-まず、A社を設立された経緯と、これまでの経営者としての経験についてお聞かせください。
A社を設立したのは約20年前になります。それまで不動産業界で働いていましたが、ハウスクリーニングや原状回復工事の需要が高まっていることに気づき、独立を決意しました。最初は小さな会社でしたが、徐々に顧客を増やし、大手不動産会社との取引も始まりました。経営者としての経験は決して平坦ではありませんでした。景気の波や競合他社との競争、従業員の管理など、様々な課題に直面しましたが、それらを乗り越えることで自身も成長できたと感じています。
-ハウスクリーニング業界の動向や将来展望について、どのようにお考えですか?
ハウスクリーニング業界は、ここ数年で大きく変化しています。特に、新型コロナウイルスの影響で、衛生意識が高まり、需要が増加しました。また、環境に配慮した洗剤の使用や、IoT技術を活用したサービスなど、新しいトレンドも出てきています。将来的には、高齢化社会の進展に伴い、家事代行サービスとの連携や、空き家対策としてのクリーニングニーズが増えると予想しています。一方で、人手不足や人件費の上昇は業界全体の課題です。これらの変化に対応できる企業が生き残っていくでしょう。
-今回のM&Aを検討されたきっかけについて、もう少し詳しくお聞かせください。
直接のきっかけは私の体調不良でした。腎臓の調子が悪くなり、週に1~2日程度しか勤務できなくなってしまったんです。ただ、それ以前から後継者問題については悩んでいました。取締役のK氏を後継者候補として考えていましたが、経営能力や従業員との関係に不安がありました。また、業界の変化のスピードが速くなる中で、自分一人で会社を引っ張っていくことへの限界も感じていました。そんな時に、みつきコンサルティングからのレターを受け取り、M&Aという選択肢を真剣に考えるようになったのです。
-みつきコンサルティングとの初回面談の様子をもう少し詳しく教えていただけますか?
2020年3月3日の初回面談は、私にとって大きな転機となりました。担当者の方は、私の話を熱心に聞いてくださいました。体調のこと、会社の現状、従業員との関係など、包み隠さず話しました。特に印象的だったのは、担当者の方が「会社の未来」について質問してくださったことです。その時、自分一人では会社の成長に限界があると改めて実感しました。また、M&Aのプロセスや、想定されるタイムラインについても丁寧に説明していただき、具体的なイメージが湧いてきました。面談を終えた時、「この人たちなら信頼できる」と強く感じました。
-株価算定結果を聞いた時の心境はいかがでしたか?
正直、最初は戸惑いました。20年間必死に経営してきた会社の価値がその程度なのかと、少し落胆もしました。しかし、担当者の方が丁寧に説明してくださり、徐々に納得していきました。特に、手取りで2,000万円以上残ること、役員退職慰労金を使ったスキームで手取りが増えることを聞いて、安心しました。また、M&Aは単に会社を売却するだけでなく、会社と従業員の未来を託すことだと理解し、金額以外の要素も重要だと気づきました。
-買い手企業の選定プロセスで苦労されたことはありますか?
コロナ禍での買い手探しは本当に大変だったと聞いています。多くの企業が在宅ワークで、連絡を取るのも難しい状況でした。また、業界の先行きが不透明な中で、M&Aに積極的な企業が少なかったのも事実です。そんな中、B社から関心があるとの返事をいただいた時は、本当にホッとしました。ただ、最初は「なぜうちの会社に興味を持ってくれたのか」という疑問もありました。後で聞いた話ですが、B社は以前から事業拡大を考えており、私たちの会社の顧客基盤や技術力に魅力を感じてくれたそうです。
-B社とのトップ面談はいかがでしたか?具体的なやり取りを教えてください。
6月26日のトップ面談は、緊張と期待が入り混じった状態で臨みました。B社の社長さんは、思っていた以上に気さくな方で、すぐに打ち解けることができました。最初は会社の歴史や経営理念について話し合いました。私が「お客様の満足を第一に」という理念を語ると、社長さんも同じ考えだと共感してくれました。
しかし、従業員の話題になった時に、私の感情が抑えきれなくなってしまいました。特にK氏についての不満が爆発してしまい、「彼は経営者としての資質に欠ける」「従業員との関係も良くない」などと、かなり厳しい批判をしてしまいました。今思えば、これは適切ではありませんでした。
面談の後半では、今後の事業展開について話し合いました。B社が持つネットワークや技術を活用することで、新しい顧客層の開拓や、サービスの拡充ができるのではないかという具体的な提案もありました。この部分は非常に前向きな議論ができ、会社の未来に希望が持てました。
面談を終えて、私は複雑な心境でした。一方では、会社の未来に希望が持てた喜びがありましたが、他方では、K氏への批判を口にしてしまったことへの後悔がありました。この経験から、感情をコントロールすることの重要性を学びました。
-デューデリジェンス(DD)の過程で何か印象に残っていることはありますか?
この期間は、私にとってかなりストレスフルでした。会社の全ての情報を開示することに、最初は抵抗がありました。特に、財務情報や顧客情報については、慎重に扱ってほしいと伝えました。
印象に残っているのは、B社の担当者が、単に数字を見るだけでなく、現場の状況も詳しく確認してくれたことです。これは、私たちの会社の強みをよく理解してもらえる良い機会になりました。
一方で、DDの過程で、私たちの会社の弱点も明らかになりました。特に、顧客の集中リスクや、従業員の高齢化問題などが指摘されました。これらの指摘は、正直なところ耳が痛い部分もありましたが、会社の将来を考える上で貴重な気づきになりました。
-従業員への説明はどのように行いましたか?その時の従業員の反応はいかがでしたか?
