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タイにおける企業買収は、東南アジアのサプライチェーンのハブとしての地位を活用し、既存の顧客基盤や認可体制を迅速に獲得するための強力な手法です。この記事では、タイにおけるM&Aの買い手側が成功するために不可欠な買収戦略の策定、ターゲット選定の方法、そして外国人事業法(FBA)やタイ投資委員会(BOI)といった複雑な規制環境下でのデューデリジェンス(DD)とリスク管理の手続について、専門的な観点から詳しく解説いたします。

タイのM&A市場における買い手側の戦略的意義
タイは、地理的および経済的にASEAN(東南アジア諸国連合)の中心に位置しており、国際的な物流・流通の拠点として魅力的です。日本企業にとって、タイ企業のM&A買収は、自社でゼロから事業を立ち上げるよりも、早期に経営目標を達成し、コストを抑えられるインオーガニック成長の有力な施策となります。
近年、タイ政府が高付加価値産業(デジタル産業や先進製造業など)への転換を推進しているため、これらの戦略的分野でのクロスボーダーM&Aの買い手側の活動が活発化しています。2024年における外国人事業法の規制業種に対する認可件数は前年比43.0%増の954件に達しており、規制当局が特定の投資に対して積極的な承認姿勢を示していることがわかります。この傾向は、タイが規制を廃止するのではなく、規制を通じて投資を選別し管理する戦略を取っていると解釈できます。
買収戦略の策定とターゲット企業のソーシング方法
タイ市場への進出や事業拡大を目的とする企業にとって、タイ投資のM&A戦略を策定し、適切なターゲット選定を行うことが不可欠です。M&Aの目的には、新規事業立ち上げ、業界シェアや事業展開地域の拡大、または技術・無形資産の獲得などが挙げられます。
買収戦略の目的と種類の明確化
タイにおける企業成長のためのM&Aは、「時間を買う」手段として有効ですが、明確な戦略がなければ失敗するリスクが高まります。日本企業は、現地市場シェアの拡大や、既存事業とのシナジー効果が見込まれる現地企業を買収対象とすることが多いです。
「タイの会社を買いたい」と考える企業は、単に売り案件を待つのではなく、自社の経営ビジョンと成長機会に合致する「どのような企業を買収したいのか」ということを明確にしておくことが、M&A成功の要件の一つです。
タイにおけるターゲット選定の傾向と課題
タイのM&A市況は、大手財閥企業が伝統的に強く、非財閥系で手頃な金額の優良案件を発掘するのが難しいという課題があります。また、シンガポールやインドネシアに比べてスタートアップエコシステムが十分に形成されていないことも、M&A案件数が伸び悩む一因とされています。
しかし、タイにおけるM&Aの累積案件を見ると、取引金額の約7割が1,000万米ドル未満の小規模案件であり、中小企業がターゲットとなることが多い傾向にあります。したがって、クロスボーダーM&Aの買い手は、中小規模のターゲット企業に焦点を当てた戦略的なアプローチが有効となります。
能動的なターゲット選定のアプローチ
タイのM&Aにおけるターゲット選定を成功させるには、受動的に案件の紹介を待つのではなく、能動的なアプローチが重要です。具体的な方法としては、既存の取引先との関係性を活用して打診する方法や、市場調査の結果に基づき、ロングリストを作成し、外部M&Aアドバイザーを利用してコンタクトを行う方法があります。
特に、タイ商務省事業開発局(DBD)のデータベースからは、企業の業績や株主構成などの情報を参考に、買収候補先企業を選定することが可能です。この際、最初から資本提携を打診するのではなく、事業提携の可能性から入るなど、相手に警戒心を抱かせない工夫が望ましいとされています。
タイのM&Aにおける法的・規制的な基盤
タイでの企業買収を円滑に進めるためには、タイのM&A戦略を立案する初期段階で、外国人事業法(FBA)とタイ投資委員会(BOI)による規制と優遇措置の構造を深く理解することが不可欠です。これらの法規制は、外国企業がタイの会社を買いたい場合に最も大きな影響を与えます。
