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タイにおける現地法人の売却や事業承継を検討されている経営者様へ、そのプロセスと成功の秘訣を解説します。この記事では、タイのM&Aにおける売り手側の視点から、準備、価格維持戦略、最新の規制リスクへの対応など、現地法人の売却を成功に導くための実践的な手順と留意点が分かります。

タイにおけるM&A(売却)の現状とエグジット戦略
タイに進出している日系企業にとって、M&Aを通じたタイ法人の事業承継や戦略的なエグジット(出口戦略)は、経営上の重要な選択肢としてその重要性を増しています。特にグローバルでの「選択と集中」を進める中で、タイのM&Aで売りたいと考える企業が増えており、事業継続性確保の観点からも戦略的な判断が求められています。
タイの現地法人の売却を検討する背景
多くの親会社はグローバルなポートフォリオの最適化を図っており、タイの現地法人の売却は「選択と集中」戦略の深化を意味し、非中核事業や成長が見込みにくい事業からの資金回収を可能にします。また、アジア域内での競争激化に直面する場合にも、早期に適切な買い手を見つけ、事業の継続性を確保することは、経営責任を果たす上で戦略的な判断となります。現地法人の売却の成功は、財務上のメリットだけでなく、現地の従業員の雇用機会の確保や、長年にわたる取引先との関係維持にも繋がります。
M&A市場のトレンドと活発なセクター
近年のタイのM&A市場は、グリーン成長、デジタル変革、外国投資の自由化を優先するタイ政府の国家開発戦略に牽引されています。従来のエネルギー、ヘルスケア、物流、消費財に加え、新たな分野での取引が顕著です。特に、タイが地域の電気自動車(EV)ハブを目指す中で、バッテリー製造業者や充電ネットワーク運営会社など、自動車サプライチェーン全体での再編が活発化しています。
タイのM&Aにおける売り手側の流れ
タイの現地法人の売却プロセスは、戦略的な準備、実行、およびリスク管理を伴う多段階の工程です。タイのM&Aにおけるエグジットを成功させるためには、各フェーズで高度な専門知識と、タイ特有の法務・税務環境への深い理解が求められます。売却交渉を円滑に進めるためには、事前の入念な準備が不可欠です。
フェーズI:売却準備と意思決定
売却の検討は、親会社と現地法人の経営陣による明確な売却目的の設定から始まります。この目的には、希望売却価格、従業員雇用の継続性に関する条件、および取引完了までの期間を含める必要があります。これらの条件が定まった後、社内稟議を実施し、正式に現地法人の売却プロセス開始の意思決定を行います。
内部意思決定と目標設定
売却の目標設定において、価格の最大化だけでなく、現地の従業員の雇用機会の確保や、長年にわたる取引先との関係維持といった目標も初期段階で明確化する必要があります。M&Aは目的ではなくあくまで手段であり、将来的なビジョンを明確にし、それに向けてどのように取り組むか計画を立てることが成功の第一歩となります。また、事業ポートフォリオの見直しに伴い、事業の切り離し(カーブアウト)や、コア事業でないと判断した事業を他社に売却するケースも増えてきています。
必要書類の整備と資産評価
売却準備の初期段階で、現地資産の棚卸と正確な評価を実施することが必要です。同時に、関連する全ての文書、具体的には会社登記、許認可、主要な顧客やサプライヤーとの契約書、過去の財務諸表、税務申告書などを確認し、整備する必要があります。この書類の整備は、後続のデューデリジェンスをスムーズに進め、買い手からの信頼を得るための前提となります。
フェーズII:マーケティングと条件交渉
買い手候補の選定後、企業価値評価(バリュエーション)を行い、価格交渉へと進みます。企業価値評価は、将来の利益やキャッシュフローに基づくインカムアプローチや、類似事例と比較するマーケットアプローチなど複数の手法を用いて行われますが、最終的な売却価格は、買い手との交渉によって決定されます。M&Aにおいては、売り手側の希望価格が高い一方で、その根拠や論理的裏付けに乏しいことがある点に留意が必要です。
企業価値評価と価格維持戦略
売り手側が理解すべき重要な点は、買い手が実施するデューデリジェンスで指摘される潜在的なリスク、特に将来の規制コスト等の欠如といった要素が、価格に直接反映されるということです。売却価格の最大化を目指すためには、リスクを隠蔽するのではなく、事前に特定し修正するか、または強固な情報開示を通じて影響を最小限に抑えることが必要です。
基本合意書(LOI)の締結
