M&Aを本で学ぼうとしても、種類が多く何から読めばよいか迷うものです。譲渡を検討するオーナー向けの本を軸に、入門書、企業価値評価、契約や税務の実務書、事業承継、物語まで目的別に厳選しました。検討段階に合わせた選び方や出版年の確かめ方、本だけでは分からない株価や手取りの確認ポイントも紹介します。

M&Aの本は立場と検討段階で選ぶ
「3冊読んだけれど、うちの会社がいくらで売れるのかは分からないまま」。初回の面談で、こうした声を聞くことは珍しくありません。本選びでつまずかないコツは、自分の立場、検討段階、出版年の3点を先に決めておくこと。そもそもM&Aとは何かを押さえ、中小企業のM&Aに特有の事情を知っておくと、どの本も読み進めやすくなります。
売り手のオーナーと実務担当者では選ぶ本が違う
M&Aの本の多くは、企業の担当者や専門家に向けた実務書です。M&Aの基礎知識がある前提で書かれているため、初めて会社売却を考えるオーナーがいきなり読むと、専門用語の多さに疲れてしまいがち。譲渡オーナーは、売却の進め方と自社の値段の決まり方を扱う本から入り、実務書は気になる章を拾い読みする程度で十分です。
検討段階ごとに読む本を入れ替える
同じ本でも、読む時期によって役立ち方は変わります。M&Aの流れに沿って、段階ごとに手に取る本を入れ替えると効率的です。下表に、譲渡オーナーの検討段階別に合う本のジャンルと、合わせて確認したい資料を整理しました。
| 検討段階 | 知りたいこと | 合う本のジャンル | 合わせて確認したい資料 |
|---|---|---|---|
| 売却を考え始めた | M&Aの全体像と基本用語 | 入門書・ムック | 中小M&Aガイドラインの概要資料 |
| 相談先を探している | 仲介とFAの違い、手数料、契約の注意点 | 譲渡オーナー向けの本 | 仲介契約・FA契約のチェックリスト |
| 売却の準備を進めている | 株主や決算書の整理、磨き上げ | 譲渡オーナー向けの本、株主対策の本 | 株主名簿と直近3期分の決算書 |
| 価格や条件を交渉している | 企業価値の決まり方、譲受企業の考え方 | 企業価値評価の本、譲受側の視点を知る本 | 専門家による株価の試算結果 |
| 契約から引き渡しまで | 表明保証、譲渡後の統合 | 契約とPMIの実務書 | 最終契約書の案とリスク事項の説明書 |
迷ったら3冊をこの順番で読む
決めきれないときは、1冊目の入門書で全体像をつかみ、2冊目で譲渡オーナー向けの本から売却の段取りを学び、3冊目の企業価値評価の本で値段の決まり方を押さえる流れがおすすめです。『教養としてのM&A』『セルサイドM&Aの実務』『バリュエーションの教科書』の組み合わせなら、新しい情報と基礎理論の両方に触れられます。契約や税務の実務書は、相談先が決まってから必要な章を読めば足ります。
出版年と版の数字を必ず確かめる
古本で手に入れた1冊が、制度改正の前に書かれた内容だったという行き違いは、意外とよくある話です。M&Aの考え方は古びにくい一方で、制度や税金の記述は数年で入れ替わります。
ガイドラインは数年単位で改訂されている
仲介会社やFA(譲渡側か譲受側の一方だけを支援する助言者)に求められる行動を定めた中小M&Aガイドラインは、2020年3月の策定後、2023年9月と2024年8月に改訂されました。2025年2月には、不適切な譲り受け側に関する情報共有の仕組みについて、運用上の留意点も公表されています。それより前に出た本には、当然こうした動きは載っていません。
改訂を重ねている本は内容を追いかけやすい
事業承継の分野には、2026年4月に17訂版が出た本もあります。版を重ねている本ほど、制度の変化に合わせて手が入ってきた可能性が高いもの。購入前に奥付や出版社のサイトで最新版かどうかを確かめ、古い版を手にしたときは、制度や税金の章だけ最新の公的資料で裏取りすると安心です。
著者の立場で書きぶりが変わる
