自動車小売(新車・中古車)業界のM&A|課題と売却事例

本コラムでは、自動車小売(新車・中古車)業界の業界情報や外部環境、M&A動向などを解説します。また、実際に行われた自動車小売(新車・中古車)業界のM&A事例も併せて解説します。 

カーディーラーの業界情報 

業界定義 

自動車小売(新車・中古車)業界は、ディーラーと呼ばれることの多い業界です。車の販売、車両メンテナンス・修理・車検などを行います。 

業界特性   

自動車小売(新車・中古車)業界は、複数の事業を行っているという特性があります。大きく分けると以下です。 

  • 新車販売事業 
  • 中古車販売事業 
  • サービス、部品販売事業
  • 損害保険事業

新車販売事業 

メーカーから仕入れた新車を販売する事業です。仕入価格や数量はメーカーと交渉することになります。

中古車販売事業 

下取りによって仕入れた中古車を販売する事業です。メーカーからの制約はあまりないので、売買時ともに消費者とのやり取りによって価格が決まるという特徴があります。 

サービス、部品販売事業 

新車や中古車の点検、修理などを行う事業です。ターゲットは新車や中古車を購入する顧客なので、新車販売事業と中古車販売事業とセットで行われるものです。 

損害保険事業 

自動車保険の販売を行う事業です。ターゲットは新車や中古車を購入する顧客なので、新車販売事業と中古車販売事業とセットで行われるものです。 

業界課題 

自動車小売(新車・中古車)業界では、技術の変遷やコロナ禍によって課題が増えています。コロナ禍では、半導体不足などにより、生産工場での稼働停止などの問題が起き、結果的にサプライチェーンが滞ってしまいました。以上を踏まえて挙げられる課題は以下です。 

  • 先行き不透明 
  • 消費者優位になっている
  • デジタル需要増大
  • 人手不足 

これらの課題を解決するため、これまで以上に業界内での合従連衡(M&A)が模索されていくことになるでしょう。

先行き不透明 

自動車業界の市場規模は縮小していないものの、先行きは不透明です。新型コロナウイルスによる生産台数の減少、都市部の公共交通機関の充実による車需要の減少、若者の車離れなどがその原因です。地方移住の推進によって車の需要が高まっている面はありますが、今後読めない部分もあります。 

消費者優位になっている 

サービス、商品の売買において、従来は情報という点では販売者側が優位でした。消費者は情報を知らないので、比較材料が少ないためです。そのため、販売者側が交渉も優位に進めることができました。しかし、今の時代は情報があふれています。車という大きな買い物であれば特に、消費者は事前にリサーチを行います。消費者は事前にリサーチしたうえで値引き交渉などを行い、納得がいかない場合は別の業者からの購入を検討します。販売者側にとっては交渉を進めにくい時代になっています。 

デジタル需要増大 

デジタル需要の増大については良い面悪い面があります。ただし対応しなければならないという点では、自動車小売(新車・中古車)業界にとって課題と言えるでしょう。 

人手不足 

自動車小売(新車・中古車)業界も少子高齢化の影響で人手不足が進んでいます。また若者の車への関心が薄まっているため、若者が自動車小売(新車・中古車)業界を選びにくくなっているという事情もあります。昔は自動車への憧れから自動車小売(新車・中古車)業界を選ぶといったケースもあったと考えられますが、今はそのような動機で自動車業界を選ぶケースは減っているでしょう。 

カーディーラーの外部環境 

市場規模   

金額ベースでみれば自動車小売(新車・中古車)業界の市場規模は比較的安定しています。 

自動車小売(新車・中古車)業界の市場規模

若者の自動車離れが指摘されることが多いですが、その分年配層は安定して自動車を購入していると考えられます。また地方移住が促進されたことにより、自動車の需要が高まった面もあるでしょう。一方で、販売単価が上昇しているため、金額ベースでみれば市場規模は横ばいではあるものの、販売台数ベースでみると需要が減少しています。 

競合業態 

自動車小売(新車・中古車)業界は新規参入が難しい業界です。場所も元手も必要だからです。新規参入が難しい分外部の競合は少ないですが、業界内での競争は激しくなる一方でしょう。上で挙げた通り消費者が情報を持っている分、優良な業者が選ばれてしまうからです。品質や価格の競争が激しくなり、昔に比べると利益率も下がると考えられます。 

