株式の売買だけなら法務局への申請は要りません。ただ会社売却では役員交代などで結局は変更登記が生じます。中小企業のオーナー経営者に向けて、何の登記がいつ・いくらで必要になるのか、クロージング後の段取りまで実務目線で整理しました。初めての譲渡で抱える不安を、ひとつずつ解きほぐします。
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株式譲渡そのものに登記申請や定款変更は要らない
結論から言うと、株式を売り買いしただけでは法務局に出向く必要はありません。ただ、会社売却の現場ではこの「不要」が一人歩きし、思わぬ抜け漏れを生みます。何が要らず、何が要るのかを順に整理します。
株主が代わっても登記事項は動かない
株式譲渡は、株主名簿上の名義が入れ替わるだけの取引です。会社の商号や本店、資本金、役員といった登記事項そのものは変わりません。だから法人登記の申請は生じない、というのが原則です。経営権そのものが動く中小企業の株式譲渡の仕組みを押さえると、登記との関係も整理しやすくなります。
定款変更が要るのは別の事由が重なったとき
定款は会社のルールブックにあたります。株主が入れ替わっても、ルールブックの中身までは変わりません。よって株式譲渡だけなら定款変更も不要です。変更が要るのは、譲渡を機に発行可能株式総数や役員構成、商号などを見直す場合に限られます。どのタイミングで何を決議するかは株式譲渡の手続の全体フローに沿うと迷いません。
会社売却(M&A)では結局のところ変更登記が必要になる
ここからが本題です。「株式譲渡に登記は不要」は正しいのですが、第三者への会社売却では話が変わります。譲渡を境に経営体制が動くため、付随する変更登記がほぼ必ず生じます。

役員変更登記はほぼ必ず発生する
譲受企業は、買った会社に自社の役員を送り込みます。前オーナーや旧経営陣が退任し、新しい取締役が就任する。この役員の入れ替わりは登記事項なので、変更登記が要ります。現場で見る限り、株式譲渡型のM&Aで役員変更登記が一切ないケースはまれです。退任する側の処遇はM&A後の役員の待遇と退職金で詳しく扱っています。
本店移転や商号変更が伴うこともある
譲受企業のグループに入ると、本店を移したり社名を変えたりする判断も出てきます。これらも登記事項です。商号変更や本店移転の登記が、役員変更と同時に申請されるのは珍しくありません。
株式譲渡に伴って動く登記・動かない登記
何が登記の対象で、何が対象外なのか。下表に、会社売却でよく問題になる項目を整理しました。
| 項目 | 登記の要否 | 補足 |
|---|---|---|
| 株主の変更(名義書換) | 不要 | 株主名簿の書換で対応する |
| 役員(取締役・代表)の変更 | 必要 | クロージング後に申請する |
| 本店所在地の移転 | 必要 | グループ方針で発生しうる |
| 商号(社名)の変更 | 必要 | 譲受後に変えるとき |
| 定款の変更 | 必要 | 内容を実際に変えるときのみ |
| 資本金の変更 | 必要 | 増減資を伴う場合 |
役員変更登記の期限と費用を押さえる
変更登記には期限があります。会社売却の高揚感のなかで後回しにすると、思わぬペナルティを招きます。期限と費用の勘どころを確認します。
変更が生じてから2週間以内が原則
登記事項に変更が生じたときは、2週間以内に変更登記を申請する義務があります(会社法第915条第1項)。代表取締役の交代も同じです。クロージングで新体制になったら、起算はその日から始まると考えておくと安全でしょう。
登記を怠ると過料と信用低下のリスク
期限を過ぎても申請自体はできます。ただし正当な理由なく怠ると、代表者個人に100万円以下の過料が科されることがあります(会社法第976条)。融資審査で登記簿と実態がずれていれば、金融機関の心証も悪くなります。
登録免許税と司法書士費用の目安
費用面も見ておきます。下表は、法務省の登記・供託オンライン申請システムの案内に沿った役員変更登記の登録免許税です。
| 資本金の額 | 役員変更登記の登録免許税 |
|---|---|
| 1億円以下 | 1万円 |
| 1億円超 | 3万円 |
司法書士に依頼すれば、報酬として数万円が別途かかります。複数の登記をまとめて申請すれば、手間も費用も抑えやすくなります。
クロージング当日と登記申請のタイミング
実務でつまずきやすいのが、当日やることと後日やることの切り分けです。株主名簿と登記とでは、動くタイミングが違います。
当日にやるのは決済と名義書換
クロージング当日は、譲渡対価の決済と引き換えに株主名簿を書き換えます。これで株主としての地位が譲受企業に移ります。名義書換は社内手続なので、法務局は関与しません。当日に用意する株式譲渡で用意する必要書類もあらかじめ確認しておきましょう。
