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タイ進出

タイ製造業のM&A動向とBOI・工場許認可など特有の留意点を解説

タイ進出

タイは長年にわたり「東洋のデトロイト」と称される自動車産業をはじめ、電機・電子、食品加工など、東南アジアにおける主要な製造拠点としての地位を確立してきました。近年、タイの製造業におけるM&A(企業の合併・買収)は、事業承継のニーズやASEAN地域のハブとしての優位性を背景に活発化しています。

タイの製造業におけるM&Aは、時間を買った市場参入や事業承継の解決策として有効です。本記事では、自動車や電機等の動向から、BOIや工場許認可の承継、労務管理など製造業特有のデューデリジェンスのポイントまで、専門家が解説します。

タイ製造業のM&Aの現状と最新動向

タイの製造業のM&A市場は、市場の拡大期を経て成熟期を迎えつつあります。ここでは、主要なトレンドと日系企業の動きについて見ていきます。

活況と成熟が進む市場環境

タイには長年の製造拠点としての実績があり、サプライチェーンが高度に発達しています。そのため、ゼロから工場を立ち上げるよりも、既存の工場や販路を持つ企業を買収することで、迅速に事業を拡大したいというニーズが高まっています。特に、後継者不在に悩むオーナー経営者が創業者利益の確保や事業の存続を目的として会社を売却するケースもあり、M&Aの活発化を後押ししています。

また、米中貿易摩擦や地政学的なリスクの高まりを受け、サプライチェーンを多角化する「チャイナ・プラス・ワン」の動きの中で、タイは安定した投資先として再評価されています。

主要産業ごとのM&Aトレンド

タイのM&A市場では、伝統的な製造業に加えて、新たな産業分野での動きも見られます。

自動車関連産業

自動車産業はタイの主力産業ですが、電気自動車(EV)へのシフトが急速に進んでおり、内燃機関(エンジン車)向けの部品メーカーは岐路に立たされています。そのため、事業再編や統廃合を目的としたM&Aが増加する一方で、EV関連の部品や技術を持つ企業への投資意欲は高まっています。

電機・電子産業

プリント基板(PCB)や半導体関連の製造においては、中国や台湾からの生産移転が進んでおり、これに伴う工場用地の取得や既存工場の買収需要が高まっています。

食品・化学・消費財

食品加工業は、タイが世界有数の輸出国であることから、安定したM&Aの対象となっています。特に輸出向けの加工食品や、健康志向に対応した製品を持つ企業が注目されています。化学産業や消費財分野でも、日系企業によるM&Aが継続的に行われています。

製造業から非製造業へのシフト

近年は、製造業だけでなく、サービス業や卸売・小売業、物流、IT分野といった非製造業へのM&Aに関心が広まっています。これはタイ国内の消費市場が成熟し、製造拠点としてだけでなく消費地としての魅力が増していることが背景にあります。

タイで製造業のM&Aを行うメリット

タイの工場を買収することには、新規設立(グリーンフィールド投資)にはない多くのメリットがあります。

迅速な市場参入と時間の節約

M&Aの最大のメリットは「時間を買う」ことができる点です。既存の市場シェア、顧客基盤、サプライチェーンを即座に手に入れることができるため、事業の立ち上げ期間を大幅に短縮できます。特に許認可の取得や工場の建設には長い時間を要するため、これらが既に整っていることは大きなアドバンテージとなります。

既存の設備と人材の活用

新規に工場を建設する場合、用地の選定から建設、機械の導入まで多額のコストと時間がかかります。M&Aであれば、既存の製造設備をそのまま活用できるため、初期投資を抑制できます。また、タイでは熟練した技術者や管理職の確保が課題となることが多いですが、買収により経験豊富な従業員や経営陣をそのまま引き継ぐことが可能です。

事業承継問題の解決策

タイでも高齢化が進んでおり、後継者が見つからないオーナー企業は増加傾向にあります。M&Aは、こうした企業にとって事業を存続させるための有効な手段となります。買い手にとっても、歴史ある優良企業を引き継ぐチャンスとなります。

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タイ製造業のM&Aにおける特有の留意点とリスク

製造業のM&Aには、法規制や許認可、環境問題など、特有のリスクが存在します。デューデリジェンス(買収監査)では以下の点に特に注意が必要です。

外資規制と「製造業」の定義の違い

タイでは外国人事業法(FBA)により、外国人の参入が規制されている業種があります。一般的に「製造業」は規制対象外とされており、外国人でも100%出資が可能です。しかし、注意が必要なのは「製造業」の定義です。

タイ商務省は、自社ブランドの製品を製造して販売する場合は「製造業」とみなしますが、顧客からの注文に基づいて製品を作る「受託製造(OEM)」については、「サービス業」とみなす傾向があります。サービス業はFBAの規制対象(リスト3)であるため、外資企業が受託製造を行う場合は、外国人事業許可(FBL)を取得するか、BOI(タイ投資委員会)の認可を受ける必要があります。この点の確認を怠ると、買収後に違法状態となるリスクがあります。

BOI恩典と工場許認可の承継

タイの製造業では、BOIの投資奨励恩典を受けている企業が多く存在します。BOI企業を買収する場合、その恩典(法人税免除や機械輸入税免除など)が買収後も継続されるかを確認する必要があります。株式譲渡による買収であれば、法人格は変わらないため、通常はBOIの恩典や工場操業許可はそのまま引き継がれます。

