EPSでM&Aの企業価値を評価|計算式と希薄化・PERの読み方

自社の売却価格は、買い手の1株利益にどう響くのか。会社売却を検討するオーナー経営者に向け、収益力をはかる指標の計算から、買収後の利益の薄まり、株式交換比率の考え方までを実務目線で整理しました。相手が出せる金額の天井がどう決まるのかも読み解けます。

「うちの会社でも売却できるだろうか…」、「何から始めればいいんだろう…」。そのようなオーナー経営者の不安に、中小企業向けM&A仲介会社みつきコンサルティングは、20年間・500件以上の支援実績に基づき、お応えします。本格検討前の情報収集として、まずはお話をお聞かせください。

EPSはM&Aの企業価値評価でどう使うのか

会社の値段を考えるとき、利益の総額ばかりに目が向きがちです。実際の交渉で効いてくるのは、その利益が1株あたりいくらに落ちるか。譲受企業はこの感覚で対象会社を見ています。

EPSは1株が稼ぐ利益を示す物差しで、企業価値評価では欠かせない判断材料。本記事はマーケットアプローチの系列にあたり、評価全体の流れは企業価値評価の考え方で確認できます。

1株当たりの利益が示すもの

EPSはEarnings Per Shareの略で、日本語では1株当たり当期純利益を指します。税引後の最終利益を発行済株式数で割った値で、株主一人あたりに帰属する利益の厚みが一目で分かります。

規模の違う会社同士でも、1株という同じ単位に揃えれば収益力を並べて比べられる。ここがEPSの便利なところです。数字が大きいほど、1株が背負う稼ぎは厚いと読めます。

なぜ会社売却の局面でEPSが論点になるのか

非上場の中小企業では、ふだんEPSを意識する場面はそう多くありません。状況が変わるのは、上場企業やその傘下入りを検討するときです。

譲受企業がEPSを重く見るのは、その会社を取り込んだ後に自社の1株利益が増えるか減るかを判断したいから。この判断が、対象会社へ提示できる価格の上限を静かに左右します。譲渡オーナーにとっては、相手の懐事情を読む手がかりになります。

EPSの計算式と希薄化EPS

数値の作り方から押さえます。式そのものは単純で、つまずきやすいのは分母の株式数の扱いです。

基本の計算式

EPSは当期純利益を発行済株式数で割って求めます。分子には法人税等を差し引いた最終利益を使い、自己株式は分母から除くのが原則です。

発行や消却が期中にあった会社では、期中平均株式数を用いると数値のブレを抑えられます。決算書の1株当たり情報の欄に記載があり、そこを起点にすると確認が早く済みます。

数値例で確認する

当期純利益が1億円、発行済株式数が200株であれば、EPSは50万円になります。1株が50万円を稼いだ計算です。株式数が少ない非上場会社では、1株あたりの金額が大きく出る点に留意してください。

希薄化EPSの考え方

将来に株式へ変わる芽を持つものがあると、話が一段複雑になります。新株予約権や転換社債といった潜在株式です。

これらがすべて株式に変わった前提で計算し直したものが希薄化EPSで、分母が膨らむぶん基本のEPSより低く出ます。M&Aの局面では新株予約権の扱いが交渉材料になりやすく、見落とすと後で数字が動きます。

希薄化EPSの計算例

当期純利益5億円、優先株配当1億円、期中平均株式数100万株、潜在株式数1万株のケースを考えます。分子は差引4億円、分母は合計101万株となり、希薄化EPSは約396円です。潜在株式が多い会社ほど、この差は広がる傾向があります。

買収後にEPSは増えるか減るか

譲受企業がEPSを使う最大の理由が、この増減の見極めです。専門用語ではアクリーションとダイリューションと呼びます。難しく聞こえますが、仕組みは比率の比べ合いにすぎません。

PERの高低で決まる希薄化と増益効果

株式を対価にする取引では、買い手と対象会社のPERの差が結果を分けます。買い手のPERが対象会社より高ければ、取り込んだ後に1株利益が増える増益効果が生まれやすい。逆に対象会社のPERが高いと、1株利益が薄まる希薄化が起こります。

安く評価された利益を高く評価される器に移すと、1株あたりが厚くなる。背景にはこの単純な算術があります。PERの基礎はPERの読み方で整理しています。

増益と希薄化を数値でつかむ

買い手のEPSが200円、PERが20倍で株価4,000円とします。対象会社の純利益が2億円、これを株式対価で取り込むとどうなるか。

対象会社をPER10倍相当で評価すれば、発行する新株は少なく済み、取り込んだ純利益2億円が買い手の1株利益を押し上げます。これが増益です。反対に対象会社を高いPERで評価して新株を多く出せば、1株あたりは薄まり希薄化に転じます。発行株数と取り込む利益の綱引き、と捉えると腑に落ちます。