候補となる買い手を選定した後、LOI(Letter of Intent: 意向表明書書。実質的な基本合意書に位置付けられることもある)を締結します。LOIは通常、法的拘束力のない合意文書ですが、価格レンジの概算、想定される取引ストラクチャー、独占交渉期間、および秘密保持義務など、取引の根幹に関わる事項が定められます。売り手側は、迅速な取引完了を促す期間を設定するため、独占交渉期間について交渉することが重要とされています。LOIの提示は、買収に対する買い手の思い(将来像)を伝えることにも繋がります。
フェーズIII:デューデリジェンス(DD)への戦略的対応
デューデリジェンスは、買い手企業がM&Aを実施するにあたり、対象会社または対象事業の実態を把握するために行う調査手続です。DDは財務・税務、法務、ビジネス、人事、ITなど多岐にわたりますが、予算との兼ね合いを考慮し、案件の性質を踏まえてどのDDを実施するかを判断することが重要です。DDの過程で、買い手側が許容できない重大な問題が発見された場合、交渉が中止(ディールブレイク)となります。
セルサイドDDの活用とデータルームの構築
タイのM&Aにおける売り手側の成功を導くために、買い手によるDDが開始される前に、売り手自身がアドバイザーを用いて内部調査(セルサイドDD、ベンダーDD)を戦略的に実施することもあります。これにより、潜在的な労務債務や外国人事業法(FBA)違反リスクなどの法務・税務上の脆弱性を事前に特定し、修正措置を講じるか、リスクを取引価格に織り込む準備を行うことができます。また、書類の保管には体系的かつ安全なバーチャルデータルーム(VDR)の構築が求められます。
フェーズIV:最終契約とクロージング
DDが完了し、取引条件が確定した後、最終的な売買契約書(SPA:Share Purchase Agreement)を交渉・締結します。クロージングは、売り手が譲渡対象物(株式等)を引き渡し、買い手が対価を支払うことでM&A取引を実行・完了することです。買い手にとっては特に、M&Aはクロージング後からが本番であり、その後のPMI(Post Merger Integration)を見据えた準備が重要です。
表明保証とリスク移転
最終契約交渉において最も重要な論点の一つが「表明保証(Representations and Warranties)」の範囲と期間です。売り手は、契約書における表明保証の範囲と期間を最小限に抑えるよう交渉する必要があります。リスク移転の手段として表明保証保険(W&I保険)の利用も考えられ、この保険を利用することで、取引完了後の売り手の将来的な賠償責任リスクを大幅に軽減することが可能です。
取引ストラクチャーの比較と戦略的留意点
タイの現地法人の売却を検討する際、取引ストラクチャー(株式譲渡または事業譲渡)の選択は、税務、法務、および労務の観点から売り手のネット収益を大きく左右します。なお、カーブアウトM&Aにおいて、日本では会社分割が選択されることが多いですが、タイ法には会社分割の制度が存在しないため、事業譲渡が一般的な手段となります。
株式譲渡と事業譲渡のメリット・デメリット
売り手の視点では、原則として株式譲渡が有利なスキームといえます。会社そのものを包括的に引き渡すため、資産や契約だけでなく、将来的なリスクを含む法的・税務的責任も原則として買い手へ承継させることができるためです。
一方、事業譲渡は売り手にとって実務負担が重くなります。資産、契約、許認可、従業員などを個別に切り出して移転手続きを行う必要があり、特にタイでは従業員の転籍に個別の同意が必須となるなど、時間と手間を要します。また、売却対象外の負債や法人が手元に残るため、売却後の清算手続き等の負担が続く点もデメリットです。
従業員雇用と退職金支払いに関する論点
タイの事業譲渡を選択した場合、特別な労務リスクが生じます。事業譲渡では、従来の雇用主(売り手)が業務を停止したとみなされるため、従業員が新しい雇用主(買い手)の下で働くことを望まない場合、売り手側は解雇を検討する必要があり、解雇補償金支払い義務が生じます。また、不正解雇と見なされないように注意が必要です。この労務負債は事業譲渡の財務的魅力を減じる要因となるため、売り手は取引価格決定の初期段階で累積退職金債務を正確に算定し、その支払いを誰が負担するかを明確にしなければなりません。
| 項目 | 株式譲渡(Share Sale) | 事業譲渡(Asset/Business Sale) |
|---|---|---|
| 対象 | 会社の所有権(株式/持分)全体 | 個別資産と負債(選択的) |
| 法的・税務的責任の承継 | 原則として全ての既存の法的・税務的責任を買い手が承継 | 契約で定めた資産・負債のみを承継 |
