PERとM&Aバリュエーション|株価収益率と企業価値評価の使い方

会社売却を検討するオーナー向けに、上場株の倍率指標を入口とした類似会社比較法での値づけを解説。利益の引き直しから業種別水準の見方、非上場株への4つの補正、相続で使う税務評価との違い、手取りや交渉での扱いまで、中小の譲渡実務に即して整理します。

「うちの会社でも売却できるだろうか…」、「何から始めればいいんだろう…」。そのようなオーナー経営者の不安に、中小企業向けM&A仲介会社みつきコンサルティングは、20年間・500件以上の支援実績に基づき、お応えします。本格検討前の情報収集として、まずはお話をお聞かせください。

M&AバリュエーションでPERをどう使うか

会社売却を考え始めたオーナーが、最初に手を伸ばしがちな指標がPER(株価収益率)です。上場企業の株価が利益の何倍で評価されているかを示す数字で、自社の値ごろ感を直感的に掴める。ただ、M&Aの現場でこの倍率を価格決定にそのまま使う場面は、実はそれほど多くありません。まずは全体像から押さえましょう。

本記事は企業価値評価の全体像のうち、上場株価を手掛かりにするマーケットアプローチの考え方に位置づく内容です。

PERは株式価値を直接はじき出す倍率

PERは、対象会社の当期純利益に類似企業のPERを掛けるだけで、株主が受け取る価値(株式価値)を一回の計算で出せます。EV/EBITDA倍率が事業価値を出すのに対し、PERは株式価値が直接出る。そのため有利子負債の控除や現預金の加算といったネットデットの調整が、原則いりません。

中小M&Aで主役がEV/EBITDAになる理由

PERは利息を払った後の利益をベースにするため、借入の多寡という財務構成の差をそのまま飲み込みます。無借金の会社と借入の重い会社を同じ倍率で並べると、評価が歪む。本業の稼ぐ力を資本構成から切り離して測りたい局面では、ここが致命傷になりかねません。

そこで現場の主役になるのが、負債の影響を外して比較できるEV/EBITDA倍率です。とはいえPERが不要なわけではありません。借入が軽く利益の安定したサービス業のような業種では、株主リターンを素直に映すPERが直感的に効きます。出番を選べば十分に使える指標です。

算定の手順は利益の引き直しから始まる

計算式そのものは単純でも、中小企業に当てはめる前にひと手間かかります。類似する上場企業を選び、その株式時価総額を当期純利益で割って各社のPERを求め、平均や中央値を採る。そこへ対象会社の調整後純利益を掛けて株式価値の目安を出す、という流れです。

正常収益力への引き直しが肝になる

中小企業の決算書には、オーナーの私的経費や過大な役員報酬、生命保険、一過性の特別損益が紛れています。これらを引き直して「平時にいくら稼ぐ会社か」を出さないと、掛け算の土台が崩れる。当社の支援現場でも、役員報酬の適正化と保険料の戻し入れだけで正常利益像が様変わりする例は珍しくありません。教科書には載りにくい、実務の最初の難所です。

仮の数字でレンジを追う

仮の数字で流れを追います。あるサービス業の対象会社で、正常利益が5,000万円だったとしましょう。類似する上場企業の平均PERが12倍なら、株式価値の素の目安は6億円。ここから非上場ゆえの割引を3割かければ約4.2億円まで下がり、経営権の上乗せを見込めば再び幅が出ます。一点の正解ではなく、レンジで捉えるのが現場の感覚です。

正常収益力に引き直すときの確認項目

利益を引き直す作業で、当社が必ず目を通す項目を挙げます。譲渡オーナーが事前に見直しておくと、価格の議論がぶれにくくなります。

  • オーナーと家族の役員報酬が、後継体制での適正水準とどれだけ離れているか
  • オーナー一族へ支払う地代家賃や業務委託費の有無と、その条件の妥当性
  • 経営者保険の保険料負担と、解約返戻金の扱い
  • 私的な交際費や車両費、旅費が経費に混ざっていないか
  • 数年に一度の特別損益や補助金収入といった、一過性の項目
  • グループ会社との取引価格が、市場の条件からずれていないか

