コラムCOLUMN
コラム

タイでのM&A交渉における価格決定・契約条件・商慣習の注意点

コラム

タイでのM&A交渉を成功に導くには、現地の文化と法的リスクへの深い理解が不可欠です。この記事では、タイ人オーナー(売主)との価格交渉の論点、基本合意書や最終契約書における注意点を、実務的な視点から詳細に解説します。

タイのM&A後のPMIを成功させる経営統合の進め方・課題

タイにおけるM&A交渉を成功に導く戦略的アプローチ

タイのM&A市場で交渉を有利に進めるためには、契約書上の論理だけでなく、現地の文化と社会構造を深く理解することが重要になります。日本企業が対面するタイ企業オーナーとの交渉において、現地に適したアプローチを取ることが成功の第一歩となります。

文化・商習慣を考慮した交渉戦略:対人関係の重視

タイのビジネス環境では、「ナムチャイ(思いやりの心)」や「サバイ・サバーイ(心地よさ)」といった対人関係を重視する文化が深く根付いています。契約書を重視する日本の「ビジネスライク」な姿勢は、「ナムチャイがない」と受け取られ、信頼関係を損なう要因となり得ます。まずは個人の話に時間を割き、相手を一人の人間として尊重する姿勢が、タイのM&A交渉の土台となります。

華人系オーナーと一般タイ人経営者の特性の理解

タイの経済を牽引しているのは、多くが華人系の財閥や経営者です。彼らは資本主義的で合理性や利潤を重視する傾向があり、交渉では現世利益を堂々と訴える相手を好むことがあります。一方で、一般的なタイ人従業員とのコミュニケーションでは、面子を潰さないよう、人前での叱責を避けるといった配慮が必要です。

交渉ルートの確保:上層部へのピンポイントなアプローチ

タイ企業では階層構造が強く、意思決定権限がトップに集中していることが一般的です。タイのM&A交渉の初期段階から、経営判断ができない中間管理職ではなく、絶対的な権限を持つオーナーや経営陣といった当事者または上層を狙ってアプローチすることが重要です。社外からの人脈を通じてルートをたどる手法も、現実的で確実な交渉ルートとなることがあります。

タイのM&A価格交渉における重要論点

タイのM&A価格交渉においては、希望売却価格が理論的価値よりも高いケースが多いため、現実的な価格の落としどころを見極めるための精緻なデューデリジェンス(DD)が不可欠です。

妥当な企業価値評価(バリュエーション)の実施

タイ企業側は、非常に高倍率のマルチプル評価を期待するなど、株価に対する期待値のギャップが大きく、交渉が難航しがちです。タイ M&A 価格交渉時には、現実的な事業計画に基づくDCF法や一般的なマルチプル評価法など、複数のアプローチを組み合わせて提示することが有効です。

事業計画の現実性の見極め

タイ企業から提出される事業計画は、楽観的な見通しに基づきアグレッシブな内容となっていることが多いです。買収価格の算定(バリュエーション)においては、この事業計画の実現可能性を計数的に評価し、どの程度が現実的かを見極める必要があります。

価格調整条項の活用とアーンアウトの検討

価格の不確実性を反映し、買収価格を柔軟に設定するために、価格調整スキームの導入や、アーンアウト条項(将来の業績達成に応じて対価を支払う)の活用が検討されます。特に不確実性が増大している状況では、バリュエーションの前提の変化を反映するために、これらの条項が有効な手段となります。

法的文書におけるタイのM&A契約交渉のポイント

タイでのM&Aにおいては、最終契約書の締結も重要ですが、それに至るまでの段階や、契約締結後の運用において、書面以上に信頼関係が重視される傾向があります。

基本合意書(LOI/MOU)の役割と交渉

デューデリジェンス(DD)に進む前段階として、買い手は基本合意書(MOU)や意向表明書(LOI/NBO)を売り手に提示します。これらは法的拘束力のない意向表明ですが、基本合意書(MOU) 交渉の目的は、買収価格や買収目的、事業統合後のビジョンなどを明確に伝え、大枠での合意形成を図ることです。

最終契約書(DA)交渉で注力すべき主要条項

最終契約書(DA:株式譲渡契約書など)は、売手・買手間の権利や義務、責任分担などを幅広く規定する重要な文書です。タイ的な「善意」や「慣習」での処理は通用しないため、株式譲渡契約交渉では契約書に全てを盛り込む姿勢が必要です。

表明保証(R&W)とリスクの所在

表明保証(R&W)は、買収対象会社に関する事実が真実かつ正確であることを売主が買主に対して保証する条項です。特にタイのような国では、決算書の信頼性が低かったり、簿外負債や潜在債務のリスクが存在したりするため、発見されたリスクをカバーするための補償・賠償に関する条項を個別に交渉することが求められます。

