自社ビルや賃貸物件を抱えたまま、引き継ぐ相手が見つからない。その物件は、廃業すれば安く現金化されがちです。会社を株式で譲れば、土地や建物に潜む利益を守りつつ次の担い手へ託せます。買い手の税コストや不動産デューデリジェンスの勘所まで、後継者不在のオーナー向けに整理しました。
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事業用不動産を抱えたまま、引退できずにいませんか
自社ビル、店舗、倉庫、代々受け継いできた賃貸物件。会社の土台を支えてきた不動産が、いざ引退を考える段になって、かえって悩みの種に変わることがあります。継いでくれる人が見当たらない。不動産だけ切り離せるのか。後継者不在のオーナーから、そんな声を何度も聞いてきました。出口は、廃業だけではありません。
本記事で押さえる3つの論点
事業用不動産を保有する会社のM&Aには、現物の不動産売買とは違う勘所があります。本記事では、含み益や譲渡価額の決まり方、買い手側の見方、そして不動産デューデリジェンスの要点を、初めて検討するオーナーの目線で整理しました。事業承継そのものの基本は事業承継の全体像で、株式での引き継ぎ方は株式譲渡での承継でも確認できます。
廃業では不動産が安く現金化されやすい
後継者がいないからと廃業を選ぶと、会社の資産は処分の対象になります。建物は取り壊し、土地は更地にして売却。そんな流れになるケースも珍しくありません。手元に残る現金は、思い描いていた額に届かないことが多いのが実情です。長年の取引先や従業員との関係も、そこで途切れてしまいます。
不動産を持つ会社ほど出口は広い
逆に言えば、収益を生む賃貸物件や立地のよい自社物件を抱えた会社は、それ自体が魅力的な引き継ぎ対象になります。買い手は不動産そのものを欲しがり、会社ごと引き受けたいと考える。後継者不在を理由にした第三者への承継が、不動産を持つ会社では特に現実味を帯びます。

事業用不動産のM&Aとは何か
言葉だけ聞くと身構えてしまうかもしれません。仕組みそのものは、決して難しいものではありません。
不動産ではなく会社ごと引き継ぐ
事業用不動産のM&Aとは、不動産を直接売買するのではなく、その不動産を保有する会社の株式を譲り渡すことで、結果として不動産も次のオーナーに移す手法です。土地や建物の名義は会社のまま。変わるのは、その会社の持ち主だけです。一般に不動産M&Aと呼ばれます。
通常の不動産売買とどこが違うのか
現物の不動産を売る取引では、買い手は不動産そのものを取得し、所有権の移転登記を行います。一方の事業用不動産M&Aでは、移転するのは株式です。会社の中にある不動産には手をつけません。この一点の違いが、税負担や手続の重さを大きく変えます。詳しい仕組みは不動産M&Aの仕組みで掘り下げています。
後継者不在を背景に相談が増えている
不動産を持つ会社の経営者が高齢化し、社内に継ぐ人が見当たらない。そんな会社が、廃業ではなく第三者への譲渡を選ぶ例が増えています。買い手の側でも、市場に出にくい優良物件を会社ごと取得できるとあって、引き合いは底堅い。売り手と買い手、双方の事情がかみ合うことで、この手法は静かに広がってきました。
主なスキームは株式譲渡と事業譲渡
不動産を持つ会社を引き継ぐとき、現場でまず検討するのは大きく2つの道筋です。会社をまるごと渡すか、不動産を含む一部だけを切り出すか。どちらを選ぶかで、税金も残る会社の姿も変わってきます。
株式譲渡で会社ごと譲り渡す
最も多く使われるのが株式譲渡です。オーナーが持つ株式を譲受企業へ売却し、会社の経営権ごと引き継いでもらいます。不動産も借入も契約も、原則そのまま会社に残ったまま移るため、賃貸借契約の巻き直しといった手間が省けるのが強みです。
不動産だけ切り出す事業譲渡・会社分割
本業は別の相手に渡したい、あるいは不動産だけを承継対象にしたい。そんなときは、事業譲渡や会社分割で不動産を切り出す方法もあります。狙った資産だけを動かせる柔軟さがある半面、許認可の取り直しや個別の契約移転が必要になることもあります。選び方の勘所は株式譲渡と事業譲渡の違いを、不動産の分離手続は会社分割の手続を参考にしてください。
2つのスキームを下表で比較
下表は、事業用不動産を動かすときの株式譲渡と事業譲渡の違いを、オーナーが気にする観点でまとめたものです。
| 比較項目 | 株式譲渡 | 事業譲渡(不動産の切り出し) |
|---|---|---|
| 移転するもの | 会社の株式(不動産は会社内に残る) | 不動産を含む特定の資産・契約 |
| 不動産の名義変更 | 不要(会社名義のまま) | 必要(買い手名義へ移転登記) |
| 不動産取得税・登録免許税 | 生じない | 買い手に生じる |
| 売り手の課税 | 個人株主の譲渡益に20.315% | 会社に法人税等、その後の還元で再課税 |
