企業価値評価に大きく関わる減価償却は、単なる会計処理にとどまらず、中小企業経営の戦略にも直結します。耐用年数や計算方法などの基礎から、将来キャッシュフローや税効果まで詳しく解説し、正しい理解と実践をサポートします。
減価償却とは
減価償却とは、事業に使用する固定資産を取得した際、その取得金額を資産の耐用年数にわたって費用配分する会計処理のことです。たとえば、取得価額200万円の設備を耐用年数10年で使用する場合、毎年20万円ずつ費用として計上し、会社の損益を正しく反映します。これは中小企業のオーナー経営者にとって、節税や資金繰り、企業価値評価に影響を及ぼす重要なポイントです。
減価償却の考え方は「費用収益対応の原則」に基づいています。一度に全額費用計上すると、その年度だけ赤字が膨らみ、翌年以降には本来発生すべき費用が計上されません。そこで耐用年数に応じて費用を配分し、収益と費用を見合うように処理します。
減価償却の目的
- 経営実態を反映するため
高額な資産を購入した場合、一括で経費計上すると年度ごとの利益が大きく変動します。減価償却により、資産から得られる効果に見合った形で経費を配分し、会社の実態に沿った経営成績を示すことができます。 - 節税のため
資産の取得時に全額経費としない代わりに、毎年一定額の減価償却費を計上することで、継続的に利益を圧縮し、結果として節税効果が期待できます。翌年以降も経費として計上できるため、法人税負担を平準化できるメリットがあります。 - 資金計画の立案
会計上は費用計上していても、実際には購入時の支出がすでに発生しているため、資金そのものが年度ごとに新たに出ていくわけではありません。したがって、キャッシュフロー上の支出と会計上の費用とが分かれる点を認識し、長期的な資金計画に活かすことができます。
減価償却の対象となる資産(減価償却資産)
減価償却資産とは、取得金額が10万円以上で1年以上使用する、時間の経過や使用により価値が下がる事業用資産を指します。主な例として、以下のような有形・無形固定資産があります。
有形固定資産
- 建物や建物附属設備
- 機械装置
- 車両運搬具
- 工具・器具・備品 など
無形固定資産
- ソフトウェア
- 特許権
- 商標権
- のれん など
一方で、土地は原則として価値が下がらないため減価償却の対象外です。骨董品・美術品なども価値が下がらないと考えられるため対象外となります。
減価償却できない資産
- 土地
- 借地権
- 骨董品・美術品
- 稼働休止中の固定資産 など
たとえ事業で使うものであっても、経年劣化による価値の減少が認められない場合は減価償却できません。
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減価償却の会計処理
減価償却費の計算方法はいくつか存在し、資産の種類や使用状況に応じて適切な方法を選びます。ここでは、代表的な定額法・定率法・生産高比例法、そして仕訳処理の直接法・間接法について解説します。
償却方法
どのように毎期、償却費を計算していくかを説明します。
定額法
定額法は、取得原価から残存価額を差し引いた金額を耐用年数で均等に割り、毎期同額を減価償却費として計上する方法です。
計算式の一例は以下のとおりです。
減価償却費 =(取得原価 − 残存価額) ÷ 耐用年数
毎期、同額の費用を計上するので、利益のブレが少なく安定した経営計画を立てやすい点が特徴です。
定率法
定率法は、資産の簿価(未償却残高)に一定の償却率を掛けて減価償却費を求める方法です。初年度の減価償却費が大きく、年を経るごとに費用が減少していくため、資産の価値が初期に急速に落ちる場合や技術革新の早い資産に適しています。
計算式の一例は以下のとおりです。
減価償却費 = 期首簿価 × 定率
生産高比例法
生産高比例法は、資産の利用状況(当期の生産量や使用量)に応じて減価償却費を計算する方法です。鉱山や油田、特定の生産量に連動して価値が減少する資産に適用されます。特殊な業種でのみ採用される方法です。
減価償却費 =(取得原価 − 残存価額)×(当期生産高 ÷ 総予定生産高)
仕訳(表示方法)
会計上の仕訳には、資産の帳簿価額を直接減らす「直接法」と、減価償却累計額という勘定科目を用いる「間接法」があります。
直接法
取得原価から減価償却費をそのまま差し引く仕訳方法です。シンプルな処理ですが、資産の元の取得額が分かりにくくなる側面があります。
間接法
減価償却累計額という勘定科目を別途設け、固定資産の取得原価はそのまま残しておき、累計償却費を積み上げていきます。資産の取得額と償却累計額の両方が把握しやすいので、固定資産が多い企業でよく用いられます。
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減価償却のメリットとデメリット
