M&Aにおける競業避止義務は、譲渡後のオーナーが競合事業を行うことを防ぎ、買い手の事業価値を守るための重要な取り決めです。事業譲渡では会社法で原則20年の制限がありますが、株式譲渡では契約での明記が必須となります。本記事では、違反時のリスクや適正な期間・範囲の設定について、実務の視点から解説します。
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M&Aにおける競業避止義務の定義
M&A(企業の合併・買収)における競業避止義務とは、会社や事業を売却した譲渡オーナー(売り手)が、一定の期間および特定の地域内において、譲渡した事業と同じ、または競合する事業を行ってはならないという義務のことです。
長年手塩にかけて育てた会社を譲渡した直後に、オーナーが近くで全く同じ商売を始めてしまったらどうなるでしょうか。元々の顧客は「あの社長がやるなら」と新しい会社に流れてしまい、譲受企業(買い手)は対価を支払って手に入れた「のれん」(ブランド、顧客基盤、ノウハウ)の価値を失ってしまいます。
これを防ぐため、M&A契約においては、買い手の投資保護(のれん代の保全)を主たる目的として、売り手に対して競業行為を禁止する条項を設けるのが一般的です。これは単なるマナーの問題ではなく、買い手が安心して経営を引き継ぐために不可欠な法的防衛策といえます。
現場で支援をしていると、「会社を売った後、暇だからまた似たような商売を少しだけやりたい」と考えるオーナー様がいらっしゃいますが、これは非常に危険な考えです。M&Aにおける競業避止義務は、退職した従業員に課すものよりも遥かに重い責任が伴うことを理解しておく必要があります。
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スキーム別に見る法的根拠とルールの違い
競業避止義務は、M&Aの手法(スキーム)によって、法律で自動的に課される場合と、契約で定めなければ効力を持たない場合があります。それぞれの違いを正しく理解することがトラブル回避の第一歩です。
事業譲渡の場合(会社法第21条の適用)
事業譲渡を行う場合、当事者間で特別な取り決めをしなくても、法律(会社法第21条)によって売り手企業には自動的に競業避止義務が課されます。
会社法第21条では、以下のルールが定められています。
- 原則:同一の市町村および隣接する市町村の区域内において、譲渡の日から20年間、同一の事業を行ってはならない。
- 特約:譲渡オーナーと譲受企業の合意があれば、特約によって期間を最大30年まで延長できる。
- 不正競争の禁止:期間や地域に関わらず、不正の競争の目的(譲受企業の営業を妨害する目的など)を持って同一の事業を行ってはならない。
このように、事業譲渡では法律が強力に買い手を保護しています。しかし、法律の規定する「同一の市町村および隣接する市町村」という範囲は、インターネットが普及した現代のビジネス環境においては狭すぎるケースが多く、実務上は契約書で別途、範囲を広げて定義し直すことがほとんどです。
株式譲渡・合併・会社分割の場合
中小企業のM&Aで最も多く利用される「株式譲渡」や、組織再編行為である「合併」「会社分割」の場合、会社法上に競業避止義務を課す明文の規定はありません(事業譲渡のような自動的な制限はない)。
そのため、株式譲渡における最終契約書である「株式譲渡契約書」において、「競業避止義務条項」を明記しなければ、譲渡オーナーは理論上、翌日から同業を始めることができてしまいます。 実務では、買い手のリスク管理として、株式譲渡であっても必ずこの条項を盛り込みます。この際、法律の縛りがない分、当事者間の合意によって期間や範囲を自由に設計することが可能です。
下表は、スキームごとの法的根拠と実務対応を比較したものです。
| 項目 | 事業譲渡 | 株式譲渡 | 会社分割・合併 |
|---|---|---|---|
| 法的根拠(自動適用) | あり(会社法第21条)。同一・隣接市町村で20年間禁止。 | なし。 | なし。 |
| 実務上の対応 | 法定の範囲では不十分なため、契約書で地域や期間(例:全国、10年など)を再設定する。 | 株式譲渡契約書に必ず競業避止義務条項を盛り込む。期間は3年〜10年程度が一般的。 | 分割契約書や合併契約書、または別途覚書などで規定する。 |
