負ののれんは、譲渡企業の純資産を下回る価格で買収した際に生じる差額です。企業価値より安く取得できる反面、訴訟リスクや簿外債務などさまざまな要因が絡むため注意が必要です。本記事では会計・税務上の処理や具体例を詳しく解説し、正しい理解と活用のポイントをわかりやすく紹介します。
負ののれんとは?
M&Aにおける「のれん」は、譲渡企業の純資産(資産と負債の差額)と譲渡価格の差額を指す会計用語です。多くの場合、買収対価のが純資産を上回り、この超過分が「正ののれん」となります。一方で、買収対価のほうが純資産を下回る差額が生じた場合を「負ののれん」と呼びます。
通常、企業や事業を買収するときは、単に計上されている資産価値だけでなく、その企業が持つブランド力や販路、ノウハウなどの無形の価値を加味して価格が決まるため、純資産よりも高い買収対価になるのが一般的です。しかしながら、なんらかの理由で「純資産額より安く買収できる」ケースがあり、このようなときに負ののれんが発生します。
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負ののれん発生は珍しい
会計上、「買収価格が純資産より低い」というのは、表面上は“買い手企業が得をしている”状態と捉えられます。なぜなら、もし純資産より安い額で企業を取得できるのなら、その時点で買い手は“純資産との価格差相当の利益”を得るとも解釈されるからです。
本来であれば、売り手はわざわざ「安く売って損をする」必要はありません。理屈のうえでは、廃業(会社清算)して会社の資産を現金化すればもっと得をするはずです。こうした観点から、会計基準上「負ののれんは異常な状態であり、まずは資産負債の評価に漏れがないかを確認するべきだ」という手続が義務付けられています。ただ、実際には簿外債務の存在や事業環境の急激な変化など、会計だけでは完全に把握できない要素が影響し、負ののれんが現実に起こる場合があります。さらに中小企業のM&Aでは、会社や従業員の行く末を優先し、「多少安くても企業を存続させたい」というオーナーの想いが価格に反映されることもあります。
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負ののれんが発生する理由
負ののれんが発生する理由としていくつか考えられますが、ここでは代表的な要因を紹介します。
訴訟リスク
不祥事や法的トラブルなどで損害賠償請求を受ける可能性がある場合、買い手企業はそのリスクを織り込み、買収額を低く設定することがあります。万が一の事態が起きたとき、損害賠償金を支払うリスクが大きいほど、売り手企業の企業価値は下がり、結果的に負ののれんが生じやすくなります。
簿外債務の存在
帳簿に記載されていない負債(未払残業代、連帯保証、退職給付債務など)が表面化していないケースでは、その負債分を割り引いた形で買収額が決まることがあります。とくに中小企業では、関連会社や親族企業との保証関係などがBS(貸借対照表)に計上されていない場合があり、これが大きなマイナス要因になると、そのぶん買収対価が安くなり、負ののれんが発生します。
経営状況の悪化
財務状態の悪化が続くと、倒産リスクが高まり、買い手が付くとしても安い価格になりがちです。経営難に陥り、売り手が「早めに会社を手放したい」と考えている場合、純資産を下回る金額での譲渡に応じることがあります。買い手企業にとっては、低コストで企業を取得できる“チャンス”に映りますが、同時に買収後の立て直しや負の遺産への対処が必要となるでしょう。
清算の手間・費用・時間
企業を清算する場合、手続上のコストや複雑な利害調整が発生します。清算よりも安値で売却したほうが結果的にオーナーへ残る手取りが多くなるケースも少なくありません。そうした場合には、あえて純資産を下回る金額でも売却を選ぶことが、経済的合理性に適う場合があります。
大規模リストラ計画など事前の負担
すでに大きな構造改革を予定していて、買収後すぐに退職金支払いなど多額の出費がある見込みなら、その分だけ買収価格が下がります。会計帳簿の額面上は純資産が高くても、実質的に引き受けるコストがあるため、実態としては安価での買収になりがちです。
売り手側の事情・想い
中小企業の後継者不足解消が目的の場合や、「大切に育ててきた会社をきちんと存続させてほしい」という希望を売り手経営者が強く持つ場合、純資産よりも安い価格で譲渡することがあります。数字だけでは説明しきれない、人間的な判断が絡むのもM&Aの特徴です。
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負ののれんの会計処理と税務
会計上、正ののれんは「無形固定資産」として計上し、最大20年以内の範囲で定期的に償却していく方法が一般的です。一方、負ののれんが発生した際は、「特別利益」として一括計上することが必要とされています。
これは、負ののれんが“本来は発生しないはずのイレギュラーな現象”として位置付けられているためです。普通なら買収における超過価値(=正ののれん)が生じるはずが、逆に安く手に入れられたことで生じた差額は「異常時の利益」とみなされ、経常的な取引によるものとは別にまとめて処理するのです。
会計仕訳のポイント
- 買収時点で負ののれんが確定したら、当期の「特別利益」として処理する。
- 会計基準により、まずは資産・負債の評価に誤りがないか確認する。見落としや評価漏れがあれば修正し、それでも差額がマイナスであれば負ののれん発生益を認識する。
- 損益計算書には「特別利益」として計上されるため、営業利益や経常利益とは区別される。
仕訳例
たとえば、売り手企業に以下のような資産・負債があり、これを2億円で買収したケースを見てみましょう。