一方、事業譲渡の場合は、許認可の名義書換や再取得が必要となるケースが多く、BOIの恩典もそのままでは引き継げない可能性があります。特に、BOIの恩典には「輸出比率」や「製品規格」などの条件が付されていることがあり、買収後の事業計画がそれらの条件を満たせるかどうかの検証が不可欠です。

環境規制とサプライチェーンの確認

製造業、特に化学や重工業などの分野では、土壌汚染や排水処理などの環境リスクが大きな問題となります。タイでも環境規制は年々厳しくなっており、過去の操業において環境法令違反がないか、将来的に多額の環境対策費用が発生しないかを環境デューデリジェンスで確認する必要があります。

また、サプライチェーンの健全性も重要です。主要な仕入先や販売先との契約が、買収後も継続されるか(チェンジオブコントロール条項の有無など)を確認し、特定の取引先に過度に依存していないかを評価します。

労務管理と法規制の遵守

タイの労働法は労働者保護の色彩が強く、解雇補償金(退職金)などの規定が厳格です。買収対象企業が、法定通りの残業代を支払っているか、社会保険料を適切に納付しているか、未払いの手当がないかなどを労務デューデリジェンスで精査する必要があります。特に、買収後に人員整理を伴う統合を行う場合は、多額の解雇補償金が必要となる可能性があるため注意が必要です。

売り案件の「質と量」における課題

タイ経済は伝統的に大手財閥系企業の影響力が強く、あらゆる産業に深く根付いています。そのため、日系企業が買収対象として検討しやすい「非財閥系」かつ「手頃な規模感」の優良な売り案件を発掘するのは、容易ではありません。シンガポールなどの近隣諸国と比較しても、タイのM&A市場の成熟度は未だ発展途上の段階にあり、情報の非対称性も高いため、案件のソーシング(発掘)には現地の独自ネットワークや戦略的なアプローチが不可欠です。

タイ製造業のM&Aを成功させるポイント

M&Aを成功させるためには、事前の準備と専門家の活用が不可欠です。

専門家との連携と徹底したデューデリジェンス

タイのM&A市場は、情報の透明性が日本ほど高くなく、「良い売り案件」を見つけるのが難しい側面があります。また、二重帳簿の存在や、法務・税務上のコンプライアンス違反が隠れているケースも珍しくありません。そのため、現地の法務・財務・税務に精通した専門家と連携し、徹底したデューデリジェンスを行うことが不可欠です。専門家不足によりプロセスが遅延するリスクもあるため、早めに信頼できるアドバイザーを確保することが重要です。

戦略的なターゲット選定

単に売上が上がっているからという理由だけで買収するのではなく、自社の戦略に合致した企業を選ぶことが重要です。アマタナコンなどの主要な工業団地に立地しているか、BOIの恩典を活用できる業種か、外資規制に抵触しないかなど、多角的な視点でターゲットを選定します。

ASEAN全体を見据えた視点

タイ国内市場だけでなく、タイをASEAN地域のハブとして位置づけ、周辺国への輸出拠点や統括拠点として活用する視点を持つことも重要です。タイでの製造基盤を活かし、ベトナムやカンボジアなどの周辺国へ事業展開することで、さらなる成長が期待できます。

タイ製造業のM&Aに関するよくあるご質問(FAQ)

タイでの製造業のM&Aを検討されている経営者の方々から、頻繁に寄せられる疑問にお答えします。業種ごとの傾向や許認可の取り扱いなど、実務的なポイントをご確認ください。

Q:製造業のM&Aはどの業種が活発ですか?

自動車部品、電機・電子、食品加工、化学などの分野で活発です。特に自動車業界ではEVシフトに伴う再編が進んでおり、技術力のある企業の買収や、異業種からの参入が見られます。また、タイは食品輸出大国であるため、加工食品やパッケージング関連の企業の人気も根強いです。近年では、中国からの生産移転を背景に、プリント基板(PCB)などの電子部品関連の投資やM&Aも増加傾向にあります。

Q:工場のBOIライセンスや操業許可はM&Aで引き継げますか?

買収の手法によります。株式譲渡の場合、対象会社の法人格は存続するため、原則としてBOI投資奨励証書や工場操業許可などのライセンスはそのまま引き継ぐことが可能です。ただし、株主変更の届出が必要な場合があります。一方、事業譲渡の場合は、許認可の名義人が変わるため、原則として新規取得や譲渡手続きが必要となり、BOIの恩典も再審査となる可能性があるため注意が必要です。

Q:工場の環境規制や労務問題で注意すべき点は?

環境面では、土壌汚染や廃棄物処理の法令遵守状況を厳しくチェックする必要があります。特に古い工場の場合、過去の垂れ流しなどが後から発覚すると多額の浄化費用が発生するリスクがあります。労務面では、タイの労働者保護法に基づく解雇補償金(最大で給与の400日分)の引当状況や、未払い残業代の有無が重要なチェックポイントです。また、労働組合との関係や、福利厚生の規定が法令に適合しているかも確認が必要です。

まとめ

タイの製造業のM&Aは、成熟したサプライチェーンや熟練した人材を即座に確保できる有効な戦略です。一方で、外資規制(特に受託製造の扱い)、BOIや工場許認可の承継、環境・労務リスクなど、タイ特有の留意点が多く存在します。成功のためには、現地事情に精通した専門家による詳細なデューデリジェンスが不可欠です。

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