株式交換でのEPS変動の見方

合併や株式交換では、両社のEPSをもとに交換比率を決めます。比率しだいで買い手の1株利益が動くため、提示価格はこのシミュレーション結果と表裏一体です。マルチプルの当て方は類似会社比較法とあわせて見ると理解が進みます。

のれん償却と支払利息がEPSを圧迫する仕組み

増益効果を当て込んでも、実際には数字が伸びないことがあります。要因はのれん償却と借入金利です。

譲受で生じたのれんを毎期費用に落とすと、その分だけ連結純利益が削られます。買収資金を借入で賄えば支払利息も利益を押し下げる。この2つを織り込んでなお1株利益が増えるか、譲受企業は慎重に検算します。のれん償却の影響は譲渡価格の見方にも直結します。

株式交換比率の算定とEPSの関係

株式を対価にする取引で要になるのが交換比率です。EPSや株価がどう比率に効くか、下表で整理しました。

判断の観点EPSが及ぼす影響
交換比率の算定両社の1株価値を突き合わせて比率を決める。EPSと想定PERが価値の土台になる
増益か希薄化か買い手のPERが対象会社より高ければ増益、低ければ希薄化に傾く
潜在株式の反映新株予約権等を織り込んだ希薄化EPSで検算し、見かけ倒しを防ぐ
のれん・金利の控除償却費と支払利息を差し引いた後の純利益で再計算する

比率は単なる足し算ではなく、増益効果まで読み込んで初めて妥当な水準が見えてきます。両社の株式価値の関係を押さえると、交渉の土台が固まります。

EPSだけで価格を決める危うさ

便利な指標ほど、頼りすぎると足をすくわれます。EPSも例外ではありません。一時的な事情で数値が大きく揺れるためです。

一時的な利益や自己株取得でブレる

大型資産を手放して得た利益や保険金といった偶発的な収益が混じると、EPSは実力以上に膨らみます。自己株取得で株式数が減れば、純利益が横ばいでも1株利益は跳ね上がる。これらを素のまま受け取ると、本業の稼ぐ力を読み違えます。

現場では調整後の利益に引き直し、繰り返し生まれる利益だけで評価し直します。一度きりの数字に価格を引きずられないための作業です。

会計基準の違いと買収プレミアム

日本基準とIFRSでは、のれんの扱いが異なります。IFRS適用会社はのれんを毎期償却しないため、短期的にはEPSが高めに出やすい。同じ事業構造でも数値に差が生まれます。

さらに、譲受では相場へ上乗せする買収プレミアムが乗ります。EPSの増減だけでなく、その上乗せ分を何年で回収できるかまで併せて見ないと、判断を誤りかねません。

中小企業のM&Aでオーナーが押さえる視点

ここまでは上場企業を主語に語ってきました。では、非上場の中小企業を売る側に、EPSはどう関わるのでしょうか。

EPSは買い手の都合だが価格に跳ね返る

株式譲渡が中心の中小M&Aでは、対価は現金が大半です。この場合、譲渡オーナー自身がEPSを計算する場面はほぼありません。

ところが上場企業が買い手になると、相手は自社のEPSが薄まらない範囲で価格を組み立てます。つまりEPSは、相手が出せる金額の天井を決める内部基準として効いてくる。背景を知れば、提示額の意味を読み解けます。時価総額の求め方も把握しておくと交渉の解像度が上がります。

支援現場で見るEPS活用のチェックリスト

当社の支援現場では、上場企業が買い手の案件で次の点を早めに確認します。提示価格の妥当性を裏側から検証するためです。

確認項目見るべきポイント
買い手のPER水準対象会社の想定PERより高いか。増益寄りなら価格に上乗せ余地が出やすい
のれん償却の年数償却負担が重いと提示額が抑えられる傾向。価格交渉の論点になる
資金調達の方法現金か株式か、借入比率はどうか。支払利息が利益を削る度合いを見る
潜在株式の有無買い手側の希薄化要因が価格判断にどう響くかを確認する

たとえば年商15億円規模の製造業を上場企業へ譲渡した仮の事例では、買い手の高いPERが効いて、当初想定より高い評価につながったケースがありました。数値は調整した仮例ですが、構図はよくある相談に近いものです。

一次情報で評価の位置づけを確かめる

EPSは評価のすべてではなく、企業価値評価という大きな工程の一部品です。中小企業庁の中小M&Aガイドライン第3版では、バリュエーションがM&Aプロセスの一段階として位置づけられています。