減価償却は会計上の必要性に加え、経営や企業価値評価にとってメリットが大きい一方で、注意点も存在します。
メリット
減価償却がもたらすメリットです。
節税効果
高額資産を一括で経費にせず、耐用年数に応じて計上していくことで、毎期の利益を適度に圧縮し、法人税の負担を平準化できます。
資産が社内に残る
会計上は費用を計上していても、資金流出は取得時点で完了しているため、その後の年度には現金支出が伴いません。経費を計上しつつ、会社の手元資金を有効活用しやすいという特徴があります。
正確な損益把握
耐用年数に沿った費用配分によって、経営実態をより正確に示せます。一時的な費用偏重がなくなるため、複数年にわたる経営戦略や資金計画を立てやすくなります。
デメリット
強いて挙げれば、会計処理の煩雑さが挙げられます。資産ごとに耐用年数を調べ、定率法・定額法などの選択、税制改正への対応といった手間がかかることです。ただし、難解な処理が要求されるわけではなく、税理士や会計事務所のサポートを受ければスムーズに対応が可能です。
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減価償却と企業価値評価の関係
減価償却は単に費用を計上する会計処理ではなく、企業の利益水準や資産評価に影響し、結果として企業価値を左右します。特に以下の2点は、中小企業のオーナー経営者が注意すべき重要な視点です。
財務諸表への影響
減価償却費を多く計上すれば、損益計算書上の利益は減少します。一方、貸借対照表では、固定資産の帳簿価額(取得原価−減価償却累計額)を低下させます。固定資産が多い業種や設備投資負担が大きい企業ほど、減価償却のタイミングや方法が企業の利益水準を大きく左右するため、企業価値評価の基礎となる財務情報に大きな影響を及ぼします。
キャッシュフローへの影響
キャッシュフローの観点では、減価償却費は現金の流出を伴わない費用です。たとえば、DCF法(ディスカウンテッド・キャッシュフロー法)に基づく企業価値算定では、当期利益に減価償却費を加算するなど、キャッシュフローの算定において重要な調整項目となります。EBITDA(利息・税金・減価償却費・償却費控除前利益)が評価指標として注目されるのも、減価償却費がキャッシュアウトフローを伴わない点を考慮するためです。
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評価手法ごとの減価償却の考慮
減価償却は、企業が保有する固定資産の価値配分や将来キャッシュフローに大きく影響を与えます。企業価値を算定する主要な方法としては、DCF法(ディスカウンテッド・キャッシュフロー法)、マルチプル法、純資産法などが挙げられますが、これらの評価手法それぞれにおいて減価償却の取り扱い方が重要となります。
DCF法における減価償却
DCF法は、将来生み出されるキャッシュフローを現在価値に割り引いて企業価値を求める方法です。
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安定期の投資と減価償却
多くの評価モデルでは、企業が成熟期や安定期に入ると「設備投資額 ≒ 減価償却費」という前提を置きます。これは企業が資産を更新しつつ現状の生産能力を保つ程度の投資を行うと想定しているためです。実際には業種や企業戦略によって大きく異なる場合もあるので、オーナー経営者は自社の設備状況や今後の投資計画を丁寧に織り込むことが必要です。
フリーキャッシュフローの計算式
DCF法では、一般的に以下のようなフリーキャッシュフロー(FCF)を用いることが多いです。
FCF = 税引後営業利益 + 減価償却費 - 設備投資額 - 運転資本増加額
ここで、減価償却費は会計上の費用であって実際のキャッシュアウトフローではないため、税引後営業利益に加算し、設備投資の支出を差し引いてフリーキャッシュフローを求めます。
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マルチプル法における減価償却
マルチプル法(類似会社比較法)は、類似企業の指標(PER、EV/EBITDA等)を参照して企業価値を推定する方法です。その中でも、減価償却との関係が深い指標としてEBITDAがあります。
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EV/EBITDA倍率
EBITDA(営業利益+減価償却費+償却費)は減価償却の影響が利益から除かれている指標であるため、技術革新のペースや減価償却方法の違いによる財務諸表への影響をある程度吸収できます。そのため、異なる会計基準や設備投資状況の企業を比較しやすい指標として注目されます。
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設備投資の考慮
