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タイM&Aによる出口戦略|撤退と現地法人の売却・清算の実務を解説

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タイでのM&Aによる撤退とは、株式譲渡や事業譲渡を通じて現地事業から戦略的にイグジットする手法です。本記事では、清算との比較や税務・法務リスク、コストの違いを専門家が解説し、最適な撤退戦略の立案を支援します。

タイにおけるM&A市場と撤退戦略の重要性

近年、タイの経済環境は劇的な変化の只中にあります。かつて「東洋のデトロイト」と呼ばれ、日本の自動車産業が集積していたタイですが、電気自動車(EV)への急速なシフトや中国系メーカーの台頭により、産業構造の転換を余儀なくされています。例えば、2024年から2025年にかけて、日系メーカーによる工場閉鎖や生産縮小、あるいは中国系新興メーカーの経営破綻など、市場の淘汰が進んでいる状況です。

このような環境下において、タイからの事業撤退や事業再編は、単なる「敗退」ではなく、グローバルな視点での経営資源の最適化や、ポートフォリオの入れ替えという戦略的な意味合いを強く持っています。撤退を検討する際、伝統的な手法である「会社の解散・清算」に加え、第三者への「事業売却(M&A)」を選択肢に入れる企業が増えています。M&Aを活用することで、従業員の雇用を守り、撤退コストを抑えつつ、売却益を得られる可能性があるためです。

しかし、タイにおける売却や清算実務は、日本とは異なる法規制や税務リスクが複雑に絡み合います。特に、外資規制(外国人事業法)や労働者保護法の手厚い解雇補償金制度、そして厳格な税務調査など、現地特有の事情を理解した上で、早期に計画を立てることが不可欠です。本稿では、タイからのイグジット戦略として、現地法人の売却(M&A)と清算の違い、それぞれのメリット・デメリットについて、実務的な観点から深掘りしていきます。

イグジット戦略としてのM&A売却と清算の比較

タイから事業撤退を行う場合、大きく分けて「M&Aによる売却」と「法人の解散・清算」の2つのルートがあります。どちらを選択すべきかは、会社の財務状況、保有するライセンス、従業員の処遇、そして時間的制約によって異なります。

M&A(株式譲渡・事業譲渡)による撤退のメリット

M&Aによる撤退の最大のメリットは、事業の継続性が保たれる点です。買い手が見つかれば、従業員の雇用を維持できる可能性が高く、解雇に伴う高額な補償金の支払いを回避できる場合があります。また、株式譲渡の形態をとれば、基本的に会社が保有する工場操業許可や投資奨委員会(BOI)の奨励証書などの許認可をそのまま引き継ぐことが可能です。

さらに、清算手続には通常1年程度の期間と、税務当局による厳格な税務調査が伴いますが、株式譲渡であれば、契約締結と決済が完了すれば、売り手としての立場からは比較的早期に解放されるという利点があります。譲渡対価として現金(キャッシュ)を得られることも、次の投資への原資となるため大きなメリットです。

会社清算による撤退のリスクとデメリット

一方で、買い手が見つからない場合や、偶発債務のリスクを完全に遮断したい場合は、清算を選択することになります。しかし、タイにおける清算手続は非常に煩雑です。

まず、解散登記から清算結了登記まで、スムーズに進んでも半年から1年、税務調査が長引けば数年を要することもあります。また、従業員を全員解雇する必要があるため、タイの労働法に基づき、勤続年数に応じて最大で給与の400日分(勤続20年以上の場合)という高額な法定解雇補償金を支払う義務が生じます。さらに、解散登記時点で会社が債務超過の状態にある場合、そのままでは清算手続に入ることができず、増資や債務免除によって債務超過を解消する必要があります。

M&Aと清算の比較まとめ

それぞれの特徴を整理すると以下のようになります。

比較項目M&A(株式譲渡)清算(解散)
事業の継続継続される消滅する
従業員の雇用維持される可能性が高い全員解雇(補償金発生)
許認可の承継原則可能(BOI等)消滅する
所要期間買い手が見つかれば数ヶ月最低6ヶ月~数年
税務リスク株式譲渡益への課税全税目の税務調査が必須
コスト仲介手数料、DD費用等解雇補償金、清算人報酬等

タイにおけるM&A手法の選択:株式譲渡と事業譲渡

タイのM&Aによる撤退において、具体的にどのようなスキームを採用するかは極めて重要な論点です。主に「株式譲渡」と「事業譲渡」の2つが用いられますが、タイには日本のような「会社分割」の制度が存在しないため、事業の一部を切り出すカーブアウトを行う場合は、事業譲渡が実務上唯一の手段となります。

株式譲渡の特徴と税務

株式譲渡は、会社の所有権そのものを移転する手続であり、法的な手続が比較的簡便であるという特徴があります。ターゲット会社の資産、負債、契約、従業員、許認可などが包括的に買い手に引き継がれるため、個別の移転手続きが不要です。