役員変更登記は後日に手配する
一方、役員変更登記は当日中に終わるものではありません。就任承諾書や株主総会議事録をそろえ、後日まとめて法務局に申請します。前後の段取りはM&Aのクロージング当日の流れと合わせて組むと抜けが減ります。
登記は誰が手配するのか
新体制の登記は、原則として譲受企業側が司法書士に依頼して進めます。譲渡オーナーは、退任に必要な辞任届などの書類提供で協力する立場です。当社の支援現場では、この役割分担を最終契約で明文化し、誰がいつ何を出すのかを一覧化しておくよう勧めています。口約束のままだと、決済後に書類待ちで登記が止まることがあるからです。
株式譲渡の前に確認したい登記まわりの論点
登記の要否は、譲渡前の会社の状態によっても変わります。事前に見ておきたい点を挙げます。
株券発行会社かどうか
自社が株券を発行しているかは、登記事項証明書で確かめられます。株券発行会社なら、譲渡の効力を生じさせるために株券の交付が要ります。古い中小企業では、定款上は発行会社のまま、株券が現物として存在しない、という食い違いも見かけます。
譲渡制限の有無と承認機関
多くの非上場会社は、定款で株式に譲渡制限をかけています。この場合、譲渡には会社の承認が要ります。承認機関が株主総会か取締役会かで段取りが変わるため、譲渡制限株式の承認の流れを先に押さえておくと安心です。
親族間でも正規の手続と議事録を残す
株主が親族だけだと、総会を開かず書類を作って済ませがちです。気持ちは分かります。ただ、後の相続や少数株主との争いで効力を問われると、形だけの手続は弱い。株式譲渡承認請求書の書き方や株式譲渡の承認に関わる議事録を整える価値はあります。
株式譲渡と税金・手取りの考え方
登記とは別に、譲渡オーナーが必ず気にするのが税金です。手取りを左右する基本だけ触れておきます。
個人の譲渡益には20.315%の分離課税
個人が株式を譲渡して得た譲渡益には、原則20.315%(所得税15%・復興特別所得税0.315%・住民税5%)が分離課税されます(国税庁 No.1463)。給与など他の所得と合算されない点が、創業者にとっては有利に働きます。
登記費用より手取り設計が本丸
登記や司法書士の費用は、譲渡対価に比べれば小さな金額です。本当に効くのは、役員退職金との組み合わせや取得費の扱いといった手取り設計のほうでしょう。株式譲渡にかかる税金の計算と会社売却の手法と費用の全体像を併せて読むと、判断の軸が定まります。
株式譲渡の登記に関するFAQ
会社売却の相談でよく出る、登記まわりの疑問をまとめました。
株主名簿の書換だけなら社内手続で済み、法務局への申請は要りません。ただ買収では役員交代を伴うことがほとんどで、結果的に変更登記が必要になります。現場ではまず、役員が動くかどうかを確認します。
期限後でも申請はできますが、正当な理由なく怠ると代表者に過料が科される場合があります。融資審査で実態とずれていると印象も悪くなります。買収後は早めに手配するのが無難です。
新体制の登記は買い手側が司法書士に頼んで進めるのが一般的です。売り手は辞任届など退任関係の書類を出して協力します。契約条項で役割を決めておくと、決済後の流れがスムーズです。
株主が代わるだけなら不要です。ただし代表者の交代を同時に行うなら変更登記が要ります。親族間でも議事録や承認書類は残しておくべきです。将来の争いの予防になります。
会社売却に伴う株式譲渡の登記手続のまとめ
株式の売買だけなら登記も定款変更も不要ですが、会社売却では役員交代などで変更登記がほぼ必ず生じます。2週間以内という期限や過料のリスク、当日と後日の段取りを押さえれば、慌てずに進められます。初めての譲渡で不安を抱えるのは当然のことです。
当社は税理士法人グループのM&A仲介会社として、中小企業の会社売却を数多く支援してきました。登記や税務の段取りも含め、最初の情報収集の段階から伴走します。引退や承継を考え始めたら、気軽にご相談ください。
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著者

- 事業法人第三部長/M&A担当ディレクター
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宅食事業を共同経営者として立ち上げ、CFOとして従事。みつきコンサルティングでは、会計・法務・労務の知見を活かし、業界を問わず、事業承継型・救済型・カーブアウト・MBO等、様々なニーズに即した多数の支援実績を誇る。M&Aの成約実績多数、M&A仲介・助言の経験年数は10年以上
監修:みつき税理士法人
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