ただし、EBITDAには設備投資の支出が反映されません。設備投資額が大きい企業を単にEBITDAで評価すると、将来のキャッシュアウトフローが十分考慮されず、実際より企業価値が割高に見える可能性があります。そのため「維持的設備投資」を差し引いた調整EBITDAを用いて評価する場合もあります。
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純資産法における減価償却
純資産法(時価純資産法)は、貸借対照表の資産・負債を時価ベースに修正し、そこから算定した純資産額により企業価値を求める方法です。
不動産などの固定資産の評価
減価償却が進み、帳簿価額が低くなった建物や設備であっても、実際の市場価値が大きく下がっていない(または上昇している)ケースは無いではありません。逆に、技術的な陳腐化や物理的な老朽化が進んでいる場合には、帳簿価額より市場価値が低いケースもあり得ます。
含み益・含み損の考慮
純資産法では、帳簿価額と時価との差額として生じる含み益や含み損を調整することが重要です。もし含み益が大きければ簿価上の減価償却費を計上していたとしても、実際の時価ベースでは企業価値は高まる場合があります。
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業種別の減価償却の影響
減価償却の影響は、保有資産や事業モデルによって異なります。ここでは製造業、不動産業、IT・ソフトウェア業を例に、それぞれの特徴を紹介します。
製造業
製造業は生産設備への投資額が大きく、設備投資と減価償却費のバランスが非常に重要です。
設備更新のタイミング
大規模な設備を導入すると、初期の減価償却費が一時的に大きくなり、利益が圧迫される場合があります。その一方で、新しい設備導入により生産効率が上がり、将来的に売上高や利益を高める効果が期待できます。
老朽資産の扱い
使用年数が長い設備を抱える企業では、更新を先延ばしにして表面上の利益を高めているケースも存在します。譲受企業側としては、今後必要となる設備投資額を適正に見積もるために、固定資産の老朽度合いやメンテナンス状況を丁寧に確認する必要があります。
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不動産業
不動産業の場合、物件の価値そのものが減価償却の進行状況とは別に変動します。
帳簿価額と時価の差
好立地の不動産は建物の帳簿価額こそ減価償却で下がっていても、市場価値はむしろ高い可能性があります。このような含み益は純資産法において大きく影響し、企業価値を底上げする要因となるでしょう。
修繕費・維持費との兼ね合い
減価償却費に加え、実際の修繕費や維持管理費が大きくなるかどうか、長期的な視点で検討します。大規模修繕が必要か否かで将来のキャッシュフローが変動し、その点を織り込んだ上で企業価値を判断することが大切です。
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IT・ソフトウェア業
IT・ソフトウェア業界では、ソフトウェア資産や知的財産の価値が企業価値に大きく寄与します。
開発費の資産計上と減価償却
ソフトウェアは開発段階の研究開発費が費用処理される一方、製品化された段階以降の制作費が資産計上され、定率法などで減価償却されることがあります。しかし、技術革新が早い分野では、帳簿価額と実際の価値が大きく乖離することもあるため注意が必要です。
陳腐化リスク
新技術の登場や市場環境の変化によって、ソフトウェアが短期間で陳腐化してしまうリスクもあります。帳簿上はまだ価値が残っていても、実質的な競争力を失っている場合は早期に減損処理が必要となります。
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会計基準の違いと企業価値評価への影響
減価償却の計算に関する基準は、日本基準(日本の会計基準)、IFRS(国際財務報告基準)、米国会計基準(US GAAP)などで細部が異なります。日本企業であっても上場企業ではIFRSの採用が徐々に拡がっているため、そのような企業が譲受側となるM&Aや海外企業との比較評価が絡む場合は、これらの基準の違いに注意が必要です。
日本基準とIFRSの違い
代表的な違いとして、IFRSではコンポーネントアカウンティングが採用され、建物などの主要な構成要素を分けて減価償却を行う場合があります。一方、日本基準では通常、建物をひとまとまりとして減価償却するなど、よりシンプルな取り扱いが多いです。
また、減損会計や耐用年数の定期見直しに関しても差があり、これらの差異は企業の減価償却費や簿価に影響し、最終的な企業価値評価を変動させる要因になります。
会計基準の違いを考慮した企業価値評価
財務諸表の調整
IFRSを採用する譲受企業が国内採用する日本企業をM&Aで譲り受ける際、まずは評価対象企業の財務諸表を同じ会計基準に合わせて調整し直すことが考えられます。