M&Aの本は、仲介会社、FA、弁護士、公認会計士や税理士、研究者など、さまざまな立場の人が書いています。仲介会社の著者は仲介方式を、FAの著者は一方だけを支援する方式を前提に話を進めることが多く、弁護士は契約、会計士や税理士は価格と税金の記述が厚くなりがち。立場の異なる本を2冊以上読むと、偏りに気づきやすくなります。
会社売却を考えるオーナー経営者におすすめの本
意外に思われるかもしれませんが、M&Aの本のうち譲渡オーナーの立場で書かれたものは一部にとどまるのが実情です。ここでは会社売却の全体像をつかむ本と、売却前の株主整理に役立つ本を分けて紹介します。M&Aのメリットとデメリットを整理したうえで読むと、自社に当てはまる箇所が見つけやすくなるはずです。
売却の進め方と心構えをつかむ本
M&Aの目的が後継者不在の解消なのか、成長のための資本提携なのかで、読むべき箇所は変わります。以下の5冊は、いずれも譲渡オーナーの立場に軸足を置いた本です。
1. セルサイドM&Aの実務
譲渡側の立場で、検討の開始から準備、実行までを順に解説した2026年刊の実務書です。会社と社長個人のお金の線引きや非事業用資産の売却、議決権比率の見直しなど、売却前の準備として手を付ける項目が具体的。最終章では、譲受企業が見込む相乗効果を織り込んだ事業計画づくりを事例で示しています。
セルサイドM&Aの実務(三浦正裕・富田勇治・大西紘司 著、佐武伸 監修/中央経済社)
2. 会社売却とバイアウト実務のすべて
副題が示すとおり、実際のプロセスからスキームの特徴、企業価値評価までを、会社を売る側の目線でまとめた1冊です。同業や取引先への譲渡に限らず、複数のスキームを比べながら検討したいオーナーに向いています。2018年刊のため、制度に関わる記述は最新の資料と照らし合わせながら読み進めてください。
会社売却とバイアウト実務のすべて(宮﨑淳平 著/日本実業出版社)
3. あなたの会社は高く売れます 決定版・小さな会社のM&A
中小から中堅企業の会社売却を、譲渡オーナーに向けて平易に解説した2019年刊の本です。赤字や債務超過、後継者不在でも売却に至った事例のほか、安く買いたたかれたトラブル事例と回避策も紹介されています。売却前に会社の価値を高める磨き上げについても、具体的な考え方が示されています。
あなたの会社は高く売れます 決定版・小さな会社のM&A(岡本行生 著/ダイヤモンド社)
4. 損をしない会社売却の教科書 中小企業のためのM&A戦略
会社の売却を経営者人生の締めくくりの大仕事と位置づけ、業者に任せきりにしない姿勢を説く本です。仲介方式の問題点やアドバイザー契約の妥当性を論じ、事前準備の進め方には特に多くの紙幅を割いています。仲介の利益相反をどう考えるかは、当社のような仲介会社に相談する前に整理しておきたい論点。読んでおくと、面談で確かめるべき質問がはっきりします。
損をしない会社売却の教科書(江野澤哲也 著/ビジネス社)
5. M&Aアドバイザー 企業買収と事業承継の舞台裏
政府系金融機関でM&Aの助言に携わった著者が、3つの案件の始まりから結末までを描いた新書です。大手メーカーによる海外企業の譲受、中小企業オーナーの事業承継、親会社から独立するMBO(経営陣による自社株式の買い取り)と題材が幅広く、交渉が決裂しかける場面も率直に書かれています。
M&Aアドバイザー 企業買収と事業承継の舞台裏(山本貴之 著/エネルギーフォーラム)
売却前の株主整理に役立つ本
配偶者や子、親族、かつての役員が少しずつ株式を持っている会社は少なくありません。譲受企業の多くは全株式の取得を望むため、少数株主の整理は売却準備の山場になりやすい部分です。
6. 株主管理・少数株主対策ハンドブック
弁護士が中心となって2022年にまとめた本で、株主名簿や名義株、所在不明株主の扱いから、議決権を集める手法までを事例と記載例で解説しています。現状把握や議決権の確保に関するチェックリストが付いており、自社がどの論点に当たるかを確かめながら読み進められます。
株主管理・少数株主対策ハンドブック(加藤真朗 ほか著/日本加除出版)
7. 超図解 事業承継における親族株主対策
親族の株主が経営に反対する少数株主へ変わってしまうケースや、株式買取業者が絡むトラブルを取り上げ、定款の見直しや遺言による備えを示した2026年刊の本です。相続で株式が散らばる前に、先手を打っておきたいオーナーの参考になります。