9月4日に従業員への説明を行いました。正直、この日を迎えるまでは眠れない日もありました。従業員たちにどう受け止められるか、不安でした。
説明会では、まず会社の現状と私の体調のことを話しました。そして、会社の未来のために最善の選択としてM&Aを決断したこと、B社という素晴らしいパートナーが見つかったことを伝えました。
従業員の反応は様々でした。長年一緒に働いてきたベテラン従業員の中には、涙ぐむ人もいました。若手の従業員からは、「今後のキャリアはどうなるのか」という質問が出ました。また、一部の従業員からは、「なぜもっと早く相談してくれなかったのか」という声もありました。
全体として、従業員たちは私の決断を理解してくれたと感じています。ただ、この説明会を通じて、日頃からもっとオープンなコミュニケーションを取るべきだったと反省しました。
-M&A後の協業について、具体的にどのようなシナジーを期待されていますか?
B社との協業には、大きな可能性を感じています。まず、彼らの持つ幅広いネットワークを活用することで、新規顧客の獲得が期待できます。特に、B社が強みを持つ医療福祉分野や教育関連施設など、これまで私たちがあまり手を付けていなかった領域への展開が可能になるでしょう。
また、技術面でのシナジーも期待しています。B社は、IoT技術やAIを活用したサービス開発に力を入れています。これらの技術を私たちのハウスクリーニングサービスに導入することで、作業の効率化や品質の向上が図れると考えています。例えば、センサーを使った清掃状況の可視化や、AIによる最適な清掃プランの提案など、革新的なサービスが実現できるかもしれません。
さらに、人材育成の面でも大きなメリットがあると思います。B社は従業員教育に力を入れていると聞いています。彼らのノウハウを活用することで、私たちの従業員のスキルアップや、新しいサービス領域への対応力強化が期待できます。
一方で、私たちの強みである、きめ細やかな顧客対応や高品質なサービスは、B社の他の事業にも活かせるはずです。お互いの強みを活かし合うことで、グループ全体の価値向上につながると確信しています。
-譲渡後の心境や新たな生活について、お聞かせください。
譲渡後の心境は、安堵感と寂しさが入り混じったものでした。20年以上経営してきた会社を手放すことは、想像以上に感情的な経験でした。しかし、従業員の雇用が守られ、会社に新たな成長の機会が与えられたことに大きな安心感を覚えました。
新たな生活については、まず健康管理に力を入れています。これまで会社の経営に追われておろそかにしていた自分の体調管理に、しっかりと時間を割くようになりました。定期的な検診や適度な運動を心がけ、腎臓の状態も徐々に改善しています。
また、長年の夢だった趣味の時間も確保できるようになりました。私は以前から写真撮影に興味があったのですが、なかなか時間が取れませんでした。今では、軽井沢の美しい自然を撮影するのが日課となっています。季節の移ろいを、レンズを通して捉えることで、新たな感性が磨かれているような気がします。
さらに、地域のボランティア活動にも参加するようになりました。これまでビジネスで培ってきたスキルや経験を、地域社会に還元できることにやりがいを感じています。特に、地元の起業家支援プログラムにメンターとして関わることで、自分の経験が若い世代の役に立つことに喜びを感じています。
一方で、突然のライフスタイルの変化に戸惑うこともありました。毎日のルーティーンがなくなり、時間の使い方に悩むこともありました。しかし、徐々に自分のペースを見つけ、充実した日々を送れるようになってきました。
B社とは、定期的に連絡を取り合っています。会社の様子を聞くたびに、従業員たちが新しい環境で頑張っている様子を知り、嬉しく思います。時には、アドバイスを求められることもあり、そんな時は喜んで協力しています。
M&Aを決断して本当に良かったと思います。会社の未来を託せる相手が見つかり、自分自身も新たな人生のステージに進むことができました。この経験を通じて、変化は恐れるものではなく、新たな可能性を開くものだと実感しています。
-最後に、M&Aを検討している経営者の方々へメッセージをお願いします。
M&Aは、決して簡単な決断ではありません。しかし、適切なタイミングで適切な相手と出会えれば、それは会社と自分自身の新たな未来を切り開く素晴らしい選択肢になり得ます。
私の経験から言えることは、まず、早めの準備が重要だということです。私の場合は体調不良がきっかけでしたが、理想的には、まだ余裕があるうちからM&Aの可能性を検討し始めるべきでしょう。そうすることで、より良い条件で、より適切な相手を見つけることができます。
次に、信頼できるアドバイザーを見つけることが成功の鍵だと思います。M&Aのプロセスは複雑で、時に感情的にもなります。私の場合、みつきコンサルティングの存在が大きな支えとなりました。彼らの専門知識と冷静な判断があったからこそ、様々な困難を乗り越えられたのだと思います。
そして、従業員や取引先のことも考えながら、慎重に、しかし前向きに進めていくことが大切です。M&Aは単なる資産の売買ではありません。長年築き上げてきた関係性や、従業員の生活がかかっています。それらを大切にしながら進めることで、より良い結果につながると信じています。
最後に、M&Aは終わりではなく、新しい始まりだと捉えてください。会社にとっても、経営者自身にとっても、新たな可能性が開かれるのです。私自身、この経験を通じて多くのことを学び、成長できたと感じています。
皆さんも、自社と自身の未来のために、勇気を持って一歩を踏み出してください。きっと、新たな道が開けるはずです。
-本日は貴重なお話をありがとうございました。
こちらこそ、このような機会をいただき、ありがとうございました。私の経験が、少しでも他の経営者の方々のお役に立てば幸いです。M&Aという選択肢が、より多くの企業と経営者にとって、前向きな未来への扉を開く鍵となることを願っています。