐことができます。
業界再編や競争環境へ対応するため
市場の変化や技術革新により、業界の再編が進んだり、競争が激化したりすることがあります。このような厳しい環境下で、単独で事業を続けていくことが困難になるケースも少なくありません。その際、より規模の大きな企業や、相乗効果が見込める企業に事業を売却することで、生き残りを図るという戦略的な判断がなされます。
資金調達や財務を改善するため
事業売却によって得られる対価は、新たな成長分野への投資資金や、借入金の返済に充てることができます。これにより、会社の財務体質が改善され、経営の安定化につながります。重要度の低い事業を現金化することで、会社全体の健全性を高めるという、大企業でも積極的に活用される目的です。
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事業売却と他のM&Aスキームとの違い
事業売却はM&Aの一つの手法ですが、他にも似たような言葉があり、混同されやすいのが実情です。ここでは、それぞれの言葉の意味と違いを明確にしておきましょう。
事業売却とM&Aの違い
M&A(Mergers and Acquisitions)は、企業の合併や譲受全般を指す非常に広い概念です。M&Aという大きな枠組みの中に、事業売却(事業譲渡)、会社売却(株式譲渡)、会社分割、合併といった、さまざまな具体的な手法が含まれています。
つまり、事業売却はM&Aを実現するための選択肢の一つ、という関係性になります。M&Aが「企業の移転」という目的そのものを指すのに対し、事業売却はその目的を達成するための「手段」の一つと考えると分かりやすいでしょう。
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事業売却と会社売却(株式譲渡)の違い
これは非常に重要な違いです。事業売却が「事業」という資産の集合体を売るのに対し、会社売却は「会社の株式」を売ることで、会社そのものの経営権を譲渡します。
事業売却では、会社は手元に残り、法人格も継続します。しかし、会社売却(株式譲渡)では、会社のオーナーが変わるため、資産や負債、契約関係、許認可、従業員など、すべてが新しい株主(譲受企業)に引き継がれます。手続の簡便さでは会社売却に分がありますが、一部の事業だけを手放したい場合には事業売却が選択されます。
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事業売却と事業譲渡の違い
「事業売却」と「事業譲渡」は、実務上ほとんど同じ意味で使われることが多く、明確な法的な区別はありません。どちらも、会社の一部の事業を第三者に譲り渡す行為を指します。
ただし、事業譲渡は会社法に定められた手続の名称であり、より法律的なニュアンスが強い言葉です。一方で事業売却は、経営戦略上の行為を指す、より一般的な言葉として使われる傾向があります。本記事では、これらの言葉をほぼ同義として扱います。
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事業売却で用いられる主なスキーム
事業を売却する、と一言でいっても、その方法にはいくつかの種類があります。ここでは、M&Aの代表的な2つのスキーム、「事業譲渡」と「株式譲渡」について、その仕組みと特徴を解説します。
事業譲渡
事業譲渡は、会社が営む特定の事業に関連する資産や負債、権利義務などを選別し、個別に譲渡する方法です。譲渡企業は、売りたい事業だけを切り離して売却できるため、ノンコア事業の整理や経営資源の集中といった目的を達成するのに適しています。
ただし、資産や契約を一つずつ移転させる必要があるため、手続が煩雑になりがちです。また、従業員の雇用契約も、譲渡企業との契約を一旦終了し、譲受企業と新たに締結し直すのが原則となります。柔軟性が高い反面、相応の準備と調整が必要なスキームです。
株式譲渡
株式譲渡は、会社のオーナー(株主)が保有する株式を譲渡することで、会社そのものの経営権を移転する方法です。この場合、会社の法人格はそのまま維持され、事業、資産、負債、契約、従業員といったすべての要素が包括的に譲受企業に引き継がれます。