超図解 事業承継における親族株主対策(牧口晴一・齋藤孝一・窪田祐一 著/清文社)
M&Aの全体像をつかむ入門書
最初の1冊に分厚い専門書を選んで、数十ページで手が止まってしまうのは、経営者からよく聞くありがちな失敗です。入門書は図解や物語で全体像をつかめるものを選び、M&Aの意味や用語につまずいたら辞書代わりに読み返すと、効率よく読み進められます。
8. 日本初のM&A専業ファームが書いた 教養としてのM&A
M&Aの基本的な仕組みを、図解とデータを交えて平易に解説した2026年刊の入門書です。プロセス、関係者の役割、企業価値評価と価格交渉、デューデリジェンス(譲受企業が行う詳細な調査)、譲渡後の統合まで一通り扱い、中小企業の事業承継とM&Aにも1章を割いています。
教養としてのM&A(レコフ・リサーチ部 編/日本経済新聞出版)
9. M&A入門 2026年版
中小企業がM&Aに取り組む際の基本情報を、事業承継や販路拡大などの目的別にまとめたムックです。市場動向、支援機関と専門家、手法と進め方、業種別のポイント、税制や支援制度の5部構成で、用語集も付いています。年版で刊行されるため、購入時は最新の年版を選ぶのが無難です。
M&A入門 2026年版(日本経済新聞出版 編/日経ムック)
10. 図解でわかるM&A入門
M&Aの基本から歴史、譲渡側と譲受側それぞれの流れ、失敗しやすい理由までを図解で整理した2020年刊の入門書です。著者はM&Aアドバイザリー会社の実務家で、アドバイザーの実態や上手な付き合い方にも触れています。
図解でわかるM&A入門 買収・出資・提携のしくみと流れの知識が身につく(桂木麻也 著/翔泳社)
11. M&Aがわかる
新書サイズの日経文庫なので、出張の移動中などにも読み進めやすい1冊です。2025年2月に新装版が出ており、M&Aの基本を短い時間で押さえたい方の入口になります。
M&Aがわかる 新装版(知野雅彦・岡田光 著/日経文庫)
12. ストーリーでわかる初めてのM&A
弁護士と公認会計士の資格を持つ著者が、M&Aの現場をストーリー仕立てで描いた2019年刊の本です。譲受側の会社、法務、財務の担当者がそれぞれ何をしているかを追体験でき、各話の後に実務の要点と書式例が続きます。相手方の社内で何が起きているかを知る教材にもなる1冊。
ストーリーでわかる初めてのM&A 会社、法務、財務はどう動くか(横張清威 著/日本加除出版)
会社の値段の決まり方を知る企業価値評価の本
「会社の値段は決算書の純資産で決まる」。そう考えるオーナーは多いものの、実際の譲渡価格の決まり方はもう少し複雑です。将来の稼ぐ力や、譲受企業が見込む相乗効果も価格に反映されるため、企業価値評価の考え方を本で一度押さえておくと、提示額の根拠を読み解きやすくなります。
13. バリュエーションの教科書
企業価値の考え方を、M&Aの実務と結び付けて解説した2016年刊の定番書です。計算式を暗記するより、なぜその値段になるのかという理屈をつかむのに向いています。数字に強いオーナーなら、提示された株価算定書を読み解く下地が身につきます。
バリュエーションの教科書 企業価値・M&Aの本質と実務(森生明 著/東洋経済新報社)
14. 図解でわかる企業価値評価のすべて
会計系のアドバイザリー会社が、企業価値評価の主な手法を図解で整理した本です。純資産に着目する方法、将来の利益や現金の流れに着目する方法、似た会社と比べる方法の違いが、図で直感的に分かります。2011年刊とやや古いものの、評価手法の基本を学ぶ用途なら今も役立つ1冊。
図解でわかる企業価値評価のすべて(KPMG FAS 著/日本実業出版社)
手続・税務・契約を深く知る実務書
契約書や税務の専門書を、オーナー自身が隅から隅まで読む必要はありません。ただ、どの段階で何が決まるのかを知っておくと、専門家の説明を聞き流さずに済みます。以下は、気になる章から拾い読みする前提で選んだ実務書です。
15. この1冊でわかる!M&A実務のプロセスとポイント