| 許認可・契約 | 包括的に引き継がれる | 個別の同意・取り直しが要る場合あり |
含み益と譲渡価額の関係を押さえる
事業用不動産M&Aを考えるうえで、ここが最も大事な勘所になります。長く持っている不動産ほど、ここで差がつきます。
土地・建物の含み益とは
含み益とは、帳簿に載っている価額と現在の時価との差のことです。たとえば30年前に5,000万円で買った土地が、いまは1億円。この5,000万円分の値上がりが含み益にあたります。古くから保有する自社ビルや土地ほど、この含み益は大きく膨らんでいるものです。
株式譲渡なら含み益に法人税がかからない
会社が不動産を直接売ると、この含み益が一気に表に出ます。会社には法人税・住民税・事業税が課され、建物部分には消費税もかかります。さらにその代金をオーナー個人が手にするには配当や退職金という形をとり、そこでもう一度課税される。いわば二段構えの負担です。
株式譲渡なら20.315%で完結する
ところが株式譲渡なら、オーナー個人が株式を売るだけで取引が完結します。譲渡益にかかるのは、原則20.315%(所得税15%、復興特別所得税0.315%、住民税5%)の申告分離課税のみ。含み益は会社の中に眠ったまま、買い手へ繰り延べられます。税率の根拠は国税庁のNo.1463 株式等を譲渡したときの課税で確認できます。株式にかかる税の全体像は株式譲渡の税金をご覧ください。
譲渡価額は時価純資産が出発点
では、いくらで売れるのか。事業用不動産が中心の会社では、不動産を時価に直した純資産、すなわち時価純資産が価額の出発点になります。算定の考え方は時価純資産法で説明しています。
含み益にひそむ将来の税負担を割り引く
注意したいのは、含み益はなくなったわけではない点です。買い手は低い帳簿価額を引き継ぐため、将来その不動産を売れば大きな法人税がのしかかります。支援現場では、この将来負担を見越し、含み益に対する法人税相当額(おおむね37%前後)を時価純資産から差し引いて株価を擦り合わせるのが通例です。教科書には載りにくい、交渉のリアルな着地点と言えます。
賃貸物件は収益力も価額を左右する
純資産だけが価額を決めるわけではありません。安定した賃料収入を生む物件なら、その稼ぐ力が上乗せ評価につながります。空室が目立つ、賃料が相場より低いといった弱点は、逆に減額の材料になりがちです。物件の磨き上げは、譲渡を意識した時点から動き出したいところです。
2つの売り方を下表で比較
下表に、同じ不動産を現物で売る場合と、不動産M&A(株式譲渡)で売る場合の課税の違いを整理しました。
| 課税の論点 | 現物の不動産売却・事業譲渡 | 不動産M&A(株式譲渡) |
|---|---|---|
| 含み益への課税 | 売却時に法人税等が顕在化 | 会社内に繰り延べ(売り手段階では非課税) |
| 売り手の最終税率 | 法人税等+個人還元時の所得税で二段階 | 個人の譲渡益に20.315%で完結 |
| 消費税 | 建物部分に課税 | 株式譲渡は非課税 |
| 買い手のコスト | 不動産取得税・登録免許税が発生 | 原則生じない |
買い手から見た利点と注意点
取引が成り立つには、買い手にも旨みが要ります。事業用不動産M&Aは、買い手側にもはっきりした利点があります。
不動産取得税・登録免許税がかからない
不動産の名義は会社のまま動かないため、買い手は不動産取得税(固定資産税評価額に対し原則4%)も登録免許税も負担せずに済みます。市場に出回りにくい優良物件を、コストを抑えて手にできる。これが買い手を引きつける大きな理由です。
簿外債務や含み損も一緒に引き継ぐ
もっとも、会社ごと引き受けるということは、表に出ていない債務や係争、含み損のある資産まで丸ごと抱える話でもあります。買い手が慎重になるのは当然で、ここで効いてくるのが事前の調査です。
M&A後に不動産を動かすと課税が生じる場合
買収後、買い手が不動産を自社へ移したいケースもあるでしょう。組織再編の適格要件を満たせば、含み益を実現させずに帳簿価額のまま引き継げます。要件を外せば課税が生じ、子会社を清算する際の清算所得課税にも目配りが要ります。
不動産デューデリジェンスで確かめられること
会社ごと引き継ぐ取引では、不動産そのものの調査が成否を分けます。これが不動産デューデリジェンス、いわゆる不動産DDです。
法的・物理的・経済的の3つの視点
不動産DDは、権利関係に問題がないかという法的側面、建物の老朽化や耐震性といった物理的側面、賃料収入や稼働率といった経済的側面から物件を点検します。買い手はこの結果を価額交渉や契約条件に反映させます。調査の中身は不動産デューデリジェンスをご覧ください。
売り手が先に整えておきたい資料
調査で慌てないために、譲渡オーナー側で早めに棚卸ししておくと交渉がスムーズです。当社の支援現場で最初に確認する項目を挙げます。
- 登記事項証明書と公図、境界確定の有無