支援機関が結論を一方的に決めない、といった規律も示されました。評価の前提を中立に確かめる姿勢が、譲渡オーナーの納得感につながります。出典は中小企業庁・中小M&Aガイドラインを参照してください。

EPSと併せて見たい財務指標

EPS単独での判断は危うく、ほかの指標と組み合わせて初めて立体的に見えてきます。代表的な3つを下表にまとめました。

指標EPSとの関係
PER株価÷EPSで割安割高をはかる。EPSが上がればPERは下がる関係にある
ROE純利益÷自己資本。EPSが伸びても増資で自己資本が膨らむと低下することがある
BPS1株当たり純資産。収益を映すEPSと資産を映すBPSは補完の関係にある

増資や自社株買いの活用で株式数が動けば、EPSもROEも一緒に揺れます。一過性の特別利益で跳ねた年は、本業の稼ぐ力に引き直して見るのが安全です。

EPS成長率でトレンドを読む

単年の高さより、伸びの持続が将来の稼ぐ力を映します。EPS成長率は、当期EPSから前期EPSを引き、前期EPSで割って百分率にした値です。

年率10%前後の成長が続く会社は、利益を自ら太らせる力が強いと読めます。ただし急伸の中身が特別利益なら、その勢いは長続きしません。中身を確かめる手間を惜しまないことが肝心です。

決算書のどこでEPSを確認するか

上場企業なら、決算短信や有価証券報告書の1株当たり情報の欄にEPSと希薄化EPSが並んで載ります。潜在株式数や優先株配当も、同じ資料から拾えるはずです。証券情報サイトでも過去の推移をたどれます。

四半期ごとの推移を一覧にすると、季節変動や会計方針の変更によるブレが見えてきます。非上場会社では公表値がないため、決算書から自分で組み立てる必要がある。ここは支援の現場でも手間のかかる工程です。

EPSに関するFAQ

会社売却を検討する経営者から、現場でよく寄せられる質問をまとめました。

Q:非上場でもEPSは計算する意味がありますか?

買い手が上場企業なら意味があります。相手は自社のEPSが薄まらない範囲で価格を決めるため、提示額の根拠を読むうえで役立ちます。現金での買収が中心なら、売り手が自分で計算する必要はそれほどありません。

Q:買収でEPSが下がるのは悪いことですか

短期では1株利益が薄まりますが、失敗とは限りません。調達した資金が高収益の事業に回り、数年後に利益が伸びれば中長期で取り返せます。現場では時間軸を分けて評価します。

Q:のれん償却はEPSにどう効きますか?

償却費が毎期の純利益を削るため、EPSを押し下げます。償却年数が長いほど1年あたりの負担は軽くなる。買い手はここを織り込んで価格を組むので、譲渡価格の交渉論点にもなります。

Q:希薄化EPSと基本のEPSはどちらを見ますか?

潜在株式がある会社では希薄化EPSを重く見ます。新株予約権や転換社債が多いと、見かけのEPSより実態は低くなるためです。両方を並べて差を確かめるのが実務の作法です。

Q:EPSとPERはどう使い分けますか?

EPSは1株がいくら稼いだかの実額、PERはその利益に市場が何倍の値を付けるかの倍率です。実額で稼ぐ力を見て、倍率で割安割高を測る。会社売却の検討では両方を並べ、提示価格の妥当性を二方向から確かめます。

EPSをM&A評価に活かすためのまとめ

EPSは1株が稼ぐ利益を示し、買収後に1株利益が増えるか薄まるかを通じて譲渡価格の天井を静かに決めます。相手の数字が読めず不安になるのは自然なことです。

みつきコンサルティングは、税理士法人グループのM&A仲介会社です。中小企業のM&Aで培った豊富な実績をもとに、企業価値評価から条件交渉まで一貫して支援します。価格の妥当性に迷ったら、早い段階でご相談ください。

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著者

西尾 崇
西尾 崇事業法人第三部長/M&A担当ディレクター
宅食事業を共同経営者として立ち上げ、CFOとして従事。みつきコンサルティングでは、会計・法務・労務の知見を活かし、業界を問わず、事業承継型・救済型・カーブアウト・MBO等、様々なニーズに即した多数の支援実績を誇る。M&Aの成約実績多数、M&A仲介・助言の経験年数は10年以上
監修者 神門 剛 代表取締役 / 公認会計士・税理士

みつきコンサルティングは、中小企業の会社売却・事業承継に特化した譲渡企業様に完全成功報酬制のM&A仲介会社です。売り手と買い手企業の最適なマッチングを、経験豊富なM&Aコンサルタントが初期相談から成約まで一貫してフルサポートします。

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