どこまで?契約で定めるべき具体的な範囲と期間
競業避止義務を最終契約に盛り込む際、「何を」「どこで」「いつまで」禁止するかを明確に定義する必要があります。ここが曖昧だと、後々「この事業は対象外だと思っていた」という認識のズレが生じ、訴訟に発展するリスクがあります。
対象となる行為と人物の範囲
「競業」の定義は広範囲に及びます。単に同業種の新会社を作るだけでなく、一般に以下のような行為も制限の対象となります。
- 同業他社への就職・役員就任:競合企業の顧問やアドバイザーになることも含まれます。
- 競業事業への出資:自身は経営しなくても、家族や知人名義の会社に出資して実質的に経営に関与するケースです。
- ノウハウや顧客情報の提供:譲受企業の不利益になるような情報の流出です。
- 従業員の引き抜き:キーマンを引き抜いて事業を立ち上げる行為です。
対象者は、主に譲渡企業の経営者(代表取締役)や主要株主ですが、役員やキーマンとなる従業員が含まれる場合もあります。ただし、一般従業員に対して退職後の競業避止義務を課すことは、「職業選択の自由」(憲法22条)との兼ね合いでハードルが高く、合理的な範囲(期間や場所、代償措置の有無)に限定されなければ無効となる可能性があります。
期間と地理的範囲の妥当性
契約期間については、事業譲渡における会社法上の「20年」は実務感覚としては長すぎるため、株式譲渡などの契約では「3年~5年」、長くても「10年」程度に設定されることが一般的です。
地理的範囲については、ビジネスの商圏に合わせます。地域密着型の店舗ビジネスであれば「店舗から半径〇km以内」や「〇〇県内」としますが、全国展開するビジネスやECサイト運営などの場合は「日本国内全域」あるいは「全世界」とするケースもあります。
重要なのは「合理性」です。譲受企業の利益を守るために必要な範囲を超えて、過度に長期間、広範囲にわたって譲渡オーナーの経済活動を制限する内容は、公序良俗に反し無効と判断されるリスクがあります。
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違反した場合のリスクとペナルティ
もし譲渡オーナーが競業避止義務に違反した場合、どのような事態になるのでしょうか。契約違反は単なる「約束破り」では済まされず、経済的・社会的に大きな制裁を受けることになります。
差止請求と損害賠償請求
最も直接的な措置は「差止請求」です。譲受企業は裁判所に対し、競業行為(新会社の営業など)の即時停止を求めることができます。せっかく立ち上げた新事業が、裁判所命令によって強制的にストップさせられるのです。
さらに、「損害賠償請求」も行われます。競業行為によって譲受企業の売上が落ちた場合、その逸失利益(本来得られたはずの利益)や、対応にかかった弁護士費用などが請求されます。M&Aの譲渡対価として受け取った金額の一部、あるいはそれ以上の賠償を求められることもあり得ます。
実際の違反事例(判例より)
ここで、実際に裁判で争われた事例を、守秘義務に配慮しつつ一般化した形で紹介します。
- (事例1)ECサイト譲渡後の類似サイト開設: アパレル関連のECサイトを事業譲渡したオーナーが、譲渡直後に別ブランドを立ち上げ、類似したECサイトを開設しました。「取り扱うファッションのジャンルが違う」と主張しましたが、顧客層が重複しており、譲渡時の顧客リストを利用して営業メールを送っていたことなどから、「不正の競争の目的」があると認定され、事業の差止めと損害賠償が命じられました。
- (事例2)商標酷似商品の販売: クリーニング関連の商品販売事業を譲渡した後、譲渡オーナーが酷似した商標の商品を販売し、既存顧客との取引を再開しました。これも競業避止義務違反と判断され、販売差止めと損害賠償が認められました。
これらの事例から分かるように、形式的に会社を変えたり、商品名を少し変えたりしても、実質的に「顧客を奪う行為」や「ノウハウの流用」があれば、裁判所は厳しく判断する傾向にあります。
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実務上の注意点とトラブル回避のポイント