- 賃貸借契約書と賃料・敷金の一覧、滞納の状況
- 修繕履歴と直近の大規模修繕の予定
- 固定資産税評価額と直近の固定資産税納付額
- 越境物・私道負担・土壌汚染といった潜在リスクの記録
こうした資料が整っている会社ほど、買い手の不安が早く解け、価額も崩れにくい。逆に書類が散らかったままだと、調査で減額の口実を与えてしまいます。
資産管理会社・不動産管理会社を引き継ぐとき
賃貸物件の保有や管理を目的に設けた会社の承継には、独特の論点が絡みます。よくある相談を入り口に見ていきます。
後継者不在の管理会社という相談
地方都市で賃貸ビル2棟と駐車場を持つ会社のオーナーから、こんな相談を受けたとします。子は事業を継ぐ気がなく、自分も70歳を超えた。建物に大きな含み益があり、廃業して売れば税金で手取りが大きく目減りする。こうした会社こそ、株式譲渡による引き継ぎが効いてくる典型です。建物を持つ会社をそのまま望む買い手が現れ、廃業して売るより手取りが大きく残る。そんな結末にたどり着くケースは、決して珍しくありません。
資産管理会社ならではの留意点
不動産の保有が中心の会社は、税務上「資産管理会社」とみなされることがあります。すると事業承継税制をはじめとする一部の優遇が使いにくくなる点に注意が必要です。スキームの組み方や税務メリットは資産管理会社のM&Aで具体的に解説しています。
事業用不動産M&Aの進め方
流れ自体は、一般的な会社売却と大きくは変わりません。自社の状況整理から始め、相手探し、条件交渉、調査、最終契約と進みます。
自社の状況整理から動き出す
最初の一歩は、自社が何を持っているのかを正しくつかむことです。不動産の時価、借入の残高、賃貸借契約の中身を棚卸しし、譲れない条件と優先順位を決めます。個人保証の扱いも、この段階で必ず論点に上がるテーマです。準備が整っているほど、相手探しから交渉までの足取りは軽くなります。
役員退職金を組み合わせて手取りを整える
オーナーが受け取る対価は、株式の譲渡代金だけとは限りません。退任にあたり役員退職金を組み合わせると、税負担の面で有利になる場合があります。その仕組みは役員退職金の活用で確認できます。全体の段取りは会社売却の進め方もご覧ください。
事業用不動産のM&Aに関するFAQ
相談の場でよく出る疑問を、現場の答え方に近い形でまとめました。
多くの場合、含み益の大きい不動産を持つ会社は、株式で会社ごと譲る方が手取りは増えます。ただし含み損がある、買い手が会社の事業を望まないといった事情では逆転します。含み益の規模と買い手の意向次第です。
立地や収益性が良ければ、不動産の取得を目的とした買い手が現れます。現場ではまず物件の収益力と権利関係を確認し、需要のある相手像を見極めます。物件の魅力が薄い場合は、価額や条件の工夫しだいです。
株式譲渡なら名義が動かないため、原則かかりません。ただし買い手が後で不動産を自社へ移すと、再編の要件次第で課税が生じます。買い手の出口計画とセットで考える論点です。
不利というより、調整の対象になると捉えてください。買い手は将来の税負担を見込み、含み益に対する法人税相当額を株価から差し引く前提で交渉してきます。事前の試算で着地点を持っておくと安心です。
物件数や規模で幅がありますが、中小企業の案件なら専門家への報酬は数十万円から、期間は数週間が一つの目安です。建物の状態や権利関係が複雑なほど膨らみます。売り手が資料を先に整えておけば、費用も期間も抑えやすくなります。
事業用不動産M&Aのまとめ
事業用不動産を持つ会社の出口は、廃業だけではありません。会社ごと株式で引き継げば、含み益への重い課税を避けつつ、長く守ってきた物件と従業員を次へ託せます。後継者が見つからず一人で抱え込んできたなら、その不動産は弱みではなく強みに変わり得ます。
みつきコンサルティングは、税理士法人グループのM&A仲介会社です。中小企業の会社売却と事業承継に豊富な実績を持つアドバイザーや公認会計士、税理士が在籍しています。不動産を抱えた会社の承継も、初回の相談から伴走します。
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著者

- 名古屋法人部長/M&A担当ディレクター
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人材支援会社にて、海外人材の採用・紹介事業のチームを率いて新規開拓・人材開発に従事。みつきコンサルティングでは、強みを生かし人材会社・日本語学校等の案件を中心に工事業・広告・IT業など多種に渡る案件支援を行う。M&Aの成約実績多数、M&A仲介・助言の経験年数は10年以上
監修者 神門 剛 代表取締役 / 公認会計士・税理士
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