事業譲渡に比べて手続が簡便で、許認可の再取得が不要なケースが多いのが特徴です。ただし、譲受企業は会社を丸ごと引き受けることになるため、帳簿には現れない潜在的なリスク(簿外債務など)も背負うことになります。会社全体を譲渡したい場合に適した手法です。
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事業売却のメリットを徹底解説
事業売却は、譲渡する側(売り手)と譲り受ける側(買い手)の双方にとって、多くのメリットをもたらす可能性があります。それぞれの立場から見た利点を見ていきましょう。
譲渡企業(売り手)側のメリット
譲渡企業にとって最大のメリットは、不要な事業や不採算事業を現金化できる点です。これにより得た資金で借入金を返済して財務を健全化したり、成長が見込める主力事業に経営資源を集中投下したりできます。
また、後継者不在の問題を抱える企業にとっては、事業と従業員の雇用を守りながら、第三者に経営を引き継いでもらえるという大きな利点があります。会社そのものは手元に残るため、経営者としての立場を維持しながら、事業ポートフォリオの最適化を図れるのも魅力です。
譲受企業(買い手)側のメリット
譲受企業は、事業売却を利用することで、新規事業をゼロから立ち上げる時間とコスト、そしてリスクを大幅に削減できます。すでに市場で機能している事業を、顧客基盤やノウハウ、人材ごと手に入れることができるため、スピーディーな事業拡大が可能です。
また、必要な事業や資産だけを選んで譲り受けられるため、不要な負債や偶発的なリスク(簿外債務など)を引き継いでしまう危険性を低く抑えられます。競合他社の事業を譲り受けることで、市場シェアを一気に拡大するといった戦略も実現できます。
事業売却のデメリットと注意点
メリットの裏には、必ずデメリットも存在します。事前にリスクを把握し、対策を講じることが、事業売却を成功させるための鍵となります。
譲渡企業(売り手)側のデメリット
譲渡企業側のデメリットとしてまず挙げられるのが、手続の煩雑さです。資産や負債、契約などを一つひとつ個別に移転させる必要があるため、会社売却(株式譲渡)に比べて手間と時間がかかります。
また、譲渡する資産の種類によっては、譲渡益に対して高額な法人税が課される可能性があります。さらに、事業に関する機密情報が交渉過程で外部に漏洩するリスクや、事業売却の噂が広まることで従業員や取引先に不安を与えてしまう可能性も考慮しなければなりません。
譲受企業(買い手)側のデメリット
譲受企業にとっての大きな負担は、各種手続の煩雑さです。特に、事業に必要な許認可は、原則として譲受企業が新たに取得し直さなければなりません。
また、取引先との契約や、従業員との雇用契約も、個別に同意を得て再度結び直す必要があります。この過程で、重要な取引先やキーパーソンとなる従業員が離れてしまう「人材流出リスク」は、事業の価値を大きく損なう可能性があるため、細心の注意が必要です。
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事業売却で従業員の雇用はどうなるのか
事業売却を進める上で、経営者が最も心を痛めるのが、従業員の処遇ではないでしょうか。彼らの人生に大きな影響を与える問題だからこそ、慎重な対応が求められます。
雇用契約の基本的な考え方
事業譲渡(事業売却)のスキームを用いた場合、法律上、従業員との雇用契約は譲受企業に自動的には引き継がれません。原則として、譲渡企業との雇用契約を一度合意の上で終了(退職)し、譲受企業と新たに雇用契約を締結し直すという流れになります。
多くのケースでは、事業の継続を目的としているため、従業員の再雇用が前提で話が進められますが、この「転籍」には従業員本人の個別の同意が不可欠です。
従業員への影響と配慮すべき点
従業員にとっては、勤務先や労働条件(給与、勤務地、福利厚生など)が変わる可能性があり、大きな不安を感じるのが当然です。そのため、経営者は従業員に対して、なぜ事業売却を行うのか、今後の処遇はどうなるのかを丁寧に説明し、理解を求める責任があります。
また、退職金の精算や有給休暇の扱いをどうするのかといった実務的な問題も生じます。これらの負担を譲渡企業と譲受企業のどちらが担うのか、契約段階で明確に定めておくことが、後のトラブルを防ぐ上で極めて重要です。
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事業売却の流れ