キャッシュフローベースの評価
DCF法やEV/EBITDAなどのキャッシュフローベースの指標は、会計基準の違いの影響をある程度緩和できます。
複数手法の併用
純資産法やPER(株価収益率)といった会計数値に左右される方法と、EBITDA倍率などを併用して評価するアプローチも一般的です。
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減価償却と税効果
減価償却費は、税務上の損金として認められる部分と会計上の費用として認識される部分が食い違うケースがあります。これらは繰延税金資産・負債として計上され、企業価値評価に影響を与えることがあります。
会計上と税務上の差異
会計上の減価償却と税務上の減価償却の差異としては、以下のような点が挙げられます。
償却方法の違い
会計上は定率法を採用しているが、税務上は特定の資産について定額法が義務付けられるなど、償却方法に違いが生じることがあります。
耐用年数の違い
会計上は実際の使用可能期間を考慮し、税務上は法定耐用年数に従うといった差も典型例です。
減損処理
会計上は減損処理を早期に行っても、税務上は認められない場合が多いです。
これらの差異は、一時的に課税所得の金額を増減させます。
繰延税金と企業価値評価
繰延税金資産や繰延税金負債は、将来の税金負担を増減させる要素であり、企業価値に影響を与えます。
DCF法での調整
将来キャッシュフローを予測する際、一時差異の解消によって税金負担が増減すると考えられるならば、その影響を慎重に見積もる必要があります。
時価純資産法での反映
時価ベースで純資産を評価する際、繰延税金資産・負債がどの程度実現可能かを考慮しなければなりません。
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中小企業M&Aと減価償却のポイント
中小企業のM&Aにおいては、譲渡企業の減価償却状況が、企業価値評価やデューデリジェンスでのチェックポイントになります。特にオーナー経営者は、交渉時に自社の設備投資の状況や減価償却費計上の妥当性をしっかり示す必要があります。
デューデリジェンスでの確認ポイント
M&Aの財務デューデリジェンスにおいて、減価償却に関して確認すべき主なポイントは以下の通りです。
減価償却方法の妥当性
業種や資産の使用状況に対して、定額法、定率法などが適切に選択されているか。
耐用年数の設定
過度に長い(または短い)耐用年数を採用していないか確認し、業界標準や実態と比較します。
固定資産の実態調査
老朽化の程度や現場での稼働状況、実際に稼働していない資産がないかを把握します。
税務上の処理
法定耐用年数の確認や申告漏れがないか、税務調整が適切に行われているかをチェックします。
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企業価値評価における減価償却の調整
M&Aの企業価値評価では、減価償却の扱いを再検討して、実態に即した調整を行う場合があります。
帳簿価額と時価の差異調整
含み益・含み損の有無を正確に把握するために、時価評価を実施し、企業価値に反映します。
非標準的な減価償却方法の修正
もしも対象企業が一般的でない償却方法を採用している場合、標準的な方法に置き換えて評価をやり直すことがあります。
過小償却・過大償却の補正
非上場会社において、業績な不調な際に、減価償却を行わないことは珍しいことではありません。M&Aに際して、適正時価を算定する上では、規則的に償却を行っていたと仮定して補正します。
また、老朽化した資産を更新せず、見かけ上の利益を増やしているケースがある場合には、評価時に将来の大規模投資を見込むなどの形で補正します。
減価償却とバリュエーションのまとめ
企業価値評価における減価償却は、単なる会計上の費用配分ではなく、利益の水準やキャッシュフロー、さらには将来の設備投資負担などに大きな影響を与えます。特に中小企業では、設備投資のタイミングや減価償却の計上方法が、経営戦略やM&Aの交渉にも直結します。
当社は、みつき税理士法人グループのM&A仲介会社として15年以上の業歴があり、中小企業M&Aに特化した実績経験が豊富なM&Aアドバイザー・公認会計士・税理士が多く在籍しております。M&Aをご検討の際は、みつきコンサルティングにご相談ください。
著者

- 事業法人第一部長
-
みずほ銀行にて大手企業から中小企業まで様々なファイナンスを支援。みつきコンサルティングでは、各種メーカーやアパレル企業等の事業計画立案・実行支援に従事。現在は、IT・テクノロジー・人材業界を中心に経営課題を解決。
監修:みつき税理士法人
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