クロージングの前提条件と条件変更への対応

クロージングの前提条件は、契約締結日から実行日までの間に、対象会社に価値の毀損が生じないようにするために設定されます。DDで許容できない問題が発見された場合、価格交渉や最終契約で対応しきれない事象は、クロージングの延期や取引中止(ディールブレイク)を検討する必要があります。

タイ特有のデューデリジェンス(DD)留意点

タイでのM&Aで最も重要なのはDDとPMI(買収後の統合)です。法律、人種、宗教、文化、価値観が根本的に異なる海外では、精緻なDDが必須となります。

財務情報の信頼性と二重帳簿のリスク

タイにおける財務DDでは、財務報告目的と税務目的などの複数の帳簿が存在する「二重帳簿」のリスクに特に注意が必要です。また、中小企業では特に、会計監査が十分に行われずに監査報告書にサインだけしているケースが散見されるため、提供される情報の正確性・合理性を複数の情報と照らし合わせて検討することが重要です。

労働者保護規制への対応と労使関係

特にASEAN諸国では労働者保護規制が強く、M&A時に従業員の事前同意をスムーズに完了できるかが大きなポイントとなります。タイの商習慣を理解し、現地社員との円滑な関係構築には、日本の労働観を押し付けず、家族を大切にする文化を尊重し、柔軟なマネジメントを行うことが成功の絶対条件です。

タイのM&A 交渉に関するよくあるご質問(FAQ)

タイ企業とのM&A交渉では、文化や商習慣の違い、価格決定、契約書の詳細など、様々な疑問が生じます。ここでは、タイでのM&A交渉に関する代表的なご質問とその回答をご紹介します。

Q:タイ人経営者との交渉で気をつけるべき文化や商習慣はありますか?

タイでは、契約書よりも人との心の繋がり、つまり「ナムチャイ(思いやりの心)」が重んじられます。タイ人経営者との交渉を始める前に、相手の家族や趣味など個人的な会話に時間を割き、信頼関係を築く努力が不可欠です。人前で叱責したり、感情的に怒ったりすることは、相手の面子を潰す行為として厳に避けるべきです。また、交渉は時間をかけて進むことが一般的であり、即答を求めるのは避けるべきです。

Q:タイのM&Aの価格交渉で妥当な落としどころを見つける方法は?

タイの売却サイドは、理論的価値より高い希望価格を設定する傾向があります。そのため、まずは徹底したデューデリジェンス(DD)で対象企業の実態を把握し、楽観的な事業計画を現実的な水準に修正することが出発点です。交渉においては、感情論ではなく、修正後の事業計画に基づいたDCF法などの客観的な評価レンジを提示し、価格調整条項やアーンアウトを活用してリスクを反映させることが現実的な落としどころを見つける方法となります。

Q:契約書に盛り込むべき重要な表明保証は?

タイ企業とのM&Aでは、財務諸表の信頼性や二重帳簿のリスク、コンプライアンス面での脆弱性(贈収賄など)に注意が必要です。したがって、財務・税務・法務に関する一般的な表明保証に加え、特に「二重帳簿の不存在」「簿外負債や潜在債務の有無」「贈収賄を含むコンプライアンスリスク」について、詳細かつ具体的な表明保証と補償条項を盛り込むことが重要です。

Q:基本合意書(MOU)と最終契約書(DA)の違いは何ですか?

基本合意書(MOU)は、デューデリジェンスの前に、買収価格や買収条件の概要、独占交渉権などについて大枠で合意するために交わされる、一般的に法的拘束力のない文書です。一方、最終契約書は、DDの結果を踏まえ、買収価格、表明保証、クロージング条件、損害賠償など、すべての合意事項を法的拘束力のある形で確定させる文書です。

Q:タイ企業との交渉時、即断即決を求めない方が良いですか?

はい、即断即決を求めるのは避けた方が良いです。タイ企業では、組織の階層構造が強く、特に重要な事項については担当者がその場で即断することは稀であり、上司への報告や社内での合意形成に時間を要します。交渉を急かすのではなく、相手のペースを尊重し、待つ姿勢や、丁寧なフォローアップコミュニケーションが信頼構築につながります。

まとめ

タイのM&A交渉を成功させるには、単なる価格や契約条件の調整に留まらず、現地の「ナムチャイ」に象徴される対人関係を重視する文化や、階層構造を理解した交渉戦略が不可欠です。オーナー経営者の高い価格期待に対しては、客観的なバリュエーションと、アーンアウトなどの価格調整条項を駆使し、現実的な着地点を探ることが重要となります。また、財務の信頼性やコンプライアンスリスクを反映させるため、最終契約書(DA)の表明保証や補償条項を精緻に交渉する必要があります。

みつきタイは、新規進出から会計税務、M&Aまで一気通貫で対応できます。必要に応じて東京本社と連携し、バンコクに常駐するCPAが最適な解決策を提案します。会計事務所の変更のご相談も承っています。まずはお気軽に無料相談フォームよりお問い合わせください。

事業承継にM&Aの選択肢