事業売却は、思い立ってすぐにできるものではありません。検討開始から最終的な引渡しまで、複数のステップを慎重に踏んでいく必要があります。
事業売却の具体的な手続
ここでは、一般的な8つのステップを解説します。
ステップ1:売却の検討・決定
すべては、ここから始まります。なぜ事業を売却するのか、その目的を明確にし、どの事業を、いつ頃、どのような条件で売却したいのか、経営陣で十分に議論します。この段階で方針がぶれていると、その後の交渉や手続で迷走することになりかねません。
ステップ2:売却内容の整理
次に、売却対象となる事業の具体的な内容を整理します。譲渡する資産(土地、建物、機械、在庫など)や負債、引き継ぐ契約、対象となる従業員などをリストアップし、譲渡範囲を明確化します。この整理が曖昧だと、後の交渉でトラブルの原因となります。
ステップ3:売却先の選定・交渉
M&A仲介会社などの専門家の協力も得ながら、譲受企業となってくれる候補先を探し、アプローチします。候補先の事業内容や資金力、将来性などを考慮し、最も良い相手と交渉を開始します。価格だけでなく、従業員の雇用条件など、多角的な視点で交渉を進めることが重要です。
ステップ4:基本合意の締結
交渉がある程度進み、双方の基本的な条件が固まった段階で、「基本合意書(MOU)」を締結します。ここには、譲渡価格の目安、対象範囲、今後のスケジュール、独占交渉権の有無などが記載されます。最終契約ではありませんが、その後の交渉の土台となる重要な文書です。
ステップ5:デューデリジェンスの実施
基本合意後、譲受企業側が、譲渡対象事業の価値やリスクを詳細に調査する「デューデリジェンス」を行います。財務、法務、税務、人事など、さまざまな側面から専門家が調査に入ります。譲渡企業は、求められた資料を誠実に開示し、質問に協力する姿勢が求められます。
ステップ6:社内での承認手続
デューデリジェンスを経て最終的な条件が固まったら、契約締結の前に、社内で法的に必要な承認を得ます。通常は取締役会での決議が必要ですが、譲渡する事業の規模が大きい場合(総資産の5分の1を超えるなど)は、株主総会での特別決議が必要となります。
ステップ7:最終契約の締結と事業の移転
社内承認が完了したら、いよいよ「事業譲渡契約書」を締結します。契約書には、最終的な譲渡価格や支払方法、移転する資産・負債の詳細、表明保証など、あらゆる条件が網羅的に記載されます。契約締結後、定められた期日に資産や権利の移転を実行し、事業の引渡しが完了します。
ステップ8:関係者への通知や届出
事業売却が完了した後も、やるべきことは残っています。従業員や取引先への正式な通知、そして必要に応じて官公庁への届出などを行います。特に許認可が必要な事業の場合は、行政への変更届出を怠ると事業が継続できなくなるため、注意が必要です。
事業価値はどのように決まるのか?
事業売却において、価格は最も重要な交渉要素の一つです。その事業が一体いくらの価値を持つのかを客観的に評価するために、いくつかの専門的な算定方法が用いられます。
4つの算定方法
ここでは代表てな4つのバリュエーション方法を紹介します。
マルチプル法
M&Aの実務で最も広く使われる評価方法の一つです。対象事業と類似する上場企業や、過去のM&A取引事例を参考に、特定の財務指標(例:EBITDA)に対して何倍の価値があるか(倍率=マルチプル)を算出し、事業価値を評価します。市場の相場観を反映しやすいのが特徴ですが、比較対象の選び方で評価額が変動します。
時価純資産法
対象事業が保有する資産と負債を、帳簿上の価格ではなく、現在の市場価値(時価)で評価し直し、「時価純資産」を算出する方法です。考え方がシンプルで分かりやすいのが利点ですが、将来の収益力やブランド価値といった、帳簿に現れない無形の価値が評価に反映されにくいという側面があります。
年買法(年倍法)
主に中小企業のM&Aで用いられる簡便な評価方法です。対象事業が将来生み出すと期待される利益(営業利益など)の数年分(通常3~5年程度)を事業の価値とみなします。たとえば、年間の利益が2,000万円で、3年分を評価するなら事業価値は6,000万円、といった具合です。シンプルですが、評価の根拠がやや主観的になりやすい点に注意が必要です。
DCF法
