コラムCOLUMN
M&A

タイ|M&Aの重要留意点とは?全体像と必ず押さえるべき点も解説

M&A

タイにおけるM&Aは、市場への迅速な参入や既存の販路獲得を可能にする有効な手段ですが、外資規制や特有の商習慣など日本とは異なる点が多く存在します。この記事を読めば、タイでの買収を成功させるために不可欠な法務・税務・労務の知識や、文化の違いを乗り越えるための実務的な戦略が分かります。

タイにおけるM&A市場の現状と展望

タイ王国は、東南アジアの中でも比較的早期に経済成長を遂げ、長年にわたり製造業の生産拠点として重要な位置を占めてきました。近年は、高齢化による事業承継ニーズの高まりや、ASEANの中心に位置する地政学的優位性から、クロスボーダーM&Aの投資先として注目されています。

2024年のタイ経済は、世界的な経済変動の影響で株式市場が低迷したものの、M&A市場は回復力を維持しています。特にテクノロジー、メディア、通信、エネルギー、ヘルスケア、不動産の分野で取引価値が増加しています。

タイ政府は、高付加価値なサービス経済への移行を目指し、次世代自動車、デジタル経済、バイオ・循環型・グリーン経済の推進を強化しています。これらの政策は、現地のサプライチェーン能力を獲得しようとするグローバル企業にとって、活発なM&A環境を創出しています。

タイのM&Aで直面する3大法的リスクと対策

タイにおけるM&A手続を進める上で、最も注意すべき点は法律の壁です。日本の法務実務とは異なる独特の規制が存在するため、これらを深く理解することがリスク回避の第一歩となります。

外国事業法による外資規制とノミニー問題

タイでの事業運営を制限する最大の障壁は、1999年に制定された外国事業法です。この法律は、外国資本が50パーセント以上を占める法人を外国人と定義し、約50種類の事業活動を制限または禁止しています。

かつては、タイ人の名義を借りるノミニー制度でこの規制を回避する慣行もありましたが、2025年に入り、タイ商務省はデータ照合を用いた大規模な取り締まりを開始しており、違反した場合は多額の罰金や最高3年の禁錮刑が科される可能性があります。

タイにおける競争法への対応手続

タイのM&Aでは、2017年に改正された取引競争法に基づく規制も重要です。一定の基準を超える合併や買収を行う場合、取引競争委員会への事前承認の取得や事後届出が義務付けられています。

許認可の承継と外国人事業ライセンスの壁

M&Aのストラクチャーによって、営業に必要な許認可の取り扱いが大きく異なります。株式取得の場合は法人格が維持されるため、通常は許認可が継続されますが、チェンジオブコントロール条項の有無には確認が必要です。

一方で、事業譲渡の場合は個別の承継手続が必要となり、非常に煩雑です。特に、外国人事業ライセンスや外国人事業証明書は基本的に引き継ぐことができません。買収側が新たにこれらのライセンスを取得する場合、審査に数か月を要するため、全体のスケジュールに大きな影響を及ぼす可能性があります。

税務面での留意点:申告漏れと新基準への対応

タイの税務環境は、近年透明性が高まっており、国際的な基準への準拠が進んでいます。買収にあたっては、対象会社の過去の申告状況を精査するデューデリジェンスが欠かせません。

二重帳簿のリスクとデューデリジェンスの徹底

タイの中小企業では、税務当局提出用と管理用の二重帳簿を使用しているケースが散見されます。管理用の帳簿が実態を表していることも多いですが、過去の申告漏れや不正が発覚した場合、買収側が追徴課税のリスクを負うことになります。

特に株式取得を選択する場合、対象会社の歴史的な負債をすべて引き継ぐため、税務デューデリジェンスは非常に重要です。潜在的な不払い税金や、適切に記録されていない費用がないかを厳格に確認しなければなりません。

株式譲渡と事業譲渡における税負担の違い

タイにおけるM&Aの手法によって、課される税金の種類や税率が異なります。

項目株式譲渡事業譲渡(資産譲渡)
印紙税譲渡価格等の0.1パーセント基本的に不要(契約書による)
付加価値税(VAT)非課税資産の種類により7パーセント
登録手数料不要土地・建物の場合は2パーセント

労務リスクの管理:未払い賃金と解雇補償金

タイは労働者保護が非常に強力な国であり、裁判所も従業員に有利な判断を下す傾向があります。労務問題は、M&A後に予期せぬ多額の費用負担を招く隠れたリスクとなりやすい項目です。

勤続年数に応じた高額な解雇補償金制度

タイの労働保護法では、理由のない解雇や定年退職の際、勤続年数に応じた解雇補償金の支払いが義務付けられています。

継続勤務期間解雇補償金(賃金日数分)
120日以上 1年未満30日分
1年以上 3年未満90日分
3年以上 6年未満180日分
6年以上 10年未満240日分
10年以上 20年未満300日分
20年以上400日分

この400日分の規定は2019年に導入されたもので、長年勤務している従業員が多い企業を買収する際は、将来の支払い義務を負債として適切に見積もる必要があります。

事業譲渡における従業員の個別同意と移管手続

事業譲渡によるM&Aの場合、従業員を新しい会社へ移すには、一人ひとりから個別の書面による同意を得る必要があります。2019年の労働保護法改正により、この同意手続が明文化されました。

