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タイのM&Aでの法務デューデリジェンスの具体的チェック項目とリスク

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クロスボーダーM&Aにおいて、法務デューデリジェンスは対象企業の潜在リスクを特定するために不可欠です。この記事では、タイのM&Aにおける法務デューデリジェンスで特に重要なチェックリストとタイ特有の法的リスク事例を解説します。DD結果を活用した最適な取引条件の調整方法もご理解いただけます。

タイのM&Aでの法務デューデリジェンスの具体的チェック項目とリスク

タイのM&Aにおける法務デューデリジェンスの重要性

クロスボーダーM&A(企業買収・合併)において、法務デューデリジェンスは、対象企業が有する法的リスクを網羅的に検討するために不可欠です。ビジネスや財務面と同様に、タイでのM&Aを成功に導くためには、対象会社に関する法的な問題や潜在的なリスクを事前に把握する必要があります。

クロスボーダーM&Aの場合、対象会社の存在する国の現地法令に従ったリスク検証が必須となり、日本の法務実務とは異なる複雑な法的問題に対処することが求められます。特にタイにおいては、後述する外国人事業法(FBA)などの外資規制の確認は固有の重要な論点となります。DDは、簿外債務、訴訟、許認可の有無、タイの労働法上の問題など、潜在的なリスクを発見し、M&Aの成否を左右する重要なステップです。

タイで特に注意すべき法務リスクの全体像

タイで事業展開をする上で、日本企業が特に注意すべきタイの法務リスクは外国人事業法(FBA)です。FBAは、外国人(外国資本が50%以上を保有する会社を含む)による特定の事業活動を制限または禁止しており、M&Aを進める上で最大の障壁となる場合があります。規制対象となる事業はリスト1から3に分類され、禁止業種や、許可がなければ外国資本による参入ができない業種が定められています。

FBA例外規定とノミニー問題

FBAの厳しい規制を回避し、外資100%での事業運営を可能にする方法として、タイ投資委員会(BOI)の投資奨励を受けることなどがあります。しかし、外国人が49%未満の株式を保有する場合であっても、実質的な支配権を有するとみなされれば、FBA違反(いわゆる「ノミニー」問題)となる可能性がある点に注意が必要です。

労働法制と従業員保護の規律

タイのM&Aでは、労働法制に関するリスク把握も重要です。特に事業譲渡では、タイの労働保護法(LPA)第13条に基づき、従業員の権利と旧雇用主の義務は新雇用主に自動的に承継される原則があります。日本の法務実務と大きく異なる点であり、従業員が移籍を拒否した場合、旧雇用主は法定の解雇補償金を支払う義務を負います。また、外国人労働者(移住労働者)については、高額な就職あっせん手数料や低賃金、パスポートの取り上げなど、人権侵害リスクが潜んでいないか人権DDの観点からも留意すべきです。

外国人労働者の権利

さらに、タイ国内で労働組合を組織できるのはタイ国籍を持つ労働者のみになります。企業側が積極的かつきめ細やかに労使対話を促し、外国人労働者の賃金やハラスメントの問題に留意することが、潜在的なタイの労働法リスクを回避するために重要です。M&Aの検討において、買収後の人権DDを見据えて、人権に配慮した対応を行うことがグローバルな潮流として期待されています。

タイのM&Aにおける法務DDの具体的チェックリスト

タイの法務DDでは、タイの法務リスクの洗い出しのため、以下の具体的なチェック項目に基づき調査を遂行します。財務DDやビジネスDDと連携し、網羅的にリスクを特定することがM&A成功の鍵となります。ここでは、DDで深掘りすべき主要な分野と、タイ特有のチェックポイントを解説いたします。

商業登記と会社運営体制の確認

タイ商務省に登記されている会社の登記簿、定款、株主リストなどの公的書類を入手し、確認することが不可欠です。会社の名称、資本金、事業目的、取締役の代表権限、株主構成などに矛盾がないか確認します。特に株式譲渡においては、タイ民商法典に基づき、株主名簿への記載が譲渡の有効要件とされているため、名簿の更新と商務省事業開発局(DBD)への届出が迅速かつ正確に行われているかを確認します。

許認可と届出の確認

対象会社が事業を遂行するために必要な許認可や届出(タイの許認可)が適切に取得され、個別の業法に従った義務が遵守されているかを確認します。特に製造業の場合、自社で図面作成を行わない受託加工や特注品の生産は、外資規制を受けるサービス業(請負業)に該当する可能性があり、外国人事業許可証が必要となる場合があります。また、環境DDの一環として、環境関連の許認可・届出の手続の不備や、排水・排ガス基準超過がないかを調査します。