M&Aの流れを段階ごとに区切り、それぞれの場面で押さえるべき実務のポイントを整理した本です。2022年に第2版が出ています。全体の工程表を頭に入れたいときに通読し、その後は手元に置いて、迷ったときに該当する段階を開く使い方が便利です。
この1冊でわかる!M&A実務のプロセスとポイント 第2版(大原達朗・松原良太 著/中央経済社)
16. M&A実務ハンドブック 第9版
事業承継でのM&A活用が増えている状況を踏まえ、中小企業のM&Aを主な対象に、スキーム、会計、税務、企業評価、契約の進め方を1冊にまとめています。公認会計士の著者陣による2024年刊の第9版で、税務の章は手取りを考える前の下調べにも使えます。
M&A実務ハンドブック 第9版(安井淳一郎・岡田昌也・越智多佳子 著/中央経済社)
17. 弁護士・公認会計士の視点と実務 中小企業のM&A
弁護士と公認会計士が、スキームの選択からクロージングまでを図を使って解説した、600ページを超える大部の本です。中小M&Aガイドラインへの言及、デューデリジェンスのチェックリスト、13の事例解説を収録しており、自社と似た事例から読み進める使い方ができます。2023年刊の第2版。
第2版 弁護士・公認会計士の視点と実務 中小企業のM&A(加藤真朗 編著/日本加除出版)
18. 企業買収の実務プロセス 第3版
M&Aの実務をプレ、実行、ポストの3つのフェーズに分け、時系列で解説したロングセラーです。2021年の第3版で会社法や税制の改正を反映し、株式交付の項目も加わりました。譲受側の担当者が手にすることの多い本なので、相手の段取りを知る目的で目を通すのも一案です。
企業買収の実務プロセス 第3版(木俣貴光 著/中央経済社)
19. M&Aの契約実務 第2版
株式譲渡契約を中心に、M&Aの契約で使われる典型的な条項を解説した本です。表明保証(主に譲渡側が、会社の状況が説明どおりであると保証する条項)や補償、解除など、譲渡後のトラブルにつながりやすい条項の意味をつかめます。法律事務所の弁護士陣による2018年刊で、当時の民法改正にも対応しています。
M&Aの契約実務 第2版(藤原総一郎 編著/中央経済社)
買い手の考え方を知るための本
交渉の場で譲渡オーナーが不利になりやすいのは、相手の頭の中が見えないからです。譲受企業はシナジー効果や譲渡後の統合にかかる費用を見込んで、価格を考えます。相手側の本を読むことは、交渉の地図を手に入れるようなもの。
20. M&Aを成功に導く ビジネスデューデリジェンスの実務 第4版
譲受側が事業の実態を調べるビジネスデューデリジェンスを、基礎から進め方、業種別の着眼点まで約600ページで解説しています。2018年刊の第4版で、分析結果を整理するチャート集も収録。譲受企業がどこを見るかを先に知っておけば、調査の場面で慌てずに済みます。
M&Aを成功に導く ビジネスデューデリジェンスの実務 第4版(PwCアドバイザリー合同会社 編/中央経済社)
21. サラリーマンは300万円で小さな会社を買いなさい
後継者がいない中小企業を個人が譲り受け、経営者になる道を会社員に向けて説いた2018年刊の新書です。譲渡オーナーにとっては、個人の譲受希望者が何を期待しているのかを知る材料になります。ただし、借入の返済や保証の差し替えに対応できる資金力があるかは、別に見極めが要る点です。
サラリーマンは300万円で小さな会社を買いなさい(三戸政和 著/講談社+α新書)
22. JTのM&A 日本企業が世界企業に飛躍する教科書
JTの経営幹部として海外の大型案件に関わった著者が、譲受の判断から統合の進め方までを振り返った2015年刊の本です。規模は中小企業と桁違いですが、譲受企業が統合後の経営をどれほど重く見るかがよく伝わります。JTの海外M&Aの経緯と合わせて読むと、理解が深まります。
JTのM&A 日本企業が世界企業に飛躍する教科書(新貝康司 著/日経BP)
事業承継とM&A後の統合(PMI)を学べる本
株式を引き渡した日が、会社にとっては新しいスタートの日。社員や取引先にとっての本番は、譲渡後に始まります。事業承継型M&Aを考えるなら、承継の制度と譲渡後の統合の両方を知っておくと安心です。