他の評価手法とPERの使い分け

PERは単独で使うより、ほかの手法と並べて初めて値打ちが出ます。何を出す道具かを取り違えると、議論がかみ合いません。下表で主な手法の役割を整理します。

手法何を出すか向く場面中小M&Aでの位置づけ
PER(株価収益率)株式価値利益が安定し借入の軽い会社主に検算用。単独では使いにくい
EV/EBITDA倍率事業価値借入のある会社どうしの比較マーケットの主指標として広く利用
DCF法事業価値将来計画に根拠がある会社中核手法。前提次第で結果が振れる
時価純資産法純資産ベースの株式価値資産が厚い会社や赤字の会社中小で多用。のれんを乗せて調整

PERと株価収益率の基礎をおさえる

M&Aの話に入る前に、指標としての素性も短く確認しておきます。投資の文脈で覚えた知識と、譲渡価格を読む視点は地続きだからです。

計算式とEPSの考え方

PERは株価をEPS(1株当たり純利益)で割って求めます。株価1,000円でEPSが100円なら10倍。この倍率は、いまの利益が続けば株価ぶんを何年で稼ぐかの目安にもなります。EPS自体は当期純利益を発行済株式総数で割った値で、株式分割や新株発行で薄まると倍率が高く見える。算出の細部はEPSの計算方法で補えます。

予想PERと実績PERの使い分け

PERには、来期の利益見込みを使う予想PERと、確定した実績利益を使う実績PERがあります。短期の株式売買では予想が好まれますが、M&Aの場面では実績と過去平均を併用するのが堅実です。将来の数字は作り込みやすく、譲渡オーナー側の計画が前のめりになりがちだからです。確定値を土台に置くと、議論がぶれません。

PBRとの違いと組み合わせ

PERが利益に対する倍率なのに対し、PBR(株価純資産倍率)は純資産に対する倍率です。前者は将来の収益期待、後者は資産の厚みを映します。両方を並べると、利益も資産も評価される会社か、片方だけ高い会社かが立体的に見えてくる。ROE(自己資本利益率)が高いのにPERが低い、といったねじれは、過小評価のサインになることもあります。

割安・割高の目安と業種差

かつて日経平均の予想PERは15倍前後が一つの目安とされてきました。もっとも足元の相場では16〜18倍程度で推移する局面が多く、金利や市況で適正レンジは動きます。業種差も大きい。成長期待の高いIT・サービスは高め、成熟した製造業や景気敏感業種は低めが普通です。

業種ごとの差は小さくありません。成長期待を織り込むIT・ソフトウェアやサービス業は高めの倍率がつきやすく、設備の重い製造業は中位、電力やガスといった公益や景気敏感業種は低めに沈みがちです。自社がどの帯に属するかを掴んでおくと、提示価格の妥当性を肌感覚で測れます。

業種別の最新水準は、日本取引所グループが毎月公表する規模別・業種別PER・PBR(JPX)で確認できます。中小企業は規模や流動性の面で上場企業に見劣りするため、参照倍率はそこからやや低めに置くのが実務の出発点です。

非上場株への「4つの補正」で価格レンジをつくる

上場企業の倍率を非上場の中小企業へそのまま当てると、譲受企業にも譲渡オーナーにも不利が生じます。現場では補正を織り込んだレンジ(幅)で交渉するのが通例です。代表的な4つを押さえましょう。

正常収益力の調整

前述のとおり、私的経費や一過性損益を引き直し、稼ぐ力の実像に寄せる工程です。レンジの起点を決める作業で、ここがぶれると以降の補正がすべて狂います。土台づくりと考えてください。

非流動性ディスカウントとコントロールプレミアム

非上場株はすぐ現金化できません。その不便さを織り込み、算出値から20〜30%程度を差し引くのが非流動性ディスカウントです。逆に経営権ごと取得するM&Aでは、支配権の価値として20〜40%程度を上乗せするコントロールプレミアムが働く。引く力と足す力、その綱引きで着地が決まります。