契約書確認とコンプライアンスリスクの可視化

対象会社が締結している重要な契約書を確認し、事業の権利義務関係を把握します。重要な契約書に、M&Aによる支配権変動を解除事由とする「チェンジ・オブ・コントロール条項」が含まれていないかをチェックします。また、簿外債務や隠れた訴訟リスク、偶発債務も引き継ぐため、契約上の保証事項などを精査します。コンプライアンス面では、贈収賄の温床となる契約が存在しないかを確認し、リスクを可視化します。

DD結果をM&Aの条件交渉に活用する方法

法務DDの結果は、単なるリスクの洗い出しに留まらず、M&Aの最終的な契約条件や買収価格を決定するための重要な交渉材料となります。DDによって顕在化したタイの法務リスク、特に潜在的なコスト負担につながる可能性のある問題点(許認可の不備、労働法上の問題など)について、取引条件の見直しを要求します。DDで特定された問題に対し、クロージング(買収実行)の前提条件を設定することが一般的です。

DD結果の活用例

例えば、本来取得すべき許認可の不備が判明した場合、M&A実行前に売り手側でその取得を完了させることを前提条件とします。また、DDで判明したリスクをカバーするために、売り手による表明保証および補償条項の内容を強化し、損害賠償の範囲を明確に規定します。タイでは交渉時に相手側が契約内容を細かく確認せず、後から問題が発生するケースがあるため、日本企業側は詳細かつ客観的な検討が求められます。

株式取得における有効要件の厳守

株式取得をスキームとする場合、DDの結果とは別に、クロージング時にタイの法務実務における有効要件を厳守する必要があります。タイの民商法典に基づき、株式譲渡は譲渡証書の作成・署名に加え、会社が株主名簿を更新し、譲受人の氏名・住所を記載することで効力が生じます。この株主名簿への記載がない場合、譲渡そのものが無効と判断される可能性があるため、法的な手続の履行を徹底することが重要です。

タイのM&Aの法務デューデリジェンスに関するよくあるご質問(FAQ)

タイのM&Aにおける法務デューデリジェンスの実施に際して、よく寄せられるご質問と、その回答をご紹介いたします。

Q:法務デューデリジェンスでは具体的にどのような事項を調査しますか。

法務DDでは、対象会社の法的リスクを網羅的に調査します。具体的には、商業登記情報、定款、株主名簿、許認可の状況、重要な契約書(チェンジ・オブ・コントロール条項の有無)、知的財産権、タイの労働法制(雇用契約、退職金、労働安全衛生)、訴訟・紛争リスク、およびコンプライアンス(贈収賄)などが主要なチェック項目です。特にタイでは外資規制(FBA)や労働法上の承継義務(事業譲渡時)など、タイ特有の法務リスクの洗い出しに注力します。

Q:タイの企業特有の、隠れた法的リスクや問題となりやすい事例には何がありますか。

タイで問題となりやすいのは、外国人事業法(FBA)違反となる「ノミニー」問題です。また、許認可に関しては、製造業であっても受託加工などがサービス業とみなされ、本来必要な外国人事業許可証が取得されていないケースがあります。労働法制においては、事業譲渡の場合に従業員の権利・義務が新雇用主に自動承継されるため、移籍を拒否した従業員への対応(退職金支払い)を計画に盛り込む必要があります。環境関連の届出不備も罰則につながるリスクです。

Q:法務デューデリジェンスを弁護士に依頼する際の費用や期間の目安を教えてください。

クロスボーダー法務DDの費用は、対象会社の事業規模、調査範囲(国や子会社の数)、および契約の複雑性によって大きく異なります。現地弁護士との連携が必要なため、日本国内M&Aよりも一時的なコストは高くなりますが、問題が事後的に顕在化した場合の訴訟費用を回避できるため合理的です。期間は案件の規模や資料の準備状況によりますが、通常数週間から数ヶ月を要することが多いです。費用や期間の目安については、専門家と協議の上、M&A取引の規模に応じて決定します。

Q:DDで特定された法務リスクをM&Aの条件交渉にどのように反映させるべきですか。

DDで特定されたタイの法務リスクは、主に買収価格の調整、表明保証条項の強化、およびクロージングの前提条件の設定に活用します。例えば、許認可の不備や潜在的な訴訟リスクが判明した場合、その解決費用を見込んで買収価格を調整します。また、売り手に対し、クロージングまでに特定のリスク解消(例:必要な許認可の取得、係争の解決)を義務付ける前提条件を設定することで、買い手の実行リスクを低減させることが重要です。

まとめ

タイのM&Aにおける法務デューデリジェンスは、外国事業法(FBA)やタイの労働法制といった特有のタイの法務リスクを回避するための不可欠なプロセスです。DDを通じて、商業登記の正確性、許認可の適格性、そして重要な契約書のリスク(チェンジ・オブ・コントロール条項など)を網羅的に確認します。DDで特定された法務リスクは、表明保証の強化やクロージングの前提条件として取引条件に反映させることがM&A成功の鍵となります。

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