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タイにおけるM&Aの一般的な流れと期間|準備からクロージングまで

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M&Aの流れを理解することは、タイ市場での事業拡大を成功させるための第一歩です。本記事では、日本企業がタイでの事業拡大を図るためのM&Aプロセス、各ステップの期間や注意点を専門家が分かりやすく解説し、成功への道筋を提供いたします。

タイでのM&Aプロセスの全体像と標準的な期間

タイにおけるM&Aは、案件の規模や交渉の難易度にもよりますが、事前準備から実行、そして統合完了までには半年から1年程度かかることが一般的です。しかし、買収相手の探索が難航したり、交渉が複雑化したりした場合には、2年から3年を要する長期的なプロジェクトとなる可能性もあります。

M&Aを検討する際は、買収を目的化せず、戦略を実現するための手段として捉える意識が重要です。また、タイのM&Aは、現地の商習慣や外国人事業法(FBA)などの外資規制に深く関わるため、初期段階から専門的な知識を持つアドバイザーのサポートが不可欠です。

M&Aにおける一般的な流れ(フェーズ別)

タイでのM&Aの流れは、大きく「準備」「交渉」「実行(クロージング)」「統合(PMI)」の各フェーズに分けられます。特に中小企業によるM&Aでは、各フェーズで専門家の協力を得ながら能動的に進めることが成功の鍵となります。

Pre Phase(事前準備とターゲット選定):戦略策定が鍵

この初期段階では、M&Aの目的を明確にし、具体的な戦略を策定します。目的を達成するためにM&Aが最良の選択肢であるか(スポット契約、業務提携、合弁事業等の他の手段では目的が達成できないか)を検証することが必須です。

具体的には、以下の作業が含まれます。

  • 海外企業買収戦略の策定・立案:事業戦略とM&Aの目的を明確にします。
  • Feasibility Study(実現可能性調査):対象地域の法令、カントリーリスク、市場環境を調査します。
  • ターゲット選定とアプローチ:戦略に合致する候補先をリストアップし、FA(フィナンシャルアドバイザー)やM&A仲介会社を通じて能動的にアプローチします。

Deal Phase I(初期交渉と基本合意):情報の明確化

ターゲットが確定し、交渉のテーブルにつく際には、情報漏洩を防ぐための準備が必要です。

  • CA/NDA(秘密保持契約)の締結:機密情報を開示する前に、秘密保持義務に関する契約を締結します。
  • NBO/LOI(意向表明)の提示:買い手側が希望する買収価格や買収スキーム、今後のスケジュールなどを示す法的拘束力のない意向表明書を提示します。
  • 基本合意書の締結:交渉過程の中間的な合意を確認するために締結されます。独占交渉権や秘密保持といった一部の条項には法的拘束力を持たせるのが一般的ですが、M&Aを実行する義務自体には原則として法的拘束力を持たせません。

Deal Phase II(詳細調査と最終調整):リスクの把握

M&A 基本合意書(NBO/LOI)締結後、M&A プロセスの中で最も時間をかけるべき重要なステップであるデューデリジェンス(DD)が開始されます。標準的なDDの実施期間は、案件にもよりますが約1ヶ月程度です。

  • デューデリジェンスの実施:対象会社が抱える潜在的なリスクや問題点(簿外債務、訴訟、法規制違反、内部管理体制の不備など)を明らかにするために、多角的な調査を実施します。財務DD、税務DD、法務DD、ビジネスDDなど、案件の性質に応じて適切なDDを選択します。
  • バリュエーションの実施:DDの結果を踏まえ、将来のキャッシュフローや市場比較法などを用いて企業価値評価(バリュエーション)を行い、買収価格の最終的なレンジを確定させます。
  • 最終条件交渉:DDの結果やバリュエーションを根拠に、買い手・売り手間でM&A 最終契約書の内容を巡る交渉を行います。

Deal Phase III(最終契約と実行):M&A 最終契約書

交渉を経てすべての条件が合意に至ると、最終的な契約締結と実行が行われます。

  • 最終契約書の締結:株式譲渡契約書(SPA)や事業譲渡契約書(APA)など、スキームに応じた最終契約書を締結します。これは法的拘束力を持つ最も重要な契約書であり、表明保証や損害賠償、クロージング条件等が詳細に定められます。
  • CP充足(前提条件の充足):最終契約書に定められたクロージング条件(CP:Conditions Precedents)が満たされているかを確認します。
  • クロージング:譲渡対価の支払いと株式や事業の引き渡しが行われ、経営権が買い手へ移転します。

Post Phase(統合):PMIの実施

クロージングはM&Aのゴールではなく、ここからが本番です。PMI(Post Merger Integration:買収後の統合プロセス)を成功させなければ、当初見込んだシナジー効果は実現できません。PMIは組織文化の統合、事業・組織の統合、法的統合の3つの要素から構成されます。

