合名会社・合資会社もM&Aで譲渡できます。ただし持分譲渡には社員全員の承諾が要り、無限責任を誰が引き受けるかも決めなければなりません。持分譲渡・事業譲渡・株式会社への組織変更の3手法を比較し、手続の流れ、税金、退社後2年の残存責任や解散リスクまで、譲渡オーナーが判断に使える形で整理します。
合名会社・合資会社とは何かを整理する
売却の相談を受けて登記事項証明書を開いた瞬間、話の組み立てが変わる。合名会社や合資会社では珍しくない場面です。まずは自社がどの器に乗っているのかを確認しておきましょう。
持分会社の3類型と社員が負う責任の重さ
会社法は合名会社・合資会社・合同会社をまとめて持分会社と呼びます。分かれ目は、出資者(社員)が会社の債務にどこまで責任を負うかという一点。下表で整理します。
| 会社形態 | 社員の構成 | 会社債務への責任範囲 |
|---|---|---|
| 合名会社 | 無限責任社員のみ | 社員が個人の全財産で弁済する直接無限責任 |
| 合資会社 | 無限責任社員と有限責任社員が各1名以上 | 無限責任社員は全財産、有限責任社員は出資額まで |
| 合同会社 | 有限責任社員のみ | 出資額の範囲にとどまる |
同じ持分会社でも合同会社の売却が進めやすいのは、この無限責任という論点が最初から存在しないからです。
合名会社・合資会社は今どれくらい残っているか
国税庁の会社標本調査(令和5年度分)によると、内国普通法人295万6,717社のうち合名会社は3,039社、合資会社は1万1,741社。両者を合わせても全体の0.5%ほどにとどまります。
数が少ないぶん、譲受企業の側も手続に不慣れです。この不慣れさが、そのまま交渉の実質的な壁になります。出典は国税庁「会社標本調査」です。
株式会社との違いが売却の実務に響く場面
出資者は株主ではなく社員と呼ばれ、株主総会も決算公告の義務もありません。運営の自由度は高いほう。ただしM&Aの場面では「株式」という取引単位が存在しないため、最も一般的な株式譲渡がそのまま使えないという不自由さが表面化します。
とはいえ、手順や費用の考え方そのものは株式会社と共通します。会社売却の全体像を先に押さえておくと、以降の論点が頭に入りやすくなります。
合名会社・合資会社のM&A手法3つを比較する
選択肢は大きく3つ。どれを選ぶかで、必要な同意の範囲も、税金の出方も、成約までの期間も変わってきます。下表で全体像をつかんでください。
| 手法 | 必要な同意 | 主な利点 | 主な留意点 |
|---|---|---|---|
| 持分譲渡 | 他の社員全員の承諾 | 会社をそのまま引き継げる | 無限責任の引受先が決まらず難航しやすい |
| 事業譲渡 | 社員の過半数(定款で別段の定めが可能) | 譲受企業が負債と無限責任を切り離せる | 契約・許認可を1件ずつ引き直す負担が大きい |
| 組織変更後の株式譲渡 | 総社員の同意 | 候補先が増え、価格の上振れも期待できる | 債権者保護手続で最短2ヶ月ほどを要する |
持分譲渡は社員全員の承諾がハードルになる
持分譲渡は、株式会社でいう株式譲渡に相当する手法です。会社法585条1項により、社員は他の社員全員の承諾がなければ持分を譲渡できません。1人でも反対すれば、そこで話は止まります。
例外もあります。業務を執行しない有限責任社員の持分は、業務執行社員全員の承諾があれば譲渡できます(同条2項)。合資会社ではこの条文が突破口になることも。条文はe-Gov法令検索の会社法で確認できます。
事業譲渡が現実解になりやすい理由
会社という器を残したまま、事業・資産・ノウハウ・契約だけを切り出す手法です。譲受企業は不要な負債も無限責任も引き受けずに済むため、候補先の裾野が一気に広がります。
