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タイのM&A|財務デューデリジェンス・税務DDでリスクを把握する

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タイのM&Aにおける財務デューデリジェンス(財務DD)は、投資判断や値決めの基礎を固めるために必須の手続です。本記事では、タイ特有の会計基準や税制リスクを踏まえた具体的な財務DDの調査項目を、専門家の視点から包括的に解説します。

タイのM&A|財務デューデリジェンス・税務DDでリスクを把握する

タイのM&Aにおける財務デューデリジェンス(財務DD)の目的

タイでは、マーケットとしての魅力増加や既存の合弁事業(JV)からの株式買い増しなど、様々な要因からM&Aが日常的な取引となりつつあります。

なぜ財務DDが必要なのか

財務DDの主な目的は、投資判断、ディールブレイカー(取引の破談要因)の有無の確認、そして買収価格の基礎を固めることです。これにより、バリュエーションや事業計画策定に役立つ情報が得られます。また、買収後の統合プロセス(PMI)の戦略検討や、親会社の連結決算対応に必要な会計方針やスケジュールを把握するためにも重要です。

財務デューデリジェンスの具体的な調査項目

財務DDは、主に財務諸表や管理会計数値等の観点から調査を実施します。バリュエーション方法やM&Aの目的によって、実施する手続内容は柔軟に調整することが可能です。

収益力と将来キャッシュフローの精査

主要な調査項目として、正常収益力(調整後EBITDAなど)の算定を行います。これにより、買収対象会社の収益性、損益構造、変動要因、ノイズ(一時的要因)の把握を目指します。また、将来キャッシュフロー(CF)の検証は極めて重要であり、計画自体の精査はもちろん、計画の発射台となる過去実績の精査も重要となります。過去実績と将来数値に連続性があるか分析し、整合性を検証します。

ネットデットと運転資本の検証

簿外負債を含む有利子負債の有無、余剰資金、有価証券、遊休資産などの非事業用資産の特定・検証も実施されます。これらの項目は株式価値を算定する上で検証が不可欠です。また、運転資本(売上債権、在庫、仕入債務など)については、経常的な水準やトレンド、不良資産、滞留債務の有無を把握します。

タイのM&Aで注意すべき会計基準と税務リスク

タイの企業を買収する際は、日本とは異なるタイの会計基準(TFRS)や税務環境に起因する特有のリスク(タイ 税務リスク)が存在するため、これらの論点を重点的に検証する必要があります。

タイ会計基準(TFRS)と日本基準の違い

タイは国際財務報告基準(IFRS)に準拠したTFRS(Thai Financial Reporting Standards)を用いており、日本の会計基準(J-GAAP)とは異なります。タイでは会計と税務が明確に分離されているため、例えば減価償却や引当金の計上で税務上の調整が必要となることがあります。

タイで典型的な財務DDのイシュー

タイの財務DDでは、日本ではあまり見られないような、基礎的かつ重要なイシューが散見されます。

二重帳簿と関連当事者取引

財務報告目的と税務目的で複数の数値が存在する二重帳簿の問題が挙げられます。特にタイローカル企業かつ小規模な会計監査人が関与している場合に注意が必要です。また、オーナー系企業の割合が高いため、グループ間取引が多数かつ複雑な関連当事者取引があり、買収対象会社の本来の収益性把握や資産負債の明確な分離が困難な場合があります。

内部統制の脆弱性と会計処理の特殊性

オーナー系企業で規模が大きくないケースでは、財務数値の信頼性に影響を及ぼす脆弱な内部統制が存在する可能性が高いです。また、法定解雇金を含む退職給付引当金の未計上や、デリバティブの時価評価未実施など、会計処理の特殊性による債務の過少計上リスクも存在します。これらの潜在的な負債はバリュエーションに反映が必要です。

還付未収金回収リスク

源泉税や付加価値税(VAT)が未収債権(還付サイド)として資産計上されている場合、還付請求をするとほぼ必ず税務調査が行われます。結果として、未収還付金の一部しか回収できないケースや、還付金受領までに1年以上かかることも珍しくありません。

M&Aで焦点を当てるべき主要税務リスク

タイでは、税務調査官の権限が強く、正当な理由なく市場価格よりも低い対価で取引が行われたと判断された場合、市場価格をもって対価を査定し、法人税やVATを課税してくる可能性があります。

源泉徴収税(タイ 源泉徴収税)