サイズ調整と4つの向き

規模の小さい会社は、人材や取引先の集中といったリスクを抱えやすい。その分、参照する倍率を低めに見るのがサイズ調整です。下表で4つの向きと目安を整理します。

補正項目価格への向き目安M&Aでの考え方
正常収益力の調整増減いずれも個別役員報酬や私的経費、一過性損益を引き直し、平時の稼ぐ力に近づける
非流動性ディスカウント引き下げ20〜30%程度すぐ現金化できない非上場株のリスクを価格から控除する
コントロールプレミアム引き上げ20〜40%程度経営権の取得に見合う上乗せ。少数株の取得では乗りにくい
サイズ調整引き下げ個別規模が小さくリスクが高い分、参照倍率を低めに見る

税務の「類似業種比準方式」との違いに注意

業種別の上場会社平均を物差しにする発想は、実は税務の世界にもあります。相続税や贈与税で非上場株を評価する類似業種比準方式がそれで、考え方はマーケットアプローチに似ています。ただ、目的も前提も別物です。

国税庁が公表する業種目別の株価

国税庁は毎年、業種目ごとの株価・配当・利益・純資産を公表しています。最新版は令和7年分の類似業種比準価額計算上の業種目及び業種目別株価等(国税庁)で確認できます。課税の公平を目的に定められた評価ルールであって、対価そのものを示すものではありません。

類似業種比準方式は、業種目ごとの株価に、配当・利益・純資産という3要素の比率を掛け合わせて評価額を導きます。算式と要素が通達で固定されている点が、交渉で倍率を選ぶ類似会社比較法と根本から異なる。同じ業種別の上場会社平均を物差しにしても、出口はまるで違ってきます。

評価額と譲渡価格は一致しない

当社の支援現場で繰り返し説明するのが、この一点です。税務上の評価額とM&Aの譲渡価格は一致しません。前者は通達に沿った算定額、後者は当事者の交渉で決まる価格。相続対策で握っていた株価のイメージのまま売却に臨むと、想定とのギャップに戸惑うオーナーが少なくないのです。所得税や法人税の場面で通達の評価が参照されることはあっても、それが市場での売買価格を保証するわけではありません。

デューデリジェンスと交渉でのPERの扱い

価格の当たりがついた後も、PERは姿を変えて顔を出します。譲受後にその倍率が維持できるか、を見極める局面です。

想定PERが維持できるかの検証

譲受企業はデューデリジェンスで正常収益力や異常損益を精査し、取引後も想定した利益水準が続くかを確かめます。譲渡オーナーが示す将来計画が楽観的すぎないか、利益予想と設備投資計画がかみ合っているか。ここでの検算が、提示価格の根拠を支えます。

想定した倍率が崩れる芽は、人と取引先への依存に潜みます。オーナー一人に営業が集中していたり、上位数社で売上の大半を占めていたりすると、譲受後に利益が想定どおり伸びない場合がある。譲受企業はその継続性まで織り込んだうえで、提示する倍率を決めています。

株式対価スキームでのPER

譲受の対価を自社株で支払うスキームでは、譲受企業のPERが高いほど株式交換比率が有利に働きます。逆にPERが低い状態での株式対価は希薄化のリスクを高める。自社の倍率を見ながら時機を計る、という経営判断にもPERは絡んできます。

PERで掴んだ価格と、オーナーの手取り

倍率で価格の当たりがついても、オーナーが本当に気にするのは税引き後にいくら残るかです。PERが示すのは価格であって、手取りそのものではありません。

株式価値から譲渡益、そして手取りへ

個人株主の株式譲渡では、譲渡益(譲渡価額から取得費と譲渡費用を引いた額)に原則20.315%の申告分離課税がかかります。給与や事業所得と合算されない分離課税で、税率は国税庁のNo.1463 株式等を譲渡したときの課税に定められています。倍率で出た価格から、この負担を差し引いた残りが会社売却の手取り額の目安になります。

高額案件で見落とせない論点

極めて高額な譲渡では、一定の最低税額を確保する仕組みが2025年分以降に入りました。数億円規模になると実質的な負担が変わる場合があり、論点の整理はキャピタルゲイン課税に譲ります。手取りの見立ては、価格の話と同じくらい早い段階で詰めておきたいところです。