意思決定も軽い。持分会社には株主総会の特別決議にあたる規定がなく、事業譲渡は業務の決定として社員の過半数で進められるのが原則です(会社法590条2項、定款で別段の定めが可能)。
事業譲渡で必ず時間を取られる契約の巻き直し
取引先・仕入先・従業員との契約を1件ずつ結び直す作業が待っています。その過程で取引条件の見直しを持ち出されたり、退職者が出たりする。事業譲渡の手続を早い段階で読み込み、どの契約が承継のネックになるかを洗い出しておくと展開が変わります。
許認可も自動では移りません。事業譲渡での許認可の承継を確認し、取り直しに要する期間をスケジュールへ織り込んでおきましょう。
株式会社へ組織変更してから株式譲渡する
売りやすい器に作り替えてから売る、二段構えの発想です。譲受企業は株式会社の譲受手続に慣れているため候補先が増え、競争が働けば価格の上振れも見込めます。
ただし組織変更計画には総社員の同意が求められます(会社法781条1項)。さらに債権者保護手続として1ヶ月以上の公告期間が必要となるため、最短でも2ヶ月程度は見込んでおくべきです。
同じ発想は他の会社形態でも使われます。有限会社の株式譲渡でも器の整理が前段に来ることが多く、進め方の骨格は共通しています。
合名会社・合資会社を譲渡する手続の流れ
手法が決まれば、あとは順番の問題です。持分会社特有の同意手続をどこに挟むかで、全体の期間は大きく動きます。
相談から成約までの標準的な手順
実際の案件で踏む段取りを、順を追って挙げます。
- 定款と登記を確認し、社員構成と持分譲渡の別段の定めを洗い出す
- M&Aの目的とスキームを整理し、専門家へ相談する
- 企業価値を算定し、譲渡価格のレンジを持つ
- ノンネームシートを作成して候補先へ打診する
- 意向表明と基本合意で条件の大枠を固める
- デューデリジェンスで無限責任の射程と簿外債務を検証する
- 総社員の同意を得て最終契約を締結し、決済と登記を行う
価値算定は時価純資産が出発点になる
持分会社は規模が小さく、事業の属人性も高めです。実務では時価純資産法を土台に、営業権を数年分上乗せする形へ落ち着く案件が多くを占めます。
算定の考え方そのものは株式会社と変わりません。企業価値評価の方法を押さえたうえで、自社の数字に当てはめてみてください。
保有資産に不動産の比重が大きい会社なら不動産M&Aの発想が価格の説明材料になりますし、資産保有が中心なら資産管理会社のM&Aと論点が重なります。
総社員の同意はいつ取りにいくか
早すぎれば情報が漏れ、遅すぎれば土壇場での破談を招きます。当社の支援現場では、社員が親族のみなら基本合意の前、社外の社員がいるなら守秘義務を確認したうえで基本合意の直後に説明する、という順序を基本形にしています。
順番を誤ると、条件の交渉ではなく感情の対立に転じます。ここは慎重に。
合併や会社分割を使う場合の追加手続
組織再編で事業を移す選択肢もあります。その場合は再編契約の締結、総社員の同意、債権者保護手続、事前事後の情報開示という段取りを踏むことになります。
官報公告と個別催告だけで1ヶ月以上を要するため、成約希望時期から逆算した工程表が欠かせません。
合名会社・合資会社のM&Aでかかる税金
手取りを左右するのは、結局のところ手法の選択です。同じ会社を手放しても、持分譲渡と事業譲渡では税負担の出方がまるで違います。
持分譲渡なら20.315%の申告分離課税
国税庁のタックスアンサーNo.1463では、合名会社・合資会社・合同会社の社員の持分が「株式等」に含まれると明示されています。個人が持分を譲渡した場合、譲渡益には所得税15%・復興特別所得税0.315%・住民税5%、合わせて20.315%が課されます。
給与や不動産所得と切り離して計算する申告分離課税。オーナー個人にとっては手取りの読みやすい形です。詳細は国税庁タックスアンサーNo.1463をご確認ください。