カーディーラーの中小企業 M&A事例

ここでは幾つかの自動車小売業のM&A事例を紹介します。

伊藤忠・ジェイ・ウィル・パートナーズ連合によるビッグモーターの買収

2024年5月、伊藤忠商事と伊藤忠エネクスは、株式会社ジェイ・ウィル・パートナーズ(JWP)の協力のもと、新会社「株式会社WECARS(ウイーカーズ)」を設立しました。WECARSは、ビッグモーターの事業を引き継ぐ予定です。新会社は、伊藤忠商事の事業再生ノウハウと伊藤忠エネクスの実務経験を活かし、JWPは経営管理、法令遵守、監査の分野で貢献し、全体的な経営の質向上を図るものです。

伊藤忠商事によるヤナセの買収 

伊藤忠商事は繊維、機械、エネルギーなど幅広い商材を扱っている総合商社です。ヤナセはドイツ車を中心に自動車の販売、修理、整備などを行っている企業です。伊藤忠商事は事業拡大やシナジー効果を狙ってヤナセを買収しました。総合商社が小売業者や製造メーカーを買収する事例は多いですが、伊藤忠商事によるヤナセの買収もそのうちの一つです。M&Aが実施されたのは2017年8月です。 

Swift Holdings Investments Pty Ltd.によるGulliver Australia Pty Ltdの買収 

Swift Holdings Investments Pty Ltd.は投資事業を行う会社です。Gulliver Australia Pty Ltdはオーストラリアのヴィクトリア州で新車、中古車の販売事業を行う企業です。別業種間によるM&Aの事例になります。M&Aが実施されたのは2022年4月です。 

グッドスピードによるチャンピオンの買収 

グッドスピードは中古車販売やバイク販売事業を行う企業です。チャンピオンはハーレーダビットソンとベスパのディーラーを行う企業です。グッドスピードがチャンピオンを買収した理由は、シナジー効果の創出です。M&Aが実施されたのは2021年3月です。 

オートバックスセブンによるTAインポートの買収 

オートバックスセブンは自動車、カー用品の販売、車検、整備などを行う企業です。TAインポートは、自動車販売、自動車整備を行う企業です。M&Aを実施した理由は、事業拡大、ネットワーク強化、収益拡大などです。M&Aが実施されたのは2021年4月です。 

エー・エル・シーとダイワグループによるモトーレン東洋とメトロポリタンモーターズの買収 

エー・エル・シーは輸入自動車販売や車両整備などを行う企業です。ダイワグループは自動車販売を行う子会社を抱えていて、その経理、人事、労務などを行う企業です。モトーレン東洋は自動車の販売事業を行う企業です。メトロポリタンモーターズも自動車の販売事業を行う企業です。 モトーレン東洋とメトロポリタンモーターズは、どちらもサンオータスの子会社です。M&Aの目的は、売り手側は主力事業への集中、買い手側はシナジー効果の獲得です。M&Aが実施されたのは2020年2月です。 

テイ・エス テックによるホンダカーズ埼玉北の買収 

テイ・エス テックは自動車用のシートや車内装品などを製造販売している企業です。ホンダカーズ埼玉北は、カーディーラー事業を運営する企業です。ショーワの連結子会社です。M&Aが実施されたのは2020年5月です。 

カーディーラーM&Aの将来見通し 

自動車小売(新車・中古車)業界を取り巻く環境は変化しています。それに伴い、複数の課題があります。自動車小売(新車・中古車)業界は競合が少ないという点はメリットですが、業界内での競争は激しいです。 

技術の発展、消費者需要の変化、情報の氾濫などの影響で、業界内で生き残るための立ち回りは難しくなっていると言えるでしょう。新型コロナウイルスによるサプライチェーンへの影響も大きいです。 

自動車の需要がなくなることは考えにくいので業界自体はある程度安泰と言えますが、企業単位で見れば生き残りが難しい環境ということです。結果的に、M&A件数は今後右肩上がりに増えていくでしょう。 

著者

西尾崇
西尾崇事業法人第三部長
宅食事業を共同経営者として立ち上げ、CFOとして従事。みつきコンサルティングでは、会計・法務・労務の知見を活かし、業界を問わず、事業承継型・救済型・カーブアウト・MBO等、様々なニーズに即した多数の支援実績を誇る。
監修:みつき税理士法人