外国人事業法(FBA)による規制の理解
外国人事業法は、外国企業がタイでビジネスを展開する際の基本的な枠組みを定め、外国資本が参入可能な業種や条件を規制しています。FBA上の「外国人」とは、タイ法人の株式の50%超を外国人が保有する場合、当該法人を指します。
外国企業が規制業種(リスト1〜3)に該当する事業を営む場合、外国人事業ライセンス(FBL)の取得が必要です。また、外国資本の比率が49%未満であっても、実質的な支配権を持つと見なされると、FBA違反(ノミニー問題)となる可能性があるため、注意が求められます。
BOIインセンティブの戦略的活用
タイ投資委員会(BOI)は、外国からの投資を促進するために、FBA規制に対する例外措置を含む様々なインセンティブを提供しています。BOIの優遇措置には、法人税の免除(最大13年間)や機械・原材料の輸入関税の減免といった税制上の優遇措置が含まれます。
非税制優遇措置としては、外国人による土地使用権の取得許可、ビザおよび労働許可証の手続簡素化などがあり、タイにおけるM&Aの買い手側にとって有利な環境が整えられています。
FBA規制の免除と優遇措置
BOIの戦略的な重要性は、単なる税制優遇に留まりません。BOI認定を受けたプロジェクトは、当該認可事業についてはFBAの規制が免除され、代わりに外国人事業証明書(FBC)を取得することができます。
したがって、タイのM&A戦略を策定する上で、買収対象企業の事業をBOIの優遇対象分野(デジタル、製造業、ハイテクなど)に合致させることで、FBAの法的リスクを回避しつつ、長期的な経済的利益を同時に享受することが可能となります。
買収交渉とデューデリジェンス(DD)の進め方
タイにおける企業買収の成功は、デューデリジェンス(DD)による潜在的なリスクの特定と、それに基づいた適切な買収交渉、そして株式譲渡契約(SPA)の設計に大きく左右されます。DDは、財務・税務、法務、ビジネス、人事、ITなど多岐にわたる観点から案件毎に取捨選択して行われます。
買い手側から見たM&Aプロセス
一般的なM&Aプロセスは、ターゲット選定、予備的検討、基本合意(MOU)または法的拘束力のない意向表明(LOI、NBO)の提示から始まります。NBOの提示後、詳細なDDを経て、バリュエーション(企業価値評価)、SPA交渉、最終的なクロージングへと進みます。
特にクロスボーダーM&Aの買い手は、LOI/NBOの段階で買収の目的、希望価格、そして買収後の経営陣の処遇といった重要条件の大枠を合意しておくことが重要です。
FBAコンプライアンスの徹底検証
タイのM&A買収におけるリーガルDDでは、FBAコンプライアンスの専門的な分析が成功の鍵を握ります。登記上の事業名ではなく、実際の業務フローと取引契約の内容に基づき、FBAの規制リストに該当しないかを厳密に判断する必要があります。
製造業における潜在的な規制リスク
製造業は原則としてFBAの規制対象外ですが、DDにおいて見落とされがちな「隠れた瑕疵」が存在します。これは、FBAリスト3に指定される「その他サービス業」に該当する可能性です。
具体的には、個々の顧客からの依頼内容に応じて仕様が異なる製品を製造する行為は「製造委託業務」と見なされ、また、タイ国内の顧客に納入した製品の修補・メンテナンスを行う「アフターサービス」も規制対象となり得ます。これらの活動を既存の内資企業が必要な許可なく行っていた場合、外資企業が株式を取得した瞬間に「外国人事業法違反」という重大な法的瑕疵に変質するリスクがあるため、DDでの徹底的な検証が必要です。
株式譲渡契約(SPA)の設計とリスク配分
SPAは、DDで特定されたFBAやBOI関連の法的リスク、偶発債務を売主と買い手側で適切に配分するための法的基盤です。タイでのM&A戦略に基づき、SPAには以下の条項を厳格に盛り込むことが求められます。
1. 表明保証(R&W):ターゲット企業が必要な外国人事業許可(FBL/FBC)を取得し、その条件を完全に遵守していることの厳格な表明。
2. 補償条項(Indemnity):FBA違反やBOI認可条件の不遵守により生じた損害(罰金、税金追徴など)について、売主が長期にわたり買い手を補償する義務。