- 現金預金:1億円
- 不動産:4億円
- 借入金:2億円
この場合、純資産の額は3億円 (=1億円 + 4億円 – 2億円) ですが、2億円で買収するので差額は1億円のマイナスになります。
借方 | 金額(億円) | 貸方 | 金額(億円) |
---|---|---|---|
現金預金 | 1億円 | 借入金 | 2億円 |
不動産 | 4億円 | 現金預金(買収対価) | 2億円 |
負ののれん発生益 | 1億円 |
このように、一括で「負ののれん」を認識し、そのまま特別利益として計上します。
IFRSとの会計処理の違い
日本の会計基準では、負ののれんは発生した年度に特別利益として一括計上されます。一方でIFRS(International Financial Reporting Standards)では、日本基準にある「特別利益」といった区分が存在しないため、負ののれんは「営業利益」に含まれます。そもそもIFRSでは、「のれん」は一律に償却せず、毎期ごとに減損テストを実施するかたちですが、企業結合の過程で買収した企業の公正価値が買収対価を上回っている場合(=負ののれんが生じる場合)には、やはり買い手企業にとって“なぜか得をしている”という解釈に基づき、企業結合直後の利益として計上される点は基本的に同じです。
ただし、日本基準と異なる形での表示になるため、日本基準ベースの財務諸表を読んでいる感覚とは少し違った見え方になることに留意が必要です。IFRSを任意適用・または強制適用する企業は、負ののれんの金額が一気に「営業利益」に上乗せされる形となり、買収時の業績が急増して見えることがあります。
負ののれんの税務
負ののれんは、会計処理と税務処理において取り扱いが異なる点にも注意しましょう。会計上は特別利益として一括計上されますが、税務上は「負債調整勘定」として扱われ、さらに主に3つの勘定に分かれます。
退職給与負債調整勘定
M&A後に継承した従業員の退職給与債務に相当する金額です。退職によって従業員がいなくなったり、実際に退職金を支払ったりしたときに益金に算入されます。
短期重要負債調整勘定
譲渡された資産総額の20%超となるような、3年以内に生じる可能性のある将来債務を引き継ぐ場合に設定されます。実際に損失が発生した場合や3年が経過した場合は取り崩し、益金に算入されます。
差額負債調整勘定
前述の2つ(退職給与負債調整勘定、短期重要負債調整勘定)を除いた部分が「差額負債調整勘定」に該当します。これらは5年間にわたり均等に益金化する取扱いとなり、一括で益金になるわけではありません。
このように、税法上は負ののれんをイレギュラーな利益ではなく、あくまで債務調整に起因するものとして捉え、一定期間かけて益金算入していく方法をとっています。会計上は一括利益なのに、税務上は時間をかけて徐々に益金化が進むため、キャッシュフローや納税計画を検討する際には、両者の違いをしっかりと把握しておく必要があります。
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負ののれんの注意点
最後に、負ののれんに関する注意点を説明します。
企業価値を正確に見極める
負ののれんがある企業は、裏を返せば財務状態や経営状況に問題があるケースも少なくないと考えられます。簿外債務や訴訟リスクなど、隠れた負債を抱えているおそれもあるでしょう。中には、一時的な経営不振が原因で純資産よりも低い価格になっているだけで、その後の体制立て直しやシナジー効果を活用して大きく成長できる企業もあります。
一方、財務諸表がきちんと実態を反映していないことで、一見プラスの資産が多いように見えても、中身を見れば不良債権がたくさんあったり、将来コストがまったく計上されていない場合もあり得ます。買い手企業はデューデリジェンス(DD)を通じて、できるだけ正確に企業価値を把握する必要があります。
また、売り手側も、安易に「負ののれんが生じるほど安値で売るくらいなら廃業したほうが良い」と決めつけるのではなく、清算コストや従業員の雇用、企業ブランドなど多角的に検討することが大切です。
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IFRSとの会計処理の差異を再確認する
日本基準の場合は特別利益として一括処理、IFRSでは営業利益として計上されるなど、国際的な会計基準と日本基準では表示方法が変わる点に注意が必要です。特に海外展開や複数基準を比較する場合、同じ「負ののれん」でも計上されるセクションが異なるため、決算書の読み手が誤解しないよう、開示や説明を丁寧に行うことが推奨されます。
負の「のれん」のまとめ
負ののれんは、本来「純資産以上の価格がつくはずのM&A取引」において、逆に純資産より安価で企業を取得する際に生じるものです。そこには、簿外債務やリスク、経営者の強い意向など、会計だけでは割り切れない要素が絡み合います。買い手はリスクを正しく把握し、売り手は会社を存続させるために最善策を探ることが大切です。
当社は、みつき税理士法人グループのM&A仲介会社として15年以上の業歴があり、中小企業M&Aに特化した実績経験が豊富なM&Aアドバイザー・公認会計士・税理士が多く在籍しております。M&Aをご検討の際は、みつきコンサルティングにご相談ください。
著者

- 事業法人第一部長
-
みずほ銀行にて大手企業から中小企業まで様々なファイナンスを支援。みつきコンサルティングでは、各種メーカーやアパレル企業等の事業計画立案・実行支援に従事。現在は、IT・テクノロジー・人材業界を中心に経営課題を解決。
監修:みつき税理士法人
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