23. 図解即戦力 事業承継の進め方と要点がこれ1冊でしっかりわかる本
中小企業庁での勤務経験がある弁護士と資産税に強い税理士が、親族内承継、従業員承継、M&Aの3つの方法をオールカラーで解説した2026年刊の入門書です。名義株や所在不明株主への対応、経営者保証の解消、事業承継税制まで扱っており、売却と親族への承継を比べたいオーナーにも役立ちます。
図解即戦力 事業承継の進め方と要点がこれ1冊でしっかりわかる本(伊藤良太・梅田篤志・髙橋大貴 著/技術評論社)
24. 図解&イラスト 中小企業の事業承継
中小企業の事業承継を図解とイラストで解説し、改訂を重ねてきたロングセラーです。2026年4月に17訂版が出ており、税制や制度の変化を追いかけやすいのが強み。親族に継がせるか、第三者に譲るかで迷っている段階で、読んでおきたい本です。
図解&イラスト 中小企業の事業承継 17訂版(牧口晴一・齋藤孝一 著/清文社)
25. 事業承継のツボとコツがゼッタイにわかる本
事業承継で問題になりやすい法務や税務の論点を、項目ごとに区切って解説した本です。必要な項目だけを拾い読みできるため、承継の段階に合わせて確認したいときに重宝します。2019年刊の第2版なので、税制の記述は最新の情報と照らし合わせてください。
事業承継のツボとコツがゼッタイにわかる本 第2版(みんなの事業承継研究会 著/秀和システム)
26. PMIの実務プロセス
PMI(譲渡後の経営統合)について、失敗事例と成功のポイント、ビジョンや戦略の統合、人事や財務など機能別の進め方を解説した2023年刊の実務書です。中小企業庁の中小PMIガイドラインにも触れています。M&A後の雇用や処遇がどう扱われるかを、譲受側の手順から理解できます。
PMIの実務プロセス(木俣貴光 編著/中央経済社)
物語とノンフィクションで読むM&Aの本
実務書で頭が疲れたら、物語の本に切り替えるのも手です。交渉の駆け引きや当事者の迷いを追体験できる点で、実務書にはない効き目があります。ただし描かれるのは大企業や海外の大型案件が中心で、中小企業の会社売却とは前提が違う点には注意が必要です。M&Aを描いた小説は、業界の空気を知る入口にもなります。
27. 新版 企業買収 海外事業拡大を目指した会社の660日
大手食品メーカーが中堅の水産物商社を譲り受けるまでを描いた実務小説です。人間関係や駆け引きを物語で追いながら、要所ごとに実務の勘所が示されます。2026年8月の新版では、アクティビスト(物言う株主)への対応など、近年の論点が加わりました。
新版 企業買収 海外事業拡大を目指した会社の660日(木俣貴光 著/中央経済社)
28. ゴールドマン・サックスM&A戦記
外資系投資銀行で日本のM&A助言業務を率いた著者が、関わった案件を振り返るノンフィクションです。大企業同士の再編の舞台裏が中心ですが、助言者が依頼主のために何を考えて動くのかが伝わり、アドバイザーを見る目を養うのにも役立ちます。
ゴールドマン・サックスM&A戦記(服部暢達 著/日経BP)
29. 野蛮な来訪者 RJRナビスコの陥落
1980年代の米国で起きた、RJRナビスコをめぐる巨額のLBO(譲り受ける会社の資産や収益を返済の原資にした借入による譲受)の争奪戦を描いた上下巻のノンフィクションです。経営陣と投資ファンドの攻防から、利害が絡むと人がどう動くかが見えてきます。2017年に新版が出ています。
〔新版〕野蛮な来訪者 RJRナビスコの陥落(ブライアン・バロー、ジョン・ヘルヤー 著/パンローリング)
30. 日本のM&Aの歴史と未来
1980年代の黎明期から現在までの日本のM&Aをたどり、今後を展望した2021年刊の本です。初期の専業会社の歩みに加え、中小企業のM&Aを取り巻く状況にも章を割いています。日本のM&Aの歴史を知っておくと、事業承継の手段として広がった背景が見えてきます。
日本のM&Aの歴史と未来(金融財政事情研究会 編/きんざい)
本と一緒に読みたい無料の公的資料