クロージング要件とFBL取得の判断
タイ人オーナーからタイ法人をすべて買収する「内資→外資タイプ」の買収では、買収後に新規のFBL取得が必要となります。このFBLの新規取得をクロージングの前提条件(CP)とするか否かが、取引の実行可能性とリスク管理のバランスを決定します。
FBL取得をCPとする戦略は、買収後の法的な確実性を確保できますが、行政手続に依存するため取引期間が長期化するリスクがあります。FBL取得をCPとしない場合は迅速ですが、取得が遅延または拒否された場合、事業継続が不可能となるリスクを負うため、代替案(例:BOI認定への迅速な移行)の準備が必須となります。
ポストM&A統合(PMI)と持続可能な成長
M&Aによる買収は、クロージングがゴールではなく、その後に行うポストM&A統合(PMI)を通じてシナジーを実現し、企業価値を向上させることが本質的な目的です。PMIの検討範囲は、経営ビジョンや組織文化から、業務プロセスの統合、法規制の遵守まで、企業経営の全領域にわたります。
PMIの重要性と課題
PMIの成功は、DDで発見された課題や問題点をいかに現場レベルで克服できるかにかかっています。特にタイでは、案件担当者の異動による情報引き継ぎ漏れや、交渉時の合意事項の曖昧さから、PMIが後手に回るケースが散見されます。
タイにおけるM&Aの買い手側は、DD段階からPMIを見据えた専任の担当者を設置し、スムーズな移行に向けた方針・施策を事前に検討しておくことが、安定した事業運営の基盤となります。
タイでのM&Aで買い手に関するよくあるご質問(FAQ)
タイにおける企業買収を検討する日本企業の経営者や現地責任者の方々から多く寄せられる、買収戦略やリスクに関する疑問について、以下に解説いたします。
Q:タイにM&Aで進出する際の戦略の立て方は?
A:タイにおけるM&Aは、自社での新規事業創出よりも短期間で売上や利益を拡大できる「時間を買う」手段として有効です。戦略策定では、まず買収の目的(例:地域シェア拡大、技術獲得、新規事業参入)を明確にし、ターゲットとする企業規模や業種を定めます。また、FBA規制を回避しつつ税制優遇を得るために、BOI優遇対象分野への適合性を組み込んだM&A戦略を構築することが成功の鍵となります。
Q:良い買収ターゲット(売り手)をどう探すか?
A:優良なターゲット企業は、金融機関などからの紹介を待つ受動的な姿勢だけでなく、買い手側が能動的にアプローチすることで発見しやすくなります。具体的な方法として、自社の取引先を潜在的な買収候補として検討する、またはタイ商務省事業開発局(DBD)の公開情報を活用してロングリストを作成し、能動的にコンタクトを取ることが有効です。買収戦略に合致する条件を明確にすることが、効率的なターゲット選定につながります。
Q:買収で失敗しないための注意点は?
A:タイ企業の買収において失敗を避けるためには、デューデリジェンス(DD)で法務リスクを徹底的に特定することが最重要です。特に、製造業であっても、顧客仕様に応じた製造委託業務やアフターサービスが外国人事業法(FBA)の規制リスト3に該当し、買収後に無許可事業として重大な法的瑕疵に変質するリスクに注意が必要です。また、買収後のPMI(ポストM&A統合)計画をDDと並行して策定し、法規制に準拠した内部管理体制を再構築することが、持続可能な成長に不可欠です。
まとめ
タイにおける企業買収は、ASEAN地域での競争優位性を確立するための重要な手段ですが、その成功は外国人事業法(FBA)とBOIインセンティブの複雑な相互作用を深く理解し、戦略的に活用できるかにかかっています。タイのM&A戦略を策定する際には、BOI認定によるFBA規制の合法的な回避や税制優遇の最大化を視野に入れるべきです。また、クロスボーダーM&Aの買い手側は、DDにおいて製造委託やアフターサービスといった潜在的なFBA違反リスクを徹底的に検証し、買収後の法的確実性に基づいたPMIを達成することが、リスク回避と利益最大化の鍵となります。
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