タイでのM&A期間のボトルネックと円滑なスケジュール

タイ M&A 期間を予測する上で、いくつかのボトルネックとなる要素と、スケジュールを円滑に進めるための対策を理解しておくことが重要です。

期間を長期化させる主な要因

  • 買収相手の探索の難しさ:タイのM&A市場では、優良な売り案件を見つけることが困難な場合があり、財閥企業の影響も大きいため、候補企業の探索に時間がかかることがあります。
  • DDにおける課題の発覚:DDの結果、楽観的すぎる事業計画、あるいは当局提出用と内部用の二重帳簿の存在が発覚し、価格交渉や契約交渉が難航するケースがあります。
  • 交渉と契約内容の確認不足:タイ企業との交渉では、契約内容の細部確認が不十分なまま進められ、後から問題が発生する「タイならでは」の事態も散見されます。

スケジュールを早めるための準備事項

タイでのM&Aおスケジュールを円滑に進めるためには、以下の事前準備が有効です。

  • M&Aの流れのシミュレーション:事前準備の段階で、M&A開始から統合完了までの手順をシミュレーションし、トラブル発生時の対応計画を立てておくことで、手続きをスムーズに進められます。
  • 交渉時の条件譲歩の検討:譲歩できる買収条件やバリュエーションの範囲を事前に明確にしておくことで、最終条件交渉の段階での難航を避けられる可能性があります。
  • PMIの事前計画:クロージング後に担当者が変更になるリスクなどを想定し、DDで把握した課題をPMIに確実に引き継ぐための専任担当者の設置や、統合方針・施策を事前に検討することが求められます。

タイでのM&Aプロセスにおいて日本企業が注意すべき事項

日本企業が特に注意すべき点は以下のとおりです。

能動的なアプローチの必要性

M&A案件を金融機関等の紹介で待つ「受け身」の姿勢では、戦略に合致しない案件に固執したり、交渉が遅れたりするリスクがあります。タイでの事業拡大を目指すのであれば、自社で積極的に買収候補となり得る企業を洗い出し、能動的にコンタクトすることが重要です。

外国人事業法(FBA)と規制対象事業の確認

タイの外国人事業法(FBA)では、外国人が株式の過半数(50%以上)を保有するタイ国内法人を「外国人」と定義し、特定の事業(特にサービス業)への参入を厳しく規制しています。M&Aの対象事業がFBAの規制リストに該当しないかを事前に確認し、該当する場合はタイ側パートナー企業等からの出資検討やタイ投資委員会(BOI)の優遇措置、外国人事業ライセンス(FBL)の取得といった対応が必要となります。

専門家による多角的な検討の重要性

DDやバリュエーションの段階では、会計、法務、税務など複数の外部専門家の意見を聞き、多面的に検討することが求められます。特に法務アドバイザーは、M&A 基本合意書やM&A 最終契約書に、タイ法や国際取引に関するリスクヘッジを盛り込むために不可欠です。

タイ M&A 流れに関するよくあるご質問(FAQ)

よく頂く質問に対する回答をまとめました。

Q:M&Aを検討し始めてから完了まで、何ヶ月かかるのか?

A:M&Aを検討し始めてからクロージング(実行)までにかかるタイでのM&A期間は、一般的に半年から1年程度が目安です。ただし、買収相手の探索やデューデリジェンスの結果に基づく交渉が難航した場合、または複雑な許認可が必要な場合には、2年から3年と長期化することもあります。スケジュールを短縮するためには、初期の戦略策定の段階でM&Aの目的と譲歩可能な条件を明確化し、プロセス全体を事前にシミュレーションしておくことが有効です。

Q:各ステップでの重要タスクは何か?

A:タイでのM&Aプロセスにおける重要タスクはフェーズによって異なります。初期の「準備フェーズ」では、M&Aを手段とする明確な事業戦略の策定と、買収ターゲットのクライテリア(条件)の明確化が最重要です。続く「交渉フェーズ」では、デューデリジェンス(DD)を通じて対象企業のリスクを網羅的に把握し、最終契約に反映させることが鍵となります。最後に「統合フェーズ(PMI)」では、M&A 最終契約書締結後に、組織文化の統合やコストシナジーの実現に向けたスムーズな移行計画の実行が不可欠です。

Q:どのタイミングで専門家に相談すべきか?

A:M&Aは、案件が持ち込まれてから検討するのではなく、事業戦略の策定、ターゲット選定といった「Pre Phase(準備段階)」から専門家へ相談することが強く推奨されます。特にタイの複雑な外資規制や現地の商習慣に対応するため、FAや弁護士、CPAなどの専門家を早期に起用することで、初期的な調査(FS)や独占交渉権の設定、DDのスコープ設定を適切に行うことが可能となり、結果的にタイ M&A スケジュール全体を円滑に進めることができます。

まとめ

タイでのM&A成功には、戦略策定からPMIまでの一連のM&Aプロセスを理解し、主体的に進めることが必須です。特にデューデリジェンスを通じてリスクを正確に把握し、M&A 最終契約書締結後を見据えた統合計画の準備が重要となります。

当事務所では、新規進出から会計税務、タイでのM&Aの流れ全体の一気通貫のサポートが可能です。バンコクに常駐するCPAが、東京本社との連携のもと、お客様のタイ事業拡大に最適な解決策を提案いたします。

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