DCF(Discounted Cash Flow)法は、事業が将来にわたって生み出すと予測されるキャッシュフローを、現在価値に割り引いて合計することで事業価値を算出する、最も理論的な評価方法です。将来の成長性を評価に織り込めるため、スタートアップ企業の評価などにも使われます。ただし、将来の事業計画の精度が評価額を大きく左右するため、緻密な予測が求められます。
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高く評価される事業の3つの特徴
せっかく大切に育ててきた事業を売却するなら、少しでも高く評価してもらいたいと思うのは当然です。譲受企業から見て「魅力的だ」と感じる事業には、いくつかの共通点があります。
高い利益率
単に売上が大きいだけでなく、しっかりと利益を出せている事業は高く評価されます。利益率が高いということは、価格競争力が強く、事業構造が効率的であることの証です。譲受企業にとっては、投資した資金を早期に回収できる可能性が高いと判断され、魅力的に映ります。
高い独自性
他社が簡単に真似できない独自の技術、特許、強力なブランド、特殊なノウハウなどを持つ事業は、競争優位性が高いと評価されます。これらの無形の資産は、市場での差別化を可能にし、安定した収益を生み出す源泉となります。この「独自性」こそが、譲受企業がお金を払ってでも手に入れたい価値なのです。
整理された財務状況
月次決算がきちんと行われ、契約書や許認可などの重要書類が整理・保管されているなど、管理体制がしっかりしている事業は、譲受企業に安心感を与えます。財務状況がクリーンで透明性が高いと、デューデリジェンスがスムーズに進み、取引後の予期せぬトラブルのリスクが低いと判断されるため、結果として高い評価につながります。
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事業売却にかかる税金の知識
事業売却には、税金の問題が必ずついて回ります。思わぬ税負担で手取り額が大きく減ってしまわないよう、事前に基本的な知識を身につけておきましょう。
譲渡企業(売り手)側にかかる税金
譲渡企業には、事業を売却して得た利益(譲渡益)に対して「法人税」などが課されます。譲渡益は、売却価格から、譲渡した資産の簿価を差し引いて計算されます。
また、見落としがちですが重要なのが「消費税」です。土地を除く有形固定資産や営業権などの譲渡は消費税の課税対象となるため、譲受企業から預かった消費税を国に納付する必要があります。
譲受企業(買い手)側にかかる税金
譲受企業は、譲渡企業に支払う代金に加えて、いくつかの税金を負担する必要があります。まず、譲渡企業と同様に、課税資産の取得に対して「消費税」がかかります。これは仕入税額控除の対象となりますが、一時的な資金負担は発生します。
さらに、譲り受けた資産に不動産が含まれる場合は「不動産取得税」や、所有権移転登記のための「登録免許税」が課されます。これらの税金もコストとして予算に組み込んでおく必要があります。
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事業売却における会計処理の基本
事業売却が成立すると、譲渡企業と譲受企業の双方で、複雑な会計処理が必要になります。ここでは、その基本的な考え方を解説します。
譲渡企業(売り手)側の会計処理
譲渡企業は、売却した事業に関連する資産や負債を、自社の貸借対照表から簿価(帳簿上の価格)で消去する処理を行います。そして、実際に受け取った売却代金との差額を「事業譲渡益」または「事業譲渡損」として損益計算書に計上します。
譲受企業(買い手)側の会計処理
一方、譲受企業は、譲り受けた資産や負債を時価(現在の市場価値)で自社の貸借対照表に計上します。このとき、実際に支払った売却価格と、受け入れた資産・負債の時価純額との間に差額が生じることがあります。
支払った価格が時価純額を上回る場合、その差額はブランド力や技術力といった目に見えない価値とみなされ、「のれん」という資産として計上されます。逆に下回る場合は「負ののれん」として、原則として利益として処理されます。
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事業譲渡契約書の主な記載項目