従業員が移管を拒否した場合、元の雇用主は事業を継続するか、あるいは法定の解雇補償金を支払って解雇しなければなりません。このプロセスをキーマンに交渉の材料として使われるリスクがあるため、事前の丁寧な対話が不可欠です。

不当解雇リスクとタイの労働裁判所の傾向

タイでは、法定の解雇補償金を支払っていても、解雇に正当な理由がないとみなされると「不当解雇」として提訴されるリスクがあります。裁判所は解雇が公正であるかを厳格に審査し、不当と判断した場合は職場復帰や追加の損害賠償を命じることがあります。

M&Aに伴う人員整理を行う際は、十分な予告期間の確保や、パフォーマンス改善の機会の提供など、適正なプロセスを記録に残しておくことが、将来の紛争を防ぐ鍵となります。

PMI(買収後の統合)成功の鍵と文化的留意点

M&Aの失敗原因の多くは、クロージング後の統合プロセスであるPMIの不備にあると言われています。特にタイでは、日本とは異なる独自の文化や価値観を尊重した運営が求められます。

タイ独自の精神とメンツの理解

タイの企業文化には、他人の感情に配慮し、迷惑や困惑をかけたくないという独特の意識が根付いています。このため、部下が上司の意見に異を唱えなかったり、現場の問題を報告しなかったりすることがあります。

日本流の直接的な批判や改善要求は、タイ人従業員にとって「メンツ」を潰されたと感じさせ、強い心理的反発を招く恐れがあります。信頼関係を築くためには、間接的なコミュニケーションや対話を重視する姿勢が必要です。

コミュニケーション不足が招くキーマンの離職リスク

タイの従業員にとって、会社への忠誠心よりも経営者個人への忠誠心が強いケースがよく見られます。M&Aによってオーナーが交代することに不安を感じ、優秀なキーマンが早期に離職してしまうことは、M&A成功の大きなリスクです。

これを防ぐためには、買収後速やかに経営方針や従業員の処遇について透明性のある説明を行い、将来のビジョンを共有することが重要です。また、旧経営者に一定期間残ってもらい、円滑な引継ぎを行うためのリテンションプランの策定も有効です。

タイでのM&Aを成功に導く重要チェックリスト

タイでの買収を円滑に進め、リスクを最小化するための重要なアクションを整理しました。

フェーズ主要チェック項目
事前検討買収目的の明確化、投資委員会(BOI)特典の有無、外資規制への適合性確認
デューデリジェンスノミニー構造の有無、二重帳簿や未払税金の調査、解雇補償金の引当状況確認
契約交渉表明保証条項の整備、競業避止義務の設定、準拠法および紛争解決手段の決定
実行・PMI従業員の移管同意取得、主要当局への変更届出、文化的なブリッジ人材の配置

タイ M&A 留意点に関するよくあるご質問(FAQ)

タイでM&Aを検討されている皆様から、よく寄せられる疑問にお答えします。実務上の参考にしてください。

Q:タイM&Aで失敗しないために、何に気をつけるべきか?

法務・税務面では、不法なノミニー構造の排除と二重帳簿に起因する追徴リスクの特定を徹底してください。また、労務面ではタイ独自の解雇補償金制度を理解し、負債額を正確に見積もることが重要です。これらを精査するデューデリジェンスの質が、成否を左右します。

Q:法務・税務・労務以外に見落としがちなリスクは?

文化の衝突によるPMIの失敗です。特にタイ人従業員はメンツや感情を重視するため、日本式の管理を強引に導入すると、キーマンの離職や組織の停滞を招きます。また、営業が創業者の人脈に依存している場合、引継ぎが不十分だと買収後に売上が急減するリスクがあります。

Q:M&Aを成功させるためのチェックリストは?

まず、外資規制をクリアするスキームの選択、次に過去数年分の税務申告状況の確認、そして従業員の勤続年数に基づいた解雇補償金の算出を優先的に行います。クロージング後100日以内に実施する統合計画を事前作成し、初期段階から専門家の協力を得ることが成功の近道です。

まとめ

タイでのM&Aは、市場参入を加速させ、高齢化に伴う事業承継ニーズを捉える絶好の機会です。成功のためには、厳格化する外資規制への対応、二重帳簿やBEPS新基準を念頭に置いた税務精査、そして強力な労働者保護法の下での労務管理が不可欠です。文化的な融合を重視したPMIを計画的に実行することで、買収後のシナジーを最大化できます。

みつきタイは、新規進出から会計税務、M&Aまで一気通貫で対応できます。必要に応じて東京本社(みつき税理士法人)と連携し、バンコクに常駐するCPAが最適な解決策を提案します。会計事務所の変更や、タイ現地でのセカンドオピニオンのご相談も承っています。まずはお気軽に無料相談フォームよりお問い合わせください。

タイにおけるM&Aの一般的な流れと期間|準備からクロージングまで
タイM&Aで不可避な外国人事業法とBOI恩典がもたらす影響
タイ企業の買収|M&Aにより会社を買いたい日本企業向けガイド
タイのM&A後のPMIを成功させる経営統合の進め方・課題


事業承継にM&Aの選択肢