事業譲渡は法人税と消費税が重なる
事業譲渡では譲渡益が会社に残り、法人税等が課されます。オーナー個人へ資金を移すには配当や役員退職金という次の段階が要るため、税負担は積み上がりやすい構造。
加えて、譲渡資産のうち棚卸資産や営業権には消費税がかかります。事業譲渡にかかる消費税の扱いを事前に確認し、譲渡価額が税込か税抜かを契約書で明確にしておきましょう。
事業承継税制を併走させるかどうかの判断
親族に後継者候補がいるなら、第三者への譲渡と並行して法人版事業承継税制を検討する余地があります。持分会社の持分も、要件を満たせば対象になり得ます。
2026年度税制改正により、特例承継計画の提出期限は2027年9月30日まで延長されました。ただし贈与・相続そのものの適用期限は2027年12月31日のまま据え置かれています。制度の詳細は中小企業庁の法人版事業承継税制のページが一次情報になります。
どちらが有利かは株価と後継者の意思次第。事業承継税制とM&Aの比較で判断材料を揃えておくと、家族との話し合いが前に進みます。
持分会社のM&Aに特有のリスクと手当て
株式会社の売却では出てこない論点が、持分会社には残ります。下表のリスクは、定款と契約書の両面で先回りしておきたいところ。
| リスク項目 | 何が起きるか | 手当ての方向 |
|---|---|---|
| 退社・譲渡後の残存責任 | 登記前に生じた債務について、登記後2年間は請求が届く可能性が残る | 最終契約に補償条項と求償手順を明記する |
| 社員の死亡による解散 | 社員が1人もいなくなると会社法上の解散事由に該当する | 相続人が社員となれる旨を定款に置く |
| 合資会社のみなし種類変更 | 社員構成が偏ると合名会社または合同会社へ変わったとみなされる | 誰がどの責任類型で残るかをクロージング条件にする |
無限責任は登記後2年間残る
持分を全部譲渡しても、責任がその日に消えるわけではありません。会社法586条により、譲渡の登記前に生じた会社の債務については、登記後2年以内に債権者から請求や請求の予告がなければ消滅するという建て付けになっています。
裏を返せば、2年間は請求が届く余地が残るということ。譲渡オーナーが1人でその期間を背負う構造は避けたいところです。
社員が欠けると会社は解散へ向かう
持分会社では、社員の死亡によって地位が当然に相続されるわけではなく、退社という扱いになり得ます。社員が1人もいなくなれば、会社法641条4号の解散事由に該当します。
会社法608条を使い、相続人が持分を承継して社員となれる旨を定款に定めておけば、この連鎖は断てます。少人数で運営している会社ほど優先度は高くなります。
合資会社は社員構成が変わると器も変わる
無限責任社員が全員いなくなれば合同会社へ、有限責任社員が全員いなくなれば合名会社へ、それぞれ定款変更をしたものとみなされます(会社法639条)。譲渡後に会社の種類が想定外に変わってしまう、という話。
誰がいつまでどの責任類型の社員として残るのか。契約条件とクロージング手続のレベルまで落として管理すべき論点です。
相談の初期段階で使うリスク点検チェックリスト
当社が実際に最初の面談で確認している項目を挙げます。
- 定款に持分譲渡の別段の定めがあるか、承諾要件が加重または緩和されていないか
- 社員の相続に関する定款の定めが置かれているか
- 無限責任社員の個人保証と会社債務の重複範囲を把握できているか
- 簿外債務や係争の有無を、登記後2年の残存責任を前提に洗い出せているか
- 許認可の名義人が会社か個人か、事業譲渡なら取り直しが要るか
- 社員間に持分の贈与や貸付の履歴が残っていないか
この6項目のうち2つ以上に「分からない」が付くなら、譲受企業を探す前に定款と登記の整理から着手したほうが結果的に早く着地します。