事業譲渡契約書は、当事者間の権利と義務を定め、将来の紛争を防ぐための最も重要な文書です。記載される内容は多岐にわたりますが、主に以下のような項目が含まれます。
- 譲渡の対象となる事業の明確な定義
- 譲渡する資産および引き継ぐ負債の具体的なリスト
- 譲渡価格、支払方法、支払時期
- 従業員の引継ぎに関する条項
- 譲渡日までの事業運営に関する義務(善管注意義務)
- 譲渡企業が譲受企業に対して、事業内容が真実であることを保証する「表明保証」
- 譲渡後、一定期間、同一地域で同一事業を行わないことを約束する「競業避止義務」
- 契約違反があった場合の損害賠償
- 秘密保持、契約解除の条件、合意管轄など
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事業売却を成功に導くための注意点
事業売却という大きな決断を成功させるためには、いくつか押さえておくべき重要なポイントがあります。これらを事前に準備しておくことで、手続を円滑に進め、より良い条件での売却を実現しやすくなります。
売却の目的を明確にする
なぜ売却するのか、その目的をはっきりとさせることが全ての出発点です。資金調達が最優先なのか、従業員の雇用維持を重視するのか、目的によって交渉の優先順位や判断基準が変わってきます。目的が明確であれば、交渉の軸がぶれず、一貫した意思決定が可能になります。
事業価値を客観的に確認する
自社の事業の価値を、思い込みではなく客観的な根拠に基づいて把握しておくことが不可欠です。専門家に依頼して事業価値評価(バリュエーション)を行い、適正な価格水準を理解しておくことで、交渉を有利に進めることができます。安売りしてしまうリスクを防ぐための、いわば「お守り」のようなものです。
情報漏えいを防ぐ準備を行う
事業売却の交渉過程では、会社の財務情報や顧客リストといった機密情報を開示する必要があります。情報が外部に漏れると、取引に悪影響が出たり、従業員が動揺したりする恐れがあります。交渉相手とは必ず秘密保持契約(NDA)を締結し、社内の情報管理も徹底することが重要です。
早めに専門家へ相談する
事業売却は、法務、税務、会計など、高度な専門知識が複雑に絡み合う取引です。経営者一人の判断で進めるのは非常にリスクが高いと言わざるを得ません。M&Aアドバイザーや公認会計士、弁護士といった専門家に早い段階から相談し、伴走してもらうことが、成功への一番の近道です。
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よくあるご質問|事業売却に関するFAQ
事業売却は、企業の成長戦略において重要な選択肢の一つです。ここでは、中小企業のオーナー経営者様や譲受企業のM&Aご担当者様が抱える、事業売却に関する疑問点について、M&Aの専門家が分かりやすく解説します。
Q:事業売却とは具体的にどのような手続きですか?
事業売却は、会社が特定の事業部門や一部または全部の資産を第三者に譲受するM&Aの手法です。これには、有形資産だけでなく、技術、仕入れ先、販売先、ノウハウといった無形資産も含まれます。事業売却は「事業譲渡」と同義であり、不採算部門の整理や経営資源の集中を通じて、会社の収益性向上や経営戦略の最適化を目指す目的で行われます。
Q:事業売却と会社売却(株式譲渡)にはどのような違いがありますか?
事業売却は、会社の事業の一部または全部を個別に譲渡する手法で、会社の経営権は譲渡オーナーに保持されます。対価は法人に支払われ、課税対象の資産には消費税がかかります。一方、会社売却(株式譲渡)は、会社の株式を譲渡することで企業全体を売却し、経営権が譲受企業に移管されます。対価は株主である個人または法人に支払われ、消費税はかかりません。事業売却では必要な資産やリスクを選別して譲渡できる点が特徴です。
Q:事業売却を行う際のメリットは何ですか?
譲渡オーナーにとっては、赤字事業やノンコア事業のみを売却し、得られた資金を成長事業や主力事業に集中させることで、会社全体の収益性を向上できる点が大きなメリットです。また、事業価値を基に売却対価を得られるため、新たな投資や負債の返済に充てることが可能です。譲受企業側から見ると、必要な資産や負債だけを選んで取得できるため、不要なコストを抑え、簿外負債などの潜在的リスクを排除できる利点があります。
Q:事業売却における主なデメリットや留意点は何ですか?