税務面では、売り手がタイ法人か外国法人かによって課税関係が異なります。

タイ法人の場合:キャピタルゲイン(譲渡益)に対して20%の法人税が課税されます。

日本法人の場合:源泉税の対象となり、譲渡益に対して15%の源泉税が課税されます。

株式譲渡のデメリットは、買い手にとって「簿外債務」や「潜在的な税務リスク」まで引き継いでしまう点です。そのため、買い手によるデューデリジェンス(買収監査)が厳格に行われる傾向があります。

現地法人をスムーズに売却するための準備とプロセス

タイからの撤退をM&Aで成功させるためには、買い手が魅力を感じる状態で会社を維持し、リスクを可視化しておくことが重要です。

早期の意思決定と財務の健全化

撤退の決断が遅れると、赤字が累積し、債務超過に陥るリスクが高まります。債務超過の状態では、株式価値がつかず、買い手を見つけることが困難になります。損益分岐点や市場シェアなどの客観的な指標に基づき、「事業継続が困難」と判断した段階で、早期にM&A仲介会社や専門家に相談することが肝要です。 。

労務問題への対応と合弁契約の確認

タイでは労働者保護の意識が強く、M&Aに伴うリストラや転籍に対して従業員が敏感に反応します。労働紛争に発展すると、M&Aの成約自体が危ぶまれるため、丁寧なコミュニケーションと法的に適切な手続が必要です。

清算手続における実務上の留意点

M&Aによる売却が叶わず、清算を選択せざるを得ない場合の実務についても触れておきます。

解散決議から清算結了までのフロー

清算手続は、株主総会での解散決議(特別決議)から始まります。その後、商務省への解散登記、新聞公告、債権者への通知を行います。解散登記後は、会社は清算の目的の範囲内でのみ存続し、取締役は「清算人」として残務処理にあたります。 解散登記日から一定期間内に歳入局へ通知し、税務調査を受ける準備をすることが重要です。

債務超過の解消と税務調査

前述の通り、債務超過のままでは清算を結了できません。親会社が債権放棄をする場合、タイ子会社側で「債務免除益」が発生し、これに対して法人税が課税されるリスクがあります。繰越欠損金があれば相殺できますが、不足する場合は増資を行ってから債務を弁済するなどの対策が必要です。 また、清算時の税務調査は非常に厳格で、過去に遡って未納付の税金や不適切な会計処理がないかチェックされます。帳簿書類の不備や説明不足があると、多額の追徴課税を課される可能性があるため、経理担当者が退職した後でも対応できるよう、資料の整理と保管を徹底する必要があります。

タイにおける撤退に関するFAQ

タイからの事業撤退や現地法人の処分を検討されている経営者様から寄せられる、よくある質問にお答えします。

Q:タイから撤退する場合、会社売却と清算のどちらが良いか?

事業の継続性や従業員の雇用維持が可能であり、かつ買い手候補が見つかるのであれば、M&Aによる会社売却(株式譲渡)が推奨されます。売却益が得られる可能性があり、清算に比べて撤退コストを抑えられる場合が多いからです。一方、債務超過が著しい場合や、偶発的なリスク(訴訟や簿外債務など)を将来に残したくない場合、あるいは買い手が長期間見つからない場合は、コストと時間はかかりますが、法的に会社を消滅させる清算手続を選択することになります。

Q:売却(M&A)で撤退する場合の手順と期間は?

一般的なM&Aの手順は、①戦略立案・M&Aアドバイザー選定、②買い手候補の選定・打診、③基本合意書の締結、④デューデリジェンス(買収監査)、⑤最終契約の締結、⑥クロージング(決済・引渡し)となります。期間は案件の規模や複雑さによりますが、最短でも3ヶ月、通常は6ヶ月から1年程度を要します。

Q:清算する場合の手続と税務上の注意点は?

清算手続は、株主総会での解散決議、商務省への登記、歳入局への通知、清算人の選任、債務の弁済、残余財産の分配という流れで進みます。税務上の最大の注意点は、解散に伴う税務調査です。過去の申告漏れがないか厳しくチェックされるため、事前に会計処理を見直す必要があります。また、債務超過の場合は親会社からの債務免除益に対する課税リスクがあるため、増資による解消などを検討する必要があります。さらに、従業員の法定解雇補償金の支払いも大きなコスト要因となります。

まとめ

タイにおけるM&Aでの撤退は、単なる事業の終わりではなく、経営資源を有効活用するための重要な戦略です。M&A(売却)を選択すれば、事業の継続や従業員の雇用維持が可能となり、清算に比べて迅速なイグジットが期待できます。一方で、事業譲渡における許認可の再取得や、清算時の厳格な税務調査など、タイ特有のハードルも存在します。最適な手法を選択するには、財務・税務・法務の多角的な検討が不可欠です。

みつきタイは、新規進出から会計税務、M&Aによる撤退まで一気通貫で対応できます。必要に応じて東京本社(みつき税理士法人)と連携し、バンコクに常駐するCPAが最適な出口戦略を提案します。会計事務所の変更のご相談も承っています。まずはお気軽に無料相談フォームよりお問い合わせください。

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