デューデリジェンスで焦点になる論点
譲受企業の調査は、無限責任の射程と簿外債務に集中します。デューデリジェンスの全体像を把握し、指摘される前に自社で潰しておくと、価格の減額交渉を受けにくくなります。
売却か廃業かで迷ったときの考え方
持分会社の相談は、そもそも売れるのかという不安から始まることがほとんどです。手を挙げる譲受企業はいます。ただし条件は付きます。
買い手が付きにくい会社に共通する特徴
オーナー個人の技術や人脈に売上が紐づいている会社ほど、譲受後の再現性を疑われます。引き継ぎ期間を通常より長めに設計し、業務を言語化して残す。地味ですが、この準備がそのまま価格に効いてきます。
清算という選択肢と並べて考える
事業を止めれば債務の整理も必要になり、無限責任社員には個人資産の持ち出しが生じかねません。会社解散との比較で手元に残る金額を並べると、譲渡という選択の意味が数字で見えてきます。
営業実態が乏しい会社なら休眠会社の売却という論点が別に立ちますし、法人成りしていない事業を併せて持っているなら個人事業のM&Aの扱いも確認しておくと整理が早く進みます。
合名会社・合資会社の会社売却に関するFAQ
持分会社の譲渡について、経営者から実際に寄せられる質問を4つ取り上げます。
合資会社は無限責任社員と有限責任社員が各1名以上必要なため、1人では合資会社として成立しません。登記上すでに合名会社へ変わっている場合もあるので、現場ではまず登記を確認します。そのうえで、買い手に無限責任を引き受けてもらうか、株式会社へ組織変更するかの二択で組み立てるのが実務です。
多くは譲受企業の役員個人、または譲受企業そのものが無限責任社員として加入します。ただし法人が無限責任社員になる場合は職務執行者の選任が要り、先方の社内稟議は重くなりがち。結果として事業譲渡へ切り替えたほうが早い、という結論に落ち着く案件も少なくありません。
最短で2ヶ月程度です。総社員の同意に加え、債権者保護手続として1ヶ月以上の公告期間が必要になるためです。候補先探しと並行して進めれば時間の重複を減らせますが、変更の途中で条件が動くこともあるので、着手の順序は専門家と決めてください。
まず定款を確認します。持分譲渡の承諾要件が緩和されていれば、全員の同意までは要らない場合があります。緩和がないなら、反対の理由が金額なのか、従業員の雇用なのか、屋号の存続なのかを切り分けるところから。条件面の手当てで解ける例は多いです。
合名会社・合資会社のM&Aのまとめ
合名会社・合資会社のM&Aは、持分譲渡・事業譲渡・株式会社への組織変更という3つの選択肢を、無限責任と社員の同意という制約に照らして選び分ける作業です。数の少ない会社形態だけに情報も乏しく、不安になるのは当然。それでも器の整理を先に済ませれば、道筋は見えてきます。
当社はみつき税理士法人グループのM&A仲介会社として、中小企業の会社売却・事業承継で豊富な実績経験を積み重ねてきました。持分会社特有の定款や登記の整理から、価格算定・税務まで一貫して支援できます。合名会社・合資会社の譲渡をお考えでしたら、みつきコンサルティングへご相談ください。
完全成功報酬のM&A仲介会社なら、みつきコンサルティングへ >
著者

- 事業法人第二部長/M&A担当ディレクター
-
ヘルスケア分野に関わる経営支援会社を経て、みつきコンサルティングでは事業計画の策定、モニタリング支援事業に従事。運営するファンドでは、投資先の経営戦略の策定、組織改革等をハンズオンにて担当。東南アジアなど海外での業務経験から、クロスボーダー案件に関しても知見を有する。M&Aの成約実績多数、M&A仲介・助言の経験年数は10年以上
監修者 神門 剛 代表取締役 / 公認会計士・税理士
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