本代をかけずに読める一次資料もあります。国が公表する資料は制度改正に合わせて更新されるため、本の情報が古くなっていないかを確かめる物差しとして使えます。
中小M&Aガイドライン(第3版)
中小M&Aガイドラインは、中小企業のM&Aの進め方と、仲介会社やFAに求められる行動をまとめた資料です。2024年8月の第3版が現行版で、本編のほか概要資料やQ&Aも中小企業庁の公表ページから入手できます。
参考資料は譲渡オーナーの実務に直結する
本編より先に目を通してほしいのが参考資料です。譲渡額の算定方法、仲介契約やFA契約を結ぶ際のチェックリスト、各種契約書のサンプル、中小M&A時の経営者保証の取扱いなどがそろっています。契約書のサンプルは2025年12月時点版に更新されており、相談先と契約を結ぶ前に読んでおくと安心です。
事業承継ガイドラインと中小PMIガイドライン
親族内承継も含めて選択肢を比べたいなら、2022年3月に改訂された事業承継ガイドラインの第3版が、全体像をつかむ出発点になる資料です。譲渡後の統合については、譲受側が取り組むべき事項を整理した中小PMIガイドラインが同じく2022年3月に公表されており、譲渡後に社員や取引先がどう扱われるかを知る手がかりになります。
公的な相談窓口と支援機関の登録制度
全国に設置されている公的な相談窓口として事業承継・引継ぎ支援センターがあり、M&Aを含む事業承継の相談を受け付けています。民間の仲介会社やFAを選ぶ際は、国のM&A支援機関登録制度に登録しているかどうかも確認の目安のひとつ。
本だけでは分からない会社売却の論点
何冊読めば、自社を売る準備が整うのでしょうか。正直なところ、冊数で答えが出る問題ではありません。本が示してくれるのは地図であり、自社がどこにいて、どの道を通るべきかは個別の事情で決まるものです。
自社の株価と手取り額は本の計算例どおりにならない
本の計算例は、分かりやすさを優先して条件を単純にしています。実際の会社に当てはめると、前提の違いが数字のずれとなって表れるのが普通です。
年買法の目安は修正を加えて初めて使える
中小企業の売却では、時価に引き直した純資産に営業利益の数年分を加える年買法が目安としてよく使われます。ただ、役員報酬の水準、保険積立金、不動産の含み損益、未計上の退職金などを修正しないまま計算すると、提示額との差に戸惑うことに。支援現場では、決算書の数字を譲受企業の目線で引き直すところから試算を始めます。
税金と手取りは売り方と金額で変わる
株式を譲渡したときの税負担は、売り方や売却額によって変わります。基本となる税率と、2027年分からの見直しを押さえておきましょう。
株式譲渡の税率は20.315%が基本
個人が株式を譲渡して得た利益には、所得税15%と住民税5%に、復興特別所得税(所得税額の2.1%)を加えた20.315%がかかるのが基本です(国税庁のタックスアンサー)。ただし手取り額は、役員退職金を組み合わせるかどうかや、株式の取得費によっても変わります。
2027年分から高額所得への追加負担が重くなる
極めて高い水準の所得に対する負担の適正化措置、いわゆるミニマムタックスは、2026年度の税制改正で見直されました。2027年分の所得から、特別控除額が3.3億円から1.65億円に下がり、税率は22.5%から30%に上がります。売却額が大きくなりそうなオーナーほど、売却時期の検討を早めに始めたいところです。
支援現場で多い読書後のつまずき
本で知識を得たオーナーほど、はまりやすい落とし穴があります。共通するのは、本の一般論をそのまま自社に当てはめてしまうことです。
社内や取引先に早く話してしまう
本で学んだ勢いで、幹部社員や主要な取引先に構想を早めに打ち明けてしまう例は後を絶ちません。話が広がると社員の動揺や取引先の不安を招き、条件交渉にも響きます。支援現場では、誰にいつ伝えるかを売却の工程表に組み込み、最終契約の前後までは限られた人にとどめるのが一般的です。
経営者保証の扱いを詰め切れない