| 主要な税務費用(売り手) | キャピタルゲイン(法人税) | 個別資産の売却益に対する法人所得税 |
| 労務(従業員雇用) | 雇用契約は自動的に継続 | 従業員が雇用を拒否した場合、売り手が退職金支払い義務を負う可能性が高い |
| その他税務費用 | 譲渡価額または額面価額の高い方の0.1%の印紙税が課税 | – |
| 非課税の可能性 | – | 全事業譲渡の条件を満たした場合、税制恩典あり |
タイ現地法人の売却交渉を成功に導く秘訣
タイのM&Aにおける売り手側の経営者が、売却交渉を成功させるには、高度な準備と戦略的な対応が求められます。特にタイ特有の法務や規制リスクを事前に把握し、買い手側の資金調達構造や税務上の影響を理解した上で交渉に臨むことが重要です。
希望条件(価格、従業員雇用)達成のための準備
従業員の移管に際しては、移管時に譲渡会社において解雇補償金の払い出しを行うか、または譲受会社において勤続年数を通算するかという点が論点になります。カーブアウト時のキャッシュ流出を避ける観点から、移管時に払い出しを行わず、移管前後の勤続年数を通算することを条件に従業員から同意を取る方法が採用されることもあります。しかし、移管に同意しない従業員が存在する場合、解雇の有効性が問題となり得るため、訴訟リスクを回避するために合意退職を検討する必要があります。この際、法定の解雇補償金に上乗せ支給をオファーすることもあります。
タイ特有の商慣習の懸念への対応
タイ現地企業のM&Aにおいて、買い手は「事業計画の実現可能性」と「財務情報の信頼性」を最も厳しく精査します。根拠の薄い楽観的な計画を提示することは、かえって買い手の警戒心や不信感を招き、ディスカウント(価格減額)の要因となりかねません。客観的な根拠に基づいた、説明可能な計画を用意することが重要です。
また、現地特有の商慣習として税務申告用と管理用の帳簿が異なる(いわゆる二重帳簿の)ケースがありますが、万一このような場合でも、これを隠すのではなく、むしろ実態を反映した「内部管理帳簿(Management Accounts)」を積極的に開示・説明する姿勢が求められます。公式な決算書では見えない「真の収益力(本来の利益水準)」を証明し、適正な売却価格を勝ち取るためには、不都合な点も含めた透明性の高い情報開示が不可欠です。
タイのM&Aにおける売り手に関するよくあるご質問(FAQ)
タイのM&Aで売りたいと検討されている経営者や担当者から、事業承継や会社の売却プロセスに関して、よく寄せられるご質問と回答をまとめました。スムーズな現地法人の売却を実現するためにお役立てください。
Q:タイの会社を売却する際の手順は?
タイにおける会社の売却プロセスは、まず売却目的と希望価格、従業員雇用に関する目標を明確に設定し、M&Aアドバイザーを選定することから始まります。次に、必要書類の整備と資産評価を行い、買い手候補と基本合意(MOU)を締結します。その後、買い手によるデューデリジェンス(DD)に対応し、最終契約(DA)の交渉を経て、規制当局の承認(必要な場合)、クロージングへと進みます。
Q:自社はいくらで売れるのか?
企業価値評価(バリュエーション)は、将来のキャッシュフローに基づくインカムアプローチや、類似企業との比較に基づくマーケットアプローチなど複数の手法を用いて行われます。しかし、最終的な売却価格は買い手との交渉で決定されます。特にタイにおいては、買い手が実施するDDの結果、将来の規制コストや潜在的なリスクが「リスクプレミアム」として織り込まれ、価格に影響を与えます。事前にリスクを特定し、強固な情報開示を行うことが大事です。
Q:従業員や取引先への影響は?
M&Aの取引ストラクチャーによって影響が異なります。株式譲渡の場合は雇用契約が自動的に継続されますが、事業譲渡の場合、各取引先との契約書内容を確認する必要があり、また従業員が新しい雇用主の下で働くことを望まなければ、売り手側に法定の退職金支払い義務が発生します。売却の成功は単なる財務上の利得だけでなく、現地従業員の雇用継続や長年の取引先との関係維持にも繋がるため、交渉の初期段階で従業員雇用維持に関する明確な目標を設定することが重要です。従業員の移管に関する対応策は、アドバイザーと慎重に検討する必要があります。
まとめ
タイのM&Aにおけるエグジット(現地法人の売却)は、グローバル戦略の「選択と集中」やタイでの事業承継を進める上で不可欠な手段です。成功のためには、希望売却価格や従業員雇用維持といった目標を初期に明確化し、高度な専門家チームを組成することが重要です。
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