譲渡オーナー側には、従業員の労働契約や取引先との契約など、個別の契約承継の手続が必要で、時間と労力がかかる点が挙げられます。また、税金や財務処理の負担、そして競業避止義務(合意がない限り20年間)が発生する可能性もあります。譲受企業側としては、譲渡対象に課税資産が含まれる場合、消費税の負担が生じることや、事業継続に必要な許認可を新たに取得しなければならない点が留意点となります。
Q:事業売却の価格はどのように決まりますか?
事業売却の価格は、主に「時価純資産プラス営業権法」「EBITDAマルチプル法」「DCF法」の3つの評価手法を用いて算出されます。時価純資産プラス営業権法は中小企業でよく使われ、時価純資産にのれん(実質利益の2~5倍)を加算します。EBITDAマルチプル法は類似上場企業の指標を参考に、DCF法は将来のフリーキャッシュフローを現在価値に換算して算出します。価格相場は業種だけでなく、地域、取引先、財務状況、売上規模、そして経営者や従業員といった人財も重要な要素となります。
Q:事業売却にかかる税金について教えてください。
事業売却では、譲渡オーナーと譲受企業の双方に税金が発生します。譲渡オーナー(法人)には、売却によって生じた譲渡利益に対して法人税が課されます。譲渡利益は、売却価額から譲渡した事業の帳簿価額を差し引いて算出されます。一方、譲受企業には、譲受した資産のうち有形固定資産や棚卸資産などの課税対象資産に対して消費税が課されます。不動産の売却が伴う場合は、不動産取得税や登録免許税も必要となることがあります。
Q:事業売却の一般的な手続の流れを教えてください。
まず、売却対象となる事業を決定します。次に、譲受企業を探すフェーズに入り、M&A仲介会社などを利用することが一般的です。譲受企業候補が見つかると、売却方法や価格などの基本条件について基本合意を締結します。その後、譲受企業による法務、税務、財務などのデューデリジェンス(買収監査)が行われ、最終的な事業譲渡契約を締結します。最後に、個々の資産や雇用関係の移転手続、および各所への許認可の届出や再取得を行って完了します。
Q:事業売却にかかる期間はどのくらいですか。
ケースバイケースですが、一般的には検討を開始してから最終的な契約締結まで、6ヶ月から1年程度かかることが多いです。譲受企業の選定や交渉、デューデリジェンスに時間がかかるためです。条件がシンプルで、譲受企業がすぐに見つかるようなケースでは、数ヶ月で完了することもありますが、余裕を持ったスケジュールで進めることが望ましいです。
Q:売却後も元オーナーは事業に関われますか。
はい、可能です。むしろ、事業の円滑な引継ぎのために、譲受企業から一定期間、元オーナーに顧問やアドバイザーとして残ってほしいと依頼されるケースは少なくありません。これを「キーマン条項」などと呼びます。その場合、関わる期間や役割、報酬などを契約で明確に定めておきます。ただし、同時に「競業避止義務」が課され、退任後に同じような事業を自分で始めることが制限されるのが一般的です。
事業売却のまとめ
事業売却は、経営資源の集中や後継者問題の解決など、中小企業が抱えるさまざまな経営課題を解決するための、非常に有効で戦略的な選択肢です。しかし、その手続は複雑で、税務や法務など多くの専門知識が求められます。成功のためには、目的の明確化、客観的な事業価値の把握、そして信頼できる専門家との連携が不可欠です。本記事が、皆様の重要な経営判断の一助となれば幸いです。
当社は、みつき税理士法人グループのM&A仲介会社として15年以上の業歴があり、中小企業M&Aに特化した実績経験が豊富なM&Aアドバイザー・公認会計士・税理士が多く在籍しております。M&Aをご検討の際は、みつきコンサルティングにご相談ください。
著者

- 事業法人第三部長/M&A担当ディレクター
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宅食事業を共同経営者として立ち上げ、CFOとして従事。みつきコンサルティングでは、会計・法務・労務の知見を活かし、業界を問わず、事業承継型・救済型・カーブアウト・MBO等、様々なニーズに即した多数の支援実績を誇る。M&Aの成約実績多数、M&A仲介・助言の経験年数は10年以上
監修:みつき税理士法人
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