借入に付いている経営者保証は、株式を譲渡しただけでは外れません。実務では、譲受企業による保証の解除や差し替えへの協力を、最終契約でどう定めるかが要点になります。年商10億円前後で借入のある製造業などでは、価格交渉に意識が向き、保証の扱いを後回しにしたまま基本合意へ進みかける場面は、よく見かけます。
本を読んだ後に確認したいチェックリスト
本で得た知識を自社に当てはめるために、支援現場で売却準備の初期に確認する項目を下表にまとめました。答えに詰まる項目が1つでもあれば、そこが準備の出発点です。
| 確認項目 | 見ておきたい資料 | 放置した場合に起こりやすいこと |
|---|---|---|
| 株主の実態 | 株主名簿、過去の株式移動の記録 | 名義株や所在不明株主が見つかり、全株式の譲渡が遅れる |
| 決算書の修正項目 | 直近3期分の決算書、勘定科目内訳書 | 役員報酬や社長個人に近い経費の扱いで、譲受企業と価格の見方がずれる |
| 借入と経営者保証 | 金銭消費貸借契約書、保証契約書 | 保証の解除条件を詰めないまま契約交渉が進む |
| 主要な契約の条項 | 取引基本契約書、不動産の賃貸借契約書 | 株主が変わると契約を見直せる条項に気づかず、取引先との調整が後手に回る |
| 許認可と労務 | 許認可証、就業規則、勤怠と残業代の記録 | 調査で未払残業代などが見つかり、価格の引き下げを求められる |
| 会社と社長個人の資産 | 不動産の登記簿、社長への貸付金や社長からの借入金の明細 | 会社と個人の資産が混ざり、譲渡対象の線引きに時間がかかる |
M&Aの本に関するFAQ
M&Aの本を手に取る段階で、経営者からよく寄せられる質問をまとめました。
読み終えるのを待つ必要はありません。入門書を1冊読み、用語がおおよそ分かった段階で相談すると、面談の中身が濃くなります。現場では、相談で自社の論点が見えてから関連する章を読み直す方が効率的です。初回の相談を無料で受け付ける相談先も多く、本と並行して使うのが現実的。
意外に見落とされるのが、購入の痕跡です。会社の経費で本を買うと、領収書や購入履歴が経理担当者の目に触れます。個人の端末で電子書籍を読む、会社宛てに取り寄せないといった小さな配慮が、情報管理につながります。社内のパソコンに残る検索履歴にも気を配りたいところです。
現場ではまず前提条件の違いを確かめます。大企業向けか中小企業向けか、いつ出版された本か、株式譲渡か事業譲渡かで結論が変わるためです。そのうえで説明の根拠を担当者に尋ね、それでも納得できなければ、別の専門家に意見を求めてもかまいません。
本は体系的な理解に、セミナーや動画は最新の動きを知るのに向いています。ただし仲介会社や金融機関が主催するセミナーは、自社サービスの案内を兼ねていることも。主催者の立場を踏まえて聞き、気になった論点は本や公的資料で裏取りする使い方がおすすめです。
M&Aの本で基礎を固め、自社の価格と手取りは専門家と確かめる
M&Aの本は、立場、検討段階、出版年の3点で選ぶと外れにくくなります。譲渡オーナーは売却の進め方と企業価値評価の本から入り、契約や税務の実務書は必要な章を拾い読みすれば十分です。初めての売却で不安を覚えるのは自然なことで、知識を少しずつ積み上げれば、判断の軸は見えてきます。
みつきコンサルティングは、税理士法人グループのM&A仲介会社として、中小企業のM&Aを数多く支援してきました。本では分からない自社の株価の目安や手取り額、売却までの段取りを、会計と税務の視点から一緒に整理します。まずはお気軽にご相談ください。
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著者

- 事業法人第三部長/M&A担当ディレクター
-
宅食事業を共同経営者として立ち上げ、CFOとして従事。みつきコンサルティングでは、会計・法務・労務の知見を活かし、業界を問わず、事業承継型・救済型・カーブアウト・MBO等、様々なニーズに即した多数の支援実績を誇る。M&Aの成約実績多数、M&A仲介・助言の経験年数は10年以上
監修者 神門 剛 代表取締役 / 公認会計士・税理士
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