M&Aの現場でトラブルになりやすいのは、「契約書には書いてあるが、解釈が曖昧だった」というケースです。特に以下の点には注意が必要です。
インターネット事業における「場所」の概念
会社法第21条の「同一市町村および隣接市町村」という規定は、物理的な店舗を前提としています。しかし、ECサイトやWebサービス、システム開発などの事業では、拠点がどこにあろうとインターネットを通じて全国の顧客と取引が可能です。
そのため、ネット関連事業のM&Aの最終契約では、会社法の規定に頼らず、契約書で「競業を禁止する地理的範囲」を「日本国内全域」や「インターネット上のあらゆる取引」と明確に定義する必要があります。ここをあやふやにすると、地方に拠点を移せば同じ事業ができるという抜け穴を作ってしまいかねません。
従業員(キーマン)の引き抜き防止
譲渡オーナー自身が競業しなくても、元部下であった優秀な従業員を引き抜いて、別会社で同じ事業をさせるケースがあります。これも実質的な競業行為とみなされることが多いですが、契約書に「勧誘の禁止」(引き抜き禁止条項)を明記しておくことが重要です。
譲受企業は「人」も含めて対象会社を買収しています。キーマンの流出は事業価値を大きく毀損するため、譲渡オーナーは「退職した社員が勝手についてきた」という言い訳が通じない前提で、慎重に行動する必要があります。
売り手のための競業避止義務に関するFAQ
ここでは、支援現場で譲渡オーナー様からよくいただく質問をまとめました。
スキームによって異なります。事業譲渡の場合は法律上20年(特約で最大30年)ですが、株式譲渡の場合は契約で定めるため、3年から5年程度が一般的で、譲渡オーナーへの依存度が極めて高い場合には10年等とすることもあります。譲渡対価の大きさや業種の陳腐化スピードを考慮して、売り手と買い手の協議で決定されます。
事業内容によります。地域密着型の店舗ビジネス(飲食店や美容室など)であれば、商圏が重ならない遠隔地での開業は許容されるケースが多いです。ただし、ネットビジネス等では「日本全国」や「全世界」等と地域に関わらず禁止するよう契約で定められることが一般的です。
違反になる可能性が高いです。多くのM&A最終契約書では、「自ら事業を行うこと」だけでなく、「第三者の事業への出資」「役員就任」「助言・指導」なども禁止行為として列挙されます。実質的に競業に関与しているとみなされるため、契約書の定義をよく確認する必要があります。
自動的には及びません。従業員には「職業選択の自由」があるため、退職後の競業を制限するには、個別の誓約書や就業規則での規定が必要です。また、その制限も期間や場所が合理的で、代償措置(手当など)がある場合に限り有効とされる傾向があります。
まとめ|M&Aの競業避止義務とは
M&A後の競業避止義務は、買い手が支払った「のれん代」を守るための防波堤であり、売り手にとってはM&A対価を受け取る対価としての重い責任です。事業譲渡では会社法で20年の制限がかかりますが、株式譲渡では契約内容が全てとなります。安易な気持ちでの違反は、差止めや巨額の賠償請求を招き、社会的信用も失墜させます。
当社みつきコンサルティングは、税理士法人グループとしての専門知識と豊富なM&A支援実績を活かし、契約段階からトラブルの芽を摘むためのきめ細やかなサポートを行っています。M&Aアドバイザー、公認会計士、税理士がチームとなり、譲渡オーナー様が安心して引退・再スタートできるよう支援いたします。M&Aをご検討の際は、ぜひ一度ご相談ください。
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著者

- 事業法人第二部長/M&A担当ディレクター
-
ヘルスケア分野に関わる経営支援会社を経て、みつきコンサルティングでは事業計画の策定、モニタリング支援事業に従事。運営するファンドでは、投資先の経営戦略の策定、組織改革等をハンズオンにて担当。東南アジアなど海外での業務経験から、クロスボーダー案件に関しても知見を有する。M&Aの成約実績多数、M&A仲介・助言の経験年数は10年以上
監修:みつき税理士法人
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