PERを使うときの注意点

便利な指標ほど、頼りすぎは禁物です。単年度の利益を使う以上、景気変動や臨時の損益で数字が大きく振れる。下表で足をすくわれやすい点をまとめました。

注意点中身と対処
単年度利益に揺れる特別損益で倍率が跳ねる。過去3〜5年の平均や調整後利益でならして見る
赤字には使えない利益がマイナスだと倍率が成り立たない。EV/EBITDAや時価純資産法で補う
会計方針で動く償却方法や基準の差がEPSを通じて倍率に出る。注記で前提を確かめる
業種でばらつく成長期待の高い業種は高め、景気敏感は低めが普通。同じ土俵で比べる

PER単独では判断が偏ります。PBRやROE、キャッシュフローと組み合わせ、定性的な強みも合わせて読む。複眼で見てはじめて、割安「に見える」だけの会社を見抜けます。

会社売却とPERに関するFAQ

譲渡を検討するオーナーから、PERについて寄せられる質問に答えます。

Q:自社のPERは自分で計算できますか

非上場だと株価がないため、そのままでは出せません。現場ではまず類似する上場企業のPERを集め、調整後の純利益に掛けて目安を置きます。あくまで出発点で、ここから補正を重ねていきます。

Q:買い手はPERとEV/EBITDA倍率のどちらを重く見ますか

借入のある会社が大半の中小M&Aでは、財務構成の影響を外せるEV/EBITDA倍率を軸に置くのが一般的です。PERは答え合わせ役にまわります。両にらみで価格の妥当性を確かめると考えてください。

Q:赤字決算だと売却価格はゼロですか

そうとは限りません。PERは使えませんが、純資産や事業の将来性、許認可や顧客基盤といった無形の価値で評価する道があります。利益だけが価格の源ではない、と覚えておいてください。

Q:相続税の株価評価額で売れますか

一致しないのが通常です。税務の評価額は通達に沿った算定額、売買の価格は交渉で決まる対価。条件次第で上にも下にも振れます。両者は別物と切り分けて臨むのが安全です。

Q:PERが高い会社ほど高く売れますか

必ずしもそうではありません。高いPERは将来期待の裏返しで、その期待が崩れれば一気にしぼみます。利益の安定度や事業の継続性まで含めて、譲受企業は冷静に見ています。

Q:正常収益力の調整は譲渡前に自分で進められますか

ある程度は可能です。役員報酬や経営者保険、私的な経費の洗い出しは、オーナー自身でも着手できます。もっとも、どこまでを平時の利益と見るかは譲受側の視点も絡むため、最終的な引き直しは専門家を交えて固めるのが安全です。早めに手を付けておくほど、価格の議論を落ち着いて運べます。

PERとM&Aバリュエーションのまとめ

PERは株主目線で値ごろ感を掴める便利な倍率ですが、財務構成の差や単年度利益の振れに弱く、中小M&Aでは主役より検算役に向きます。価格は業種別の水準を起点に、正常収益力や非流動性、支配権といった補正を重ねたレンジで動く。漠然とした不安も、具体的な論点に置き換えるほど軽くなります。

みつきコンサルティングは、税理士法人グループのM&A仲介会社です。中小企業のM&Aに豊富な実績を持つアドバイザーや公認会計士、税理士が、企業価値評価から譲渡の実行まで一貫して支援します。自社の価格水準を知りたい段階でも、まずはお話をお聞かせください。

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著者

田原 聖治
田原 聖治事業法人第一部長/M&A担当ディレクター
みずほ銀行にて大手企業から中小企業まで様々なファイナンスを支援。みつきコンサルティングでは、各種メーカーやアパレル企業等の事業計画立案・実行支援に従事。現在は、IT・テクノロジー・人材業界を中心に経営課題を解決。M&Aの成約実績多数、M&A仲介・助言の経験年数は10年以上
監修者 神門 剛 代表取締役 / 公認会計士・税理士

みつきコンサルティングは、中小企業の会社売却・事業承継に特化した譲渡企業様に完全成功報酬制のM&A仲介会社です。売り手と買い手企業の最適なマッチングを、経験豊富なM&Aコンサルタントが初期相談から成約まで一貫してフルサポートします。

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