タイの源泉徴収税(WHT)は、法人間の取引でも物品の売買以外の取引にはほぼ適用されるなど、日本よりも対象範囲が広いです。配当、利子、サービス料、賃貸料、ロイヤリティなど多岐にわたり税率が設定されています。給与取得のほか、これらの支払いの際に源泉徴収が適用され、翌月7日までに申告・納付が義務付けられています。

付加価値税(VAT)のリスク

タイではVATについて毎月の申告が求められており、タックスインボイス方式を採用しています。仕入税額控除を受けるためには、法律で厳密に規定された書式のタックスインボイスを入手し、形式が整っていることが必須です。形式不備や記載不備がある場合、仕入税額控除が認められないリスクがあります。

移転価格税制(タイ 移転価格税制)の影響

タイでは2017年のBEPS包摂的枠組みメンバー入り以降、移転価格税制の法制化が急速に進んでいます。年間売上が2億バーツ以上で関連者取引がある法人は、法人税申告の際に移転価格開示フォーム(関連者取引等を記載した付表)の提出が義務付けられています。税務調査で移転価格文書の提出を求められた場合、60日以内(初回のみ180日)に提出する必要があります。

税務調査の傾向とペナルティ

タイでは、VATや源泉税の還付申請をすると、ほぼ必ず税務調査が行われます。調査対象期間は通常過去2年ですが、不正の可能性がある場合は過去5年間遡ることもあります。罰則規定として、加算税(上限200%)と延滞税(月1.5%、上限100%)があり、日本の水準よりもはるかに過大なペナルティが課せられる恐れがあるため、税務リスク対策は非常に重要です。

タイのM&A財務DDに関するよくあるご質問(FAQ)

タイ企業のM&Aを検討する際、特に財務状況と税務リスクの正確な把握は成功に不可欠です。想定される主な疑問と、それに対する専門的な見解をまとめました。

Q:タイの粉飾決算や簿外債務を見抜く方法は

A:タイのオーナー系企業や小規模な会社では、財務報告目的と税務目的で異なる数値を扱う二重帳簿が存在するリスクがあります。簿外債務としては、退職給付引当金の未計上やデリバティブの時価評価未実施、関連当事者取引における不透明な費用付替などが典型例です。財務DDでは、過去実績CFの精査に加え、関連当事者取引の条件の適正化を検証し、オフバランス項目を含めたネットデット分析を通じて潜在的な負債を特定します。

Q:過去の税務申告漏れのリスクは

A:タイでは税務調査が入ると、還付申請の対象税目だけでなく全ての税目が調査対象となります。不正と見なされた場合、調査対象期間が過去5年間まで遡及される可能性があります。また、法人税の申告漏れだけでなく、源泉徴収税やVATの適正な処理、契約書への印紙税の納付漏れについても指摘を受けるケースが多いです。税務DDでは、過去の税務コンプライアンスの状況を評価し、潜在的な租税債務を特定することが重要です。

Q:移転価格税制はM&Aでどう影響するか

A:移転価格税制は、関連会社間取引の価格が公正な市場価格(独立企業間価格)で行われていたかを検証する制度です。M&Aの財務DDでは、関連当事者取引の内容・条件を把握し、もし適正価格から乖離していた場合、将来的に税務当局から追徴課税を受けるリスクをバリュエーションに反映する必要があります。DDを通じてコンプライアンス体制の評価も重要です。

Q:タイの会計監査は適正な財務状況を保証するか

A:タイではすべての法人に毎年の外部監査が義務付けられていますが、十分な監査が行われずに監査報告書にサインだけしているケースも散見されます。監査が適正だからといって安心できるわけではなく、DDは監査とは独立してリスクを特定し、投資判断の基礎情報を得るために必要です。

Q:M&A実行後に内部統制を整備するコストは考慮すべきか

A:脆弱な内部統制が発見された場合、買収後の内部統制の整備・運用にコストがかかることを想定し、バリュエーションに反映する必要があります。DDを通じて内部管理体制の実態を把握し、PMI(買収後の統合プロセス)を通じて課題を整備していくことが重要です。

まとめ

タイのM&A成功には、タイの会計基準と税制特有のリスクを特定する財務デューデリジェンスが不可欠です。二重帳簿、脆弱な内部統制、源泉徴収税やVATの処理、そして移転価格税制といった論点を深く掘り下げ、潜在的な簿外債務や将来的な税務リスクを定量化することが、適正な企業